「今回も昭和初期の大阪の朝鮮人問題なんだけど…」
「どしたん?住宅年報は終わったけど、いつもみたいに大阪市の史料を見るん
「んー、ちょっと気になる書籍を見たから、見ておきたいなぁと思うの。金贊汀『検証・幻の新聞「民衆時報」ファシズムの台頭と報道の原点』(三五館 2001)って本なんだけどね…」
「金賛汀?韓国人だね」
「うん。在日韓国人でその手の研究家なの。2002年ごろからは総連批判に転向してる人なんだけど、大阪の内地在住朝鮮人についてこんなことを書いてるの」p90-92
一九三〇(昭和五年)当時の大阪市の朝鮮人の住宅難について、大阪市の報告では「極端なる在阪朝鮮人の借家難は固より住宅供給状態の不良に基因するものではあるが、この傾向を一層助長するものは在阪朝鮮人の大多数が家賃の支払い能力を持たないことと、内地人家主中に一般に朝鮮人借家人に対して自己の借家を開放する事を欲しない者も少なくないことである」(注1)としており、現実的な問題点として、家主が朝鮮人に家を貸さない理由について同報告書は、①家賃を滞納すること、②家屋の使用が乱暴、不潔なこと、③一軒に群居することの三点を挙げている。
しかし、同じ大阪市の報告書ではこの結論とは違った調査結果が出ている。
大阪市が一九三七(昭和十二年)八月から十月にかけて実施した不良住宅調査(注2)では、一定の基準に達しない家屋を不良住宅と定め、それらの家屋が十戸以上ある地域をすべて対象にして調査を実施した。その調査対象になった不良住宅数は一万七八九六戸。そのうち朝鮮人住宅の件数は記載されていないが門灯の有無の調査項目があり、そこでは「内地人一万三五〇三戸」「朝鮮人三五六五戸」との数字がある。日本人と朝鮮人の比率はほぼそのような比率であると考えられる。ちなみに内地人の九二・九パーセント、朝鮮人の九八・四パーセントの家屋に門灯がないという。
この調査に家賃の滞納の比較統計も記載されており、その統計は次のとおりである(表1)。
統計数字では「総数に対し滞納ある者の割合」として内地人五四パーセント、朝鮮人四七・七パーセントという数字が出ている。同じような条件では家賃の滞納率は日本人のほうが高くなっている。この滞納率の結果だけからでは、朝鮮人は家賃を払わないから家作を貸さないという家主の言い分は事実ではないようである。
二つ目の理由、「乱暴」は風俗・習慣・文化の違いなどから、そのように受け取られたことが多かったと思われる。例えば朝鮮人の食習慣にはニンニクは欠かせないものであった。しかしニンニクを食さない日本人から見れば、ニンニクの臭いを嗅ぐだけで不潔と感ずるような時代であったのだろう。
三つ目の理由である群居するという問題について大阪市の調査報告では「一戸当たり平均居住世帯数は内地人居住の住宅では一・一世帯、朝鮮人居住の住宅では一・七八世帯であって朝鮮人居住の住宅が〇・六八世帯多い」(注3)と記載している。確かに日本人と比較して少し高いが、「群居」するという状況ではない。在日朝鮮人の住宅難問題は貧困という問題が最大の要因ではあったとしても、記事で指摘されている「特殊的重圧的関係」に伴う民族差別問題がそれと同じくらいの比重を占めていたのであろう。
「要するに、民族差別があった、朝鮮人の家賃滞納や不衛生を理由とした借家拒絶は不当やと言いたいんやな」
「うん。注2としてあげている「不良住宅調査」は大阪市社会部『本市に於ける不良住宅地区調査』(大阪市社会部庶務課 1939)なんだけどね、たしかに金の言っているようなデータはあるんだよ」
