西梅田公園・なにわ推手講アフター、と、ABC会議アフター・・・
年齢層は、 平均年齢的に「なにわ推手講」(現役バリバリ世代・・・)が たぶん「20歳ほど」 低い、というか 若い!!
令和8年1月27日〔火〕【第3296号〔本年第21号〕】
西梅田・ABCでの会議は順調過ぎるぐらいに順調だったし、とは言っても、しかししかし、自身、「議長職」としてはちょい焦り過ぎだった、あ~あ。まぁ、でも、【元々の会議終了予定時間=アフターの始まり】、だったから えぇんちゃう、と自己弁護。
しゃぶ亭西梅田(ずっと昔に、朝カルの「太極推手アフターに入ったコトがあったかも・・・記憶の彼方)、我々の席は、4人席×5、と えぇ按配にセットされていた。
元々20人が出席予定で、お一人、キャンセル・・・会議出席者人数=26人 だったので、ソレを考慮したら中々の出席率だった。
宴の終わり頃に 私は席をちょい移動して・・・・聞いて驚いた!!
「聞いて」というのは、昴ちゃんの話だった。。昨年の6月4日のお礼 だって!!
びっくりやぁぁぁ!
コチラは、彼女がその時・その場に居たコトもまったく覚えていなかったのに?!?! まぁ、でもでも、よく覚えてくれていたコトに感謝感謝。そして、「太極推手」は、人と人との気の交流=癒し、になる、という証明みたいにお話を聴けて良かった。。。(自身、いつぞや、太極推手=癒し、そもそも、「手当て」という語もあるし・・・みたいな話、書いたかなぁぁ? やはり、自身、脳内過疎化進行中。)
予定終了時刻=17:30 だったが、、ソレより、10分ほど早めにお開き。
で、私は、
第四日曜日、若い人たちの集っているハズの「女児紅」を目指して、一人で、昔とすっかり違う風景を観ながら タラタラヒョロヒョロ歩いた。
女児紅は、毎日新聞ビルのB1 にある。日曜日は定休日だけれど、さすが、ジローさん&清水さん・・・・開けてもらったんやねぇぇぇ。
私は、ほんの数分滞在して 失礼した。形意拳師はまるで女児紅店主かのように見送ってくれた。
西梅田公園、お昼間、たぶん、50人ほど集まってたんとちゃうやろうか? まぁ、しかししかし、普段は、お仕事で、めぇ 一杯 忙しい方々が、「推手」で楽しんで、そして、アフターもあんなに和やかに、にこやかに、良いコトです。
敢えて、またまた、ひっそりとしている五年前の西梅田公園を↓。(大勢がワッチャワッチャやってる写真や動画は、また、ジローさんがアップロードしてるでしょう。)

昨日、月曜日は、いつも通り→万代池公園。昨日は、道場主が登場しなかったので、太平の湯 へ。 直、じゃなく、おケイコの後の「池周回」はせずに、天下茶屋、松本眼科に行った。次は、七月に受診、と言われた。
一旦、帰宅して、午後→ラウンドワン堺。
「40ゲームチョイスコンペ」は、「194.8点/38G」だったのに、昨日、成績を↓、終了、、昨日は、HDCP込みで、①192点、②178点 を登録して、40ゲームに到達。
バカみたい・・・一番最初のゲームの「187点」を登録すればよかったのに流して。欲張ったら、余計な時間が掛って、「もう止めとこう」と思って、②178点、入れた。
昨日の第四ゲームの第四フレームは、きれいなスプリットメイド(6番、7番、10
番) だった。

昨日、スプリットメイドは、この外に、2番ー10番とか、4番ー5番や、全部で七回 あった。(ただ、スプリットが多かったなぁぁ、一番ピンへの「入射角」の問題・・・)。。
「 スプリットメイド加算」なんて制度があったら、
スコア、ぐんと⤴やけど・・・・妄想妄想・・・・でも、確率的には、コッチの方が「ストライク」よりずっと難しいのに。。バスケットボールだって、「3ポイント」があるやないの!!う~ん、ボウリングとバスケットボールを一緒のくたにしたらアカン!て突っ込み、入りそうや??
【追記・追画、2026/1/27 19:55】
今朝、北深井道場に居てる時に、またまた、ひーちゃんから、、写真(=まぁ君との、ツーショット) ジローさんの撮影ですねぇ、きっと。
やっぱり、視た感じ・・・孫とじいじ みたい。。。

まぁ君は、この初場所で「敢闘賞」を受賞した 大相撲・熱海富士に似ている、というのか、まぁ君が年長だから、熱海富士がまぁ君に似ている、という言い方が正しい。
まぁ君、昨年の10月末の台北小巨蛋(アリーナ)での ワールドカップで、pushing hands(推手)の部で「準優勝」だったから、、熱海富士と当たったら、熱海富士、どの程度、対処するだろう、とついつい妄想してしまう。体格は、熱海富士が多少でかいけど、、「推手」では、体格は関係無い。昔、て、イツのことか覚えていないけれど(十年前?)、馬長勲先生が、偶々、大相撲・テレビ観戦していて、何に驚いたか、と言うと、「何故?みな、身体、大きいのか?」という疑問を持った、という話は、人伝に聞いた記憶は 残っている。馬長勲先生の印象は、身体がでかいだけで、後は?みたいな感じだったようだ。
まぁ君は、来月からしばらくは西梅田公園に来られない そうだ。 まぁ、でも、よくぞ、ホテルマンからポリースマンへの転身の路を選んだものだ。大変だろうけれど、頑張って欲しい。私的には、ちょびっと寂しいが。