写経屋の覚書-なのは「今回も昭和初期の大阪の朝鮮人問題なんだけど…」

写経屋の覚書-はやて「どしたん?住宅年報は終わったけど、いつもみたいに大阪市の史料を見るん(ちゃ)うん?」

写経屋の覚書-なのは「んー、ちょっと気になる書籍を見たから、見ておきたいなぁと思うの。金贊汀『検証・幻の新聞「民衆時報」ファシズムの台頭と報道の原点』(三五館 2001)って本なんだけどね…」

写経屋の覚書-フェイト「金賛汀?韓国人だね」

写経屋の覚書-なのは「うん。在日韓国人でその手の研究家なの。2002年ごろからは総連批判に転向してる人なんだけど、大阪の内地在住朝鮮人についてこんなことを書いてるの」

p90-92
 一九三〇(昭和五年)当時の大阪市の朝鮮人の住宅難について、大阪市の報告では「極端なる在阪朝鮮人の借家難は固より住宅供給状態の不良に基因するものではあるが、この傾向を一層助長するものは在阪朝鮮人の大多数が家賃の支払い能力を持たないことと、内地人家主中に一般に朝鮮人借家人に対して自己の借家を開放する事を欲しない者も少なくないことである」(注1)としており、現実的な問題点として、家主が朝鮮人に家を貸さない理由について同報告書は、①家賃を滞納すること、②家屋の使用が乱暴、不潔なこと、③一軒に群居することの三点を挙げている。
 しかし、同じ大阪市の報告書ではこの結論とは違った調査結果が出ている。
 大阪市が一九三七(昭和十二年)八月から十月にかけて実施した不良住宅調査(注2)では、一定の基準に達しない家屋を不良住宅と定め、それらの家屋が十戸以上ある地域をすべて対象にして調査を実施した。その調査対象になった不良住宅数は一万七八九六戸。そのうち朝鮮人住宅の件数は記載されていないが門灯の有無の調査項目があり、そこでは「内地人一万三五〇三戸」「朝鮮人三五六五戸」との数字がある。日本人と朝鮮人の比率はほぼそのような比率であると考えられる。ちなみに内地人の九二・九パーセント、朝鮮人の九八・四パーセントの家屋に門灯がないという。
 この調査に家賃の滞納の比較統計も記載されており、その統計は次のとおりである(表1)。
 統計数字では「総数に対し滞納ある者の割合」として内地人五四パーセント、朝鮮人四七・七パーセントという数字が出ている。同じような条件では家賃の滞納率は日本人のほうが高くなっている。この滞納率の結果だけからでは、朝鮮人は家賃を払わないから家作を貸さないという家主の言い分は事実ではないようである。
 二つ目の理由、「乱暴」は風俗・習慣・文化の違いなどから、そのように受け取られたことが多かったと思われる。例えば朝鮮人の食習慣にはニンニクは欠かせないものであった。しかしニンニクを食さない日本人から見れば、ニンニクの臭いを嗅ぐだけで不潔と感ずるような時代であったのだろう。
 三つ目の理由である群居するという問題について大阪市の調査報告では「一戸当たり平均居住世帯数は内地人居住の住宅では一・一世帯、朝鮮人居住の住宅では一・七八世帯であって朝鮮人居住の住宅が〇・六八世帯多い」(注3)と記載している。確かに日本人と比較して少し高いが、「群居」するという状況ではない。在日朝鮮人の住宅難問題は貧困という問題が最大の要因ではあったとしても、記事で指摘されている「特殊的重圧的関係」に伴う民族差別問題がそれと同じくらいの比重を占めていたのであろう。

写経屋の覚書-はやて「要するに、民族差別があった、朝鮮人の家賃滞納や不衛生を理由とした借家拒絶は不当やと言いたいんやな」

写経屋の覚書-なのは「うん。注2としてあげている「不良住宅調査」は大阪市社会部『本市に於ける不良住宅地区調査』(大阪市社会部庶務課 1939)なんだけどね、たしかに金の言っているようなデータはあるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「内地人のほうが滞納率が高かったのは事実なの?」

写経屋の覚書-なのは「でもね、これって不良住宅に於ける統計だから、朝鮮人、大阪市の家屋全体の状況を反映するものとは言えないんだよね。これだけで結論を出せるものじゃないんだよ」

写経屋の覚書-はやて「そら、不良住宅に住まなしゃぁないような階層は、日本人でも朝鮮人でも滞納率は高くなっとるやろしなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「そうだよねぇ。次の「「乱暴」は風俗・習慣・文化の違いなどから、そのように受け取られたことが多かったと思われる」も、天井板外して薪にするのは文化の違いだけで済むの?って話だしね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。それに金はニンニクの話を書いているけど、これって家屋の破壊等善管義務の不履行とは関係ない話だしね。群居の数値の話も『本市に於ける不良住宅地区調査』に限った話で、朝鮮人の家屋全体の話じゃないしね」