「内地人のほうが滞納率が高かったのは事実なの?」
「でもね、これって不良住宅に於ける統計だから、朝鮮人、大阪市の家屋全体の状況を反映するものとは言えないんだよね。これだけで結論を出せるものじゃないんだよ」
「そら、不良住宅に住まなしゃぁないような階層は、日本人でも朝鮮人でも滞納率は高くなっとるやろしなぁ」
「そうだよねぇ。次の「「乱暴」は風俗・習慣・文化の違いなどから、そのように受け取られたことが多かったと思われる」も、天井板外して薪にするのは文化の違いだけで済むの?って話だしね」
「そういうこと。それに金はニンニクの話を書いているけど、これって家屋の破壊等善管義務の不履行とは関係ない話だしね。群居の数値の話も『本市に於ける不良住宅地区調査』に限った話で、朝鮮人の家屋全体の話じゃないしね」
「結論ありきで組み立ててるんだろうね…差別が全くなかったなんてことは言わないけど、ここまで強引な論理を使うのもどうかなと思うよね」
「金は『異邦人は君が代丸に乗って―朝鮮人街猪飼野の形成史―』(岩波書店 1985)でも、同じことを書いてるんだよ」p70~72
なぜ日本人家主は朝鮮人に家を貸さなかったのであろうか? 家主側はいろいろな理由を挙げているが、それは貧しくて、家賃も払わず約束事も守らず、家を壊し、汚くするからであるという理由である。
その間の事情を大阪市の「報告」は次のように述べている。
極端なる在阪朝鮮人の借家難は固より住宅供給状態の不良に基因するものではあるが、この傾向を一層助長するものは在阪朝鮮人の大多数が家賃の支払能力をもたないことと、内地人家主中に一般に朝鮮人借家人に対して自己の借家を解放することを欲しない者も少くないことである。(『本市に於ける朝鮮人住宅問題』)
ここでは「欲しない者も少くない」と述べているが「少なくない」ではなく、ほとんどが貸すことを拒否しているのである。
その拒否の理由について『本市に於ける朝鮮人住宅問題』(昭和五年七月)は
一 家賃を滞納すること
二 家屋の使用が乱暴不潔なること
三 一戸に群居すること
の三点を挙げている。
大正末から猪飼野に借家して、その場所に今も住んでいる鄭万正さん、金海竜さんに、当時家賃を滞納したことがありますかと聞いてみた。
「そんなことしたら追い出されますがな。食べる物を食べなくても、家賃はきちんと支払いました」(鄭万正氏)
「ようやく借りた家ですから、家賃を滞納して、追い出されるようなことはしたくないですし、保証人に日本人の雇主らがなっていますから、私は滞納したことはほとんどありません。一カ月ぐらいは遅くなるということはあったかも知れませんが……」(金海竜氏)という。
家賃の滞納ということは借家を追い出される口実になるから、まず、ありえなかったという。
しかし、『本市に於ける朝鮮人住宅問題』では
先づ家賃滞納に就いて窺ふに、在阪朝鮮人にして失業その他により生活に困窮しつつある者は勿論、比較的生活に余裕ある者に於いてすらも往々常習的に家賃の滞納を繰り返へし、家主より再三支払の催促をうくるも馬耳東風と聴き流す風があるので、温情的な家主でさへも彼等に対し余儀なく合法的又は非合法的の明渡手段を講ずる有様である。
と述べている。
この文章が事情を正確に述べているのであれば、朝鮮人ぱ家賃も支払わないから、借家が困難なのは仕方のないことだということになる。
鄭万正さんや、金海竜さんの話とは大きな食い違いがあるが、本当に朝鮮人の家賃の未払い、不払いは多かったのであろうか?
