「いろはかるた」は、塩小路通り室町東入ル ホテル法華クラブ1Fの京都駅前店「いろはかるた」のコト・・・(宇治・JH氏、アテンドで入店)
令和8年6月8日〔月〕【第3422号〔本年第147号〕】
昨日の朝は、「8:45には、島津アリーナに到着のハズ」と思って家出したのに。。南海・堺東、「7:21」では、微妙・・・「7:08」に乗った、ならば、楽勝、と思ってたけれど、京都駅~円町、意外とあるある・・・・ココには何度も行ったコトあるのに、すっかり忘れていた。島津アリーナの控室に入室は、8:50 だった。遅刻では無かったが、、遅かった。家出時刻は、6:45 だったから、所要、二時間超、、(そうそう、JR大阪駅で、奈良・谷さんに pengjian !!)
競技始まって・・・選手の入退場も、アレ、「動線を短く!」というコトだったんですねぇぇぇ。選手が私の指示通り動いていない?、じゃなく、私が当該路線図を見ていなかった、私のチョンボ!!まぁ、駅の階段の昇降も、右側通行だったり、トコロによっては左側通行だったり、、というレベルの話ではあるが、事前に確認していなかった私のミス!
ソレにしても・・・
選手、首・肩、ガッチガチ&膝グラグラが無茶苦茶に多い。コレ、逆にして、首・肩をとことん、らくらく~にして、膝の、横揺れが無くなったら、ホンマ、すばらしい!!のに 私的には遠い夢。。いっぱい書いてもしょうがないから(入賞選手も例外じゃないから・・・)、以上に留める。
【タイトル】は、イベントアフターの話。
宇治のJHさん、流石、元バックパッカー・・・元添乗員。。もう一人、女史は、ビールに関しては特殊能力を有しているTHさん。。ともかく、三人で(JHさんがどんどん連れていってくれて)、京都駅ビル内、上へ上へ、→11階、🍴 レストラン街。
ところが、どっこい!! どのお店も、待ち客でビッシリ。おまけに、めっちゃ高そう? てなわけで、一つ下がって、10階の回廊を渡って、ラーメン屋台街。ココは、空いてる、と思ったら、何や!「開店準備中」・・・探してウロウロしても、今度は、11階とは違って、ドコともなんだか窮屈そうなので、JH添乗員、「一階に降りましょう!」と方針転換。またまた、エスカレーターに乗って(今度は割合スイスイ と)下まで。
で、 路上、雨降りだったので、JH添乗員、「ココでちょい待っといて!」と我々、2人を地下で待たせておいて、、席を確保してから、入店したのが、「いろはかるた」だった。
確かに確かに、真っ直ぐ、ココに入店できていたならば、ソレはソレでよかったけれど、めちゃでっかい京都駅ビル内をウロウログズグズ、散策できて、よかったよかった。
「いろはかるた」滞在は、たぶん、18:30 ~ 20:10 、100分間ぐらいだった。
TH女史は液体(エキス)だけで生きてるような不思議なお方。ビールのテイスティングができる資格も持っておられる。
何せ、
本通信内、前にも記したコトがあるが・・・彼女が小学生(北田辺小学校)の頃に、学校側から、「桃が池公園に入らないように」という通達が出された、と。
その当時、我々は、桃が池に隣接する「大阪市立阿倍野青少年センター」でおケイコに励んでいて、月一開催の「田辺寄席」の日には、雨降りでなければ→桃が池、と、そういう時代だった。50年前ですからねぇぇぇ!
二年前・春の写真を再掲、 ↑。。
しかししかし、女史のお話に登場は、木邨豊彦氏、髙浦猛氏、林信之氏、、故人のお名前が。。彼女も太極拳キャリア、優に40年、超えてたし。
いづれにしても、添乗員・JH氏に感謝感謝!JHさんとは、京都駅にてサイナラ!
女史は、「48は伝統」、「誰か、この伝統、守って!」と帰路の、上郡往きの快速の中で宣わっておられた。
さてさて、話は、別。↓
子が何羽いるか、隠れていて見えない。(写真は、今朝、6:50 。。)また、減っただろうか?生後、三週間くらい?
前後したけど、今朝の朝食は、昨夜、21時、新大阪駅で買った、「御座候」だった。餡子がぎっしりでよかったよかった。ちょうど閉店間際なのか、待ちのお客さんがいなくてよかったよかった。 昨夜のあの上郡往きの「快速」の運転士さん、とんでもなく運転がヘタだった。。。。
【追記、2026/6/9 5:50】今日は、三郎丸氏の誕生日・・・一昨日、在、いろはかるた、、三郎丸氏とのコトも話題になった。私的には、三郎丸氏と二人きりで、夕食、という機会がちょくちょくあった。その際、私は、彼に「飲み!」、彼からの返しは、「食べ!」だった。新小岩の庄屋では、「アレから43年・・・」という声もあった。TH女史には、「・・・辻本さんにイメージ、重なるわぁぁぁ!」と、その飲みっぷりに感心して、ついつい言ってしまった。辻本さんも実に静かに飲んでいたなぁぁぁ!
バラバラ、ダラダラ 書く、、2000字に届いた。。
2013年、太陽が丘で、やった時だっただろうか? 大会運営、色々問題があったけれど、今回は、大変にスムーズな進行だった、、有難かった。その時だったのか、今回と同じ島津アリーナの時だったか皆目、記憶無いけれど、、佐倉さんと、京都市バスに同乗したコトがあった。その時、初めて、佐倉さんが、京の出、と知ったようなとても薄い記憶が。
本文で、太極拳の技術的問題には触れない、みたいに書いたけれど・・・しかししかし、24式、最後、もうちょいきれいに〆て欲しい、とは、本通信内、たぶん、何度も書いた。
太極合手勢完成、、になっていない。「十字手」、「収勢」が形も呼吸もアカン!からしゃあないねんけど。。。
パンランチュイは、まん中の「ラン」、すっ飛ばしている人の何と!多いコトよ!
チュアンスオの捩れ、肩の歪み、も多いなぁぁぁ!
単鞭から雲手、又は、高探馬の部分も、プッツンと完全に流れ、途切れているし、そもそも、雲手もしょぼい、 とあんまり、愚痴ったら、またまた嫌われる。もうちょい読者様に忖度、要るか?
今日も、先週の火曜日と同様、天候不順、まっ、とりあえず、道場に行かねば。
2500字 に成った。







