令和7年10月31日〔金〕【第3213号〔本年第319号〕】
今週火曜日に、たぁさんが、VCDや書籍を道場に持ってきた。たぁさんも、尼崎の小寺さんのように、終活を進めておられるのだろうか?「終活」は、保江邦夫先生も着実にやっていっておられる模様(10/13 に係るお話をなさっていたし・・・)。
ともかく、たぁさんが持って来たものの中に、VCD=『楊式太極拳伝統套路八十五式』(珠海亜当影音開発有限公司製作発行)、六枚組、があったので、ソレを借り出した。言い方がちょい不正確。実は、ケイコマネージャーが持ち帰ろうとしていたのを私が横取りしたのだ。ごめんね、ケイコさん。 来週火曜日に、道場には持っていくから。いやいや、今度の日曜日→大仙公園にも、、大した荷物じゃないから。
そんなんで、
ちょい急いでこのVCD・六枚組を 昨日・今日でざっくり視た次第。
以下、その印象。
まず、
最初に、思ったのは、動きが西安の趙幼斌先生のソレに似通っている?! 何と! 趙幼斌先生のお父さんの趙斌先生のお名前がクレジット的に流れていた、いやいや、うろ覚え。 私的には、二十数年前に趙斌先生・趙幼斌先生親子のVHSビデオを視た、とても薄い記憶はある。もしかしたら、「二十数年前」は、もっとずっと昔、だったかも知れない。記憶は、よく書き替えられるから。
まず、ソレが 第一点。
李正先生、とても説明が易しいのには感心させられたし(私は、「わかりにくい」らしい・・・見習うべき!!)、シリーズ①では、全套動作を正面から、⑥では、同じく後面からの映像・・・コレ、一発撮り でしょ!!「一発撮り」は 中々できるものではありません。この二点は、すごいなぁぁぁ! と想うものの、
でもでも、私的には、以下のとおり、とっても辛口意見を言いたくなったので、今、書いている次第。繰り返すが、VCDを至極丁寧に視たんじゃなく、サラサラサラッ と、、私的には、直観的に。
李正先生の①仰身(上体の後傾)が気になった。②抬肩(肩の上り)…特に、「雲手」の時の左肩。「単鞭」は、逆に右肩が高い。③背中がやや硬い、④なので、「挺胸」ぎみ、、⑤動作と動作の繋ぎ、やや間の空く感じを受ける箇所がある。例えば、「パンランチュイ」の「パン」に入るトコロ、また、「パン(搬)」自体。「雲手」に入る前の右手も。「雲手」の下の手も、ちょびっと違う。。。
「穿梭」に入るトコロの右手の「穿掌」は、私の教わった上海の先生は言わなかった、、しなかったけれど、ココは風格の違い、というコトになるのでしょう。
私のやっている楊式太極拳のモデルは、前にも書いたけれど、、周元龍先生・邵善康先生、そして、 「穿梭」のトコロだけは、蘇藜献先生の動きが入っている。私的には45年やり続けている楊式太極拳、大きく変わるコトなくなってきてはいるものの、ただ、「分脚」の部分、たぶん、馬長勲先生的になっている。私は、文献としては、早く、1976年9月、つまり49年前に、東方書店が、まだ南森町にある時に入手している。
李正先生の楊式太極拳は、上海のスタイルと、大きく違う、というコトはない。なので、この六枚組は貴重な資料、と言える。入手も難しいかも。
思い出すなぁぁ! 東京で、北京の劉高明先生・・・・アレ、何年 昔だっただろう。相当、昔。。正しくご高名な、劉高明先生が、私みたいなペーペーに向かって、「上海では、どんな動きをするんだ?」ととても熱心に質問してきたの。劉高明先生の楊式太極拳の動きには、「八十八式太極拳」のモデルかな!みたいな美しさを感じた。
話が変わってしまった。
静岡の周佩芳先生が、11月22日~23日に貝塚市総合体育館・第二体育室にて、22日(土)は、「32式剣」、23日(日)には、伝統楊式太極拳を指導される。
私的には、土曜日は、→中之島、朝日カルチャーセンター中之島、太極推手と楊式太極拳だし、翌、23日(日)は、→西梅田公園、なにわ推手講。なので、周佩芳先生にお会いできないが、南大阪太極拳団体協議会開催の係るイベントの盛会を祈る次第。
話がすっかり変わってしまった。李正先生の太極拳にケチつけるツモリは毛頭なかった、と改めてお断わりする。
【追画、2025/11/1 5:55】


