「ここに続けて、さっき見た『本市に於ける不良住宅地区調査』の話を書いてるの。それと大正末期から生野に住んでいる朝鮮人二人が滞納と乱暴な使用を否定した述懐を載せているんだよ」
p74~80
『本市に於ける朝鮮人住宅問題』には
朝鮮人に家を賃すことを嫌がる家主側の理由の第二に「家屋の使用が乱暴不潔なること」が挙げられている。
『本市に於ける朝鮮人住宅問題』には
次に朝鮮人はその家屋使用上謂ふところの善管の注意を欠くところ多く、家賃の支払はおろか雨戸、襖、天井板などまでも燃料として焚く乱暴さを平気でやつてゐる。その上一般に文化的意識の低い彼等は殆んど例外なく家屋の清潔に対する感受性を持たないために彼等の家屋は常に不潔な雰囲気内に放任され、朝鮮人街といへば直ちに不衛生地帯なる悪感を想ひ起こさす風がある。
とある。家賃未払い、乱暴、文化意識低く、不潔、だから家主は家を賃したがらないと言うのである。
家賃未払いについては前述し、根拠がない単なる偏見であることについては触れた。
乱暴、不潔についてはどうなのか。
「馬鹿馬鹿しい話です。誰が自分の借りた家の天井板や襖をたきぎがわりに燃やしたりしますか? そんなことしたら、自分で自分の住んでいるところを住み難くすることになります。私が住んでいる時、私の周辺でそんな馬鹿をする人はいませんでしたよ」(鄭万正氏)
「襖をたきぎにしたなんて、いいがかりですよ。ただ、借家に同郷の者を下宿さすため、襖を取りはらって、広くしたりしたことはありますが、わざわざ、それをたきぎにするために燃やしたというのはありません」(金海竜氏)
このように「報告」の内容を否定する。
風俗習慣の違いから来る違和感や感情の行き違いからくる偏見が、朝鮮人は乱暴、何をするかわからないということになっていったのであろう。風俗習慣などの違いによる違和感、偏見だけではなく、家主や大阪市の官吏が「汚い」「文化程度が低い」という感情に支配された最大の理由は、在日朝鮮人労働者が貧しい、最低賃金労働者の出稼者であったことによる。
貧しさは差別される最大の要因になるが、家主、行政当局者から朝前人が差別感を持って接しられ、偏見の目で見られたのも、彼らが貧しかったからである。
「証言なぁw それが事実やとしてもミクロでマクロを論じるないう話や」
「一方の証言だけじゃねぇ…そりゃ、やってなかった人もいるだろうし、そういうまともな人の方が多かったとは思うけどね」
「ま、強請り行為に加担した人の証言も載せてはいるんだけどね」
p75~80
さらに強請、恐喝行為があったと「報告」は述べている。
更に悪性なものになると常に内地人を手先に使ひその名義で手付金を渡して片つぱしから借家しては種々の口実を設けて家賃及び敷金を踏み倒し、或いは気弱い家主を恐喝して金壱封を巻き上げたり、一部家主が朝鮮人を敬遠する態度あるを逆用して五、六ケ月分の延滞家賃を免除させた上に法外な立退料をもせしむる者が相当に多いやうである。(『本市に於ける朝鮮人住宅問題』)
あたかも詐欺、恐迫、強請の類として、その行為を非難、糾弾している。
たしかに、表面的にはそのように見えるのかも知れないが、当時、故郷では生きる手段を奪われ、日本にやって来たものの厳しい差別を受け、住む場所すら借りることもできない情感、怒りがこのような手段に連なっていくこともあったのであろう。
猪飼野で、そのような〝借家騒動〟に加担したことがあるという金柄哲さんは、当時を回想し、ニヤニヤと笑いながら次のように述懐している。
「失業して朝鮮人下宿にごろごろして仕事を探していた時、一九二六年(大正十五年)ごろだと思うが――その時、その下宿で高という、日本語が日本人のように達者な朝鮮人に知り合った。言葉が日本人のようなだけでなく身形も日本の着物など着ていて、どこから見ても日本人みたいに見えたし、名も高何とか、日本名のような名の男だった。
その男が、私に、『お前、金もうけしたいんだろう』というので、そうだと答えると、俺の仕事を手伝うかという。何の仕事かわからないけど、働き口もなかったので、うんと返事をすると、明日、森町のどこそこで待っていろという。
翌日、そこでその高某を待っていると、約束の時間に見知らぬ同胞を三人程つれてやって来て、『行こう』と歩き出したので、どこにというと、黙ってついてこいというだけで何も説明してくれない。
夕刻だったけど、お酒を二升ぐらいと、酒のつまみのようなものを買って、やがて一軒の家に入って行った。
その家は、貸家らしく、それもまだ借りて時間がたっていないのか、電灯も入っていない。そこで、暗くなってくると持参のローソクに火をつけて、酒もりをはじめた。
