悪について —日本人とドイツ人 | 星垂れて平野闊く 月湧いて大江流る

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先月、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」(原題「Darkest Hour)を観てきました。

 

 引き続き、わたくしがここで問題にしたいのは映画の内容ではなくて邦題の付け方なんですが、「ウィンストン・チャーチル」はいいとして、「ヒトラーから世界を救った男」は本当にひどい。

二十世紀最大、人類史上最大の悪役スターのネームを入れた方がキャッチーだとしても、他に何かなかったのでしょうか。

 ヒトラーやナチスは紛れもなく悪であり、擁護する気はありませんが、戦争は単純な善悪の二項対立ではありませんし、この映画は正義のアクションヒーローものではないでしょう。

 

 知ってる人がどれだけいるか知りませんが、「幽☆遊☆白書」の仙水忍の台詞「子どもの頃、世の中に善と悪があると信じていたんだ。戦争も善い国と悪い国が戦っていると思ってた」を思い出しました。

 

 「善と悪がある」というのは、それ自体としては信ずるに値する真理だとあたしは思います。

ただ、後半がやっぱり違うと思う。

 ナチスドイツは確かに「悪い国」ですが、だからってイギリスやアメリカが「善い国」ってわけではなく、チャーチルは(必ずしも全面的に)「善い人」ってわけではなく、戦争は(ある状況下では最善の方法だったとしても、普遍的に)「善い方法」ではないのに、子どもたちやごく若い世代にそう印象付けてしまうような邦題の付け方は考え直してほしいです。

 

 お話変わって、これまた引き続き、クビツェクの読書メモを展開したいと思います。

 

いや、「悪」とは一体何かという所まで突きつめて考えてしまうくらい、この作家が郷愁を込めて綴っている少年期のヒトラーは普通にいいヤツなんですね。
 確かに、非凡な感じ、アンバランスで偏向した感じはするんですが、「いるいるこういう子」ってレベルで、そいつらがいちいち大戦犯やら虐殺者やら独裁者やら、「人類史上稀に見る悪人」と呼ばれるような存在になるかというと恐らくそんなことはありません。
 残虐、粗暴、陰険、サディスティックなど、良心や共感性に全く欠けるという意味での異常性は見受けられないんです。

 自己中心的でエキセントリックで妄想的な感じは見え隠れするんですが、どっちかというと「不適応」とか「非社会的」という感じで、剥き出しの反社会性やら道徳心の著しい欠如やら、冷淡、無関心、表向きはそれを隠して有利な人間関係を築こうとする、人を操って利用しようとする狡猾さなどといった特徴は、少なくともクビツェクが観察した範囲、叙述している範囲では見当たりません。

 父親が支配的・抑圧的で度々暴力も振るわれていたみたいですが、恐らく、父親に絶対的な権威や権力があるのも、息子を殴って教育するのも当時のオーストリアではさして特殊なことではなかった筈です。

 

というようなことを某所で呟いていた所、こんな返信を頂きました。

 

「現実の人間はディズニーのヴィランとは違うからね。結果的に社会とか歴史から悪人のレッテルを貼られる人間でも、みんな普通に生活している。
 そもそもヒトラーだって負けたから悪と呼ばれているけど、彼を突き動かしたユダヤ人に対する憎悪も、第一次世界大戦時の背後からの一突きとか、当時のドイツ人の多くが抱いていたものだし。
 もしもドイツが勝ってればパレスチナ問題は起きてなかっただろう。要は善悪なんて視点の問題だけ」

 ディズニーのヴィランで思い出しました。
 二十世紀後半の有名な悪魔憑き事件で、少女にルシフェル、ユダ、ヒトラーの三大悪魔が憑いていたという話題がありましたが、なんで三人目だけやたら具体的なんだよ、と疑問だったものです。
 だってその人そんな観念的な存在じゃなくて、そのほんの数十年前まで実際にこの地上を生きてたヤツじゃないですか。
 同列に扱うカトリックの、またはヨーロッパ人の感覚がよくわかりませんでした。

 

少なくとも、裕仁や東条英機なんかメじゃない。「ただの(歴史上の悪い)人間」じゃない、ヨーロッパ人にとってのアイツの存在感及びそれと表裏一体となった忌避感は。

しかしそれだけに、クビツェクの著書にいきいきと描かれている素朴な少年との落差に戸惑うのです。

 

もう一つ、「戦死者には花を捧げるけれど彼らを戦場に送った人たちや体制は未来永劫許さない」のがドイツ人ですが、やっぱり一神教を信じてる人たちはそうなんでしょうかね。
 死んだ人はいつまでも悪く言わない、死者は善も悪も、加害者も被害者もみんな一緒にして神として祭ったり拝んだりしちゃうのが日本人ですから。

 どっちが正しくてどっちが間違っているとかそんなことを言いたいのではないので、誤解なきように。

個人的にはドイツ人の態度が好きですし、天皇制も靖国神社もよく思っておりませんが、ただ、日本人に道徳心がないのではなく、日本人なりの道徳心なんだという風には思っています。