高さんが、酒がいっぱい入ると、『おい、大声で朝鮮の歌を歌え』といって朝鮮民謡を歌う。
私は心配になって『高さん大丈夫ですか』と聞いたんだ。
当時、朝鮮人に家を貸してくれる家主なんていなかったし、もし、家を借りても朝鮮人だとわかれば、追い出されたもんだからね。
だから、できるだけばれないようにしなければと思っていたのに、高さんは朝鮮の歌を大声で歌えという。それに一緒に来た同胞も酒が入っているので、陽気に騒ぎだす。
私もそんな同胞を見ていると、心配もどこかにふっ飛んで一緒に酒を飲み歌い出すやらして、大声でひさしぶりの国の歌のリズムに興奮したりしていたんですが、三時間も、そんなことをしていたでしょうかね。誰かが外から戸を開けて入って来る。
私が出て見ると二、三人の男がいて、一人が戸口に立っている。その男が私に『私はこの家の家主だが』と言ったのでびっくりして高さんを呼びに行って、『高さん、家主が来ているよ』と心配して言うと、高さんは『来たか』とニヤニヤしながら戸口に出ていく。他の人もその後ろに立っているので私も後ろから見ていると家主が高さんに『あんた朝鮮人か』と間いている。高さんが『そうだ』と言うと『そんな。それならすぐ出て行ってくれ!』と言うと、高さん『何で出ていかなあかんね。敷金も権利金も払って、契約して入ったのに、何で出て行かなあかんね』
『あんた、朝鮮人やいわへんなんだがな』
『そっちで朝鮮人かどうかも聞かへなんだし、それに朝鮮人だったらなぜあかんね』
『うちは朝鮮人に賃さへんねん』
『なぜ賃さへんねん』
『そんなのこちらの勝手や。出て行けいうたら出て行け』
『へえ、何で出て行かなあかんねん。ちゃんと敷金も家賃も払ったのに』
『そんなの返したるから出て行け』
『お金払って借りたんだから出て行かん』
『出て行かへんとお巡り呼んでくるで』
『おもしろいな。お巡り呼んで来てな。お巡りにちゃんと契約書見せたるがな』
『そんなこと言うて、あとで痛い目みてもしらんで』
『何で痛い目、見なあかんねん』
『頼んでもあかんのやったら力ずくでも……』
『へえ、おもしろいな。力ずくでやるならやってみい。今日から十人ぐらいずつ朝鮮人の仲間に泊ってもらって、警戒してもらうから』
『そんな……出ていってくれな困るねん。隣り近所の借家人が困るいうよるから。何とかして……』
脅しても駄目だとわかると哀願するように頼み込むが、そんな押し問答がくり返され、その日は家主もあきらめて帰っていった。次の日、家主は敷金の外に七十円ぐらいの金を持参して、『これは立退き料として受け取って欲しい。隣り近所の日本人が朝鮮人が入るなら出るというので、頼むから出てて行ってな』という。
それで高さんは『そんなに言うなら』といってそのお金を受け取って家を空け渡したんですがな。
後で十円ほど、もうけのわけ前をもらいましたけど、それが高さんの狙いだったんですね。
朝鮮人には家を貸してくれないことを百も承知していたし、それで何回も口惜しい思いをしたので、それを逆手にとって、家主から〝立退き料〟を取ることを思いついたという。日本人そっくりな高さんが借家に行くと、日本の着物を着ている高さんを朝鮮人と思わないで貸家を貸したのを逆手にとったんですよ。その夜、大声で朝鮮の歌などを歌えば、隣家がびっくりして家主に訴えて行くだろうということで、私らに朝鮮の歌を歌わせたのです。
民族差別から貸家に朝鮮人を入れてくれない家主たちに〝合法的〟な手段で立退き料をせしめるようなこともあったんですよ」(済州道北郡出身、現在生野区在住)
その行為が強請まがいの行為であることを認めながらも、その顔付きや口調には悪い事をしているとか、強請まがいの行為に加担したという暗さはみじんもない。
何でわれわれには家を貸さないのかという差別に対する不満、怒りと、そんな家主の鼻をせめても、そんな方法で明かしてやったという高揚感のような気分が雰囲気として漂っていた。
「これって、結局、虚偽事項による契約締結だから、契約解除の正当な理由になるよね…」
「あらためて言うけど、朝鮮人に対する差別が全然なかったなんて思わへんけど、せやからいうてこういう手法を容認するんはちょっとどうかと思うわ」
「そうだよね。内地人・朝鮮人の一方だけが善か悪なわけはないんだからねぇ。じゃ、さすがにこの手の本を読むのは精神的に疲れるし、今回はここまでにするね」
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