写経屋の覚書-フェイト「結論ありきで組み立ててるんだろうね…差別が全くなかったなんてことは言わないけど、ここまで強引な論理を使うのもどうかなと思うよね」

写経屋の覚書-なのは「金は『異邦人は君が代丸に乗って―朝鮮人街猪飼野の形成史―』(岩波書店 1985)でも、同じことを書いてるんだよ」

p70~72
 なぜ日本人家主は朝鮮人に家を貸さなかったのであろうか? 家主側はいろいろな理由を挙げているが、それは貧しくて、家賃も払わず約束事も守らず、家を壊し、汚くするからであるという理由である。
 その間の事情を大阪市の「報告」は次のように述べている。

 極端なる在阪朝鮮人の借家難は固より住宅供給状態の不良に基因するものではあるが、この傾向を一層助長するものは在阪朝鮮人の大多数が家賃の支払能力をもたないことと、内地人家主中に一般に朝鮮人借家人に対して自己の借家を解放することを欲しない者も少くないことである。(『本市に於ける朝鮮人住宅問題』)

 ここでは「欲しない者も少くない」と述べているが「少なくない」ではなく、ほとんどが貸すことを拒否しているのである。
 その拒否の理由について『本市に於ける朝鮮人住宅問題』(昭和五年七月)は
  一 家賃を滞納すること
  二 家屋の使用が乱暴不潔なること
  三 一戸に群居すること
 の三点を挙げている。
 大正末から猪飼野に借家して、その場所に今も住んでいる鄭万正さん、金海竜さんに、当時家賃を滞納したことがありますかと聞いてみた。
 「そんなことしたら追い出されますがな。食べる物を食べなくても、家賃はきちんと支払いました」(鄭万正氏)
 「ようやく借りた家ですから、家賃を滞納して、追い出されるようなことはしたくないですし、保証人に日本人の雇主らがなっていますから、私は滞納したことはほとんどありません。一カ月ぐらいは遅くなるということはあったかも知れませんが……」(金海竜氏)という。
 家賃の滞納ということは借家を追い出される口実になるから、まず、ありえなかったという。
 しかし、『本市に於ける朝鮮人住宅問題』では

 先づ家賃滞納に就いて窺ふに、在阪朝鮮人にして失業その他により生活に困窮しつつある者は勿論、比較的生活に余裕ある者に於いてすらも往々常習的に家賃の滞納を繰り返へし、家主より再三支払の催促をうくるも馬耳東風と聴き流す風があるので、温情的な家主でさへも彼等に対し余儀なく合法的又は非合法的の明渡手段を講ずる有様である。

 と述べている。
 この文章が事情を正確に述べているのであれば、朝鮮人ぱ家賃も支払わないから、借家が困難なのは仕方のないことだということになる。
 鄭万正さんや、金海竜さんの話とは大きな食い違いがあるが、本当に朝鮮人の家賃の未払い、不払いは多かったのであろうか?

写経屋の覚書-なのは「ここに続けて、さっき見た『本市に於ける不良住宅地区調査』の話を書いてるの。それと大正末期から生野に住んでいる朝鮮人二人が滞納と乱暴な使用を否定した述懐を載せているんだよ」

p74~80
『本市に於ける朝鮮人住宅問題』には
 朝鮮人に家を賃すことを嫌がる家主側の理由の第二に「家屋の使用が乱暴不潔なること」が挙げられている。
 『本市に於ける朝鮮人住宅問題』には

 次に朝鮮人はその家屋使用上謂ふところの善管の注意を欠くところ多く、家賃の支払はおろか雨戸、襖、天井板などまでも燃料として焚く乱暴さを平気でやつてゐる。その上一般に文化的意識の低い彼等は殆んど例外なく家屋の清潔に対する感受性を持たないために彼等の家屋は常に不潔な雰囲気内に放任され、朝鮮人街といへば直ちに不衛生地帯なる悪感を想ひ起こさす風がある。

 とある。家賃未払い、乱暴、文化意識低く、不潔、だから家主は家を賃したがらないと言うのである。
 家賃未払いについては前述し、根拠がない単なる偏見であることについては触れた。
 乱暴、不潔についてはどうなのか。
 「馬鹿馬鹿しい話です。誰が自分の借りた家の天井板や襖をたきぎがわりに燃やしたりしますか? そんなことしたら、自分で自分の住んでいるところを住み難くすることになります。私が住んでいる時、私の周辺でそんな馬鹿をする人はいませんでしたよ」(鄭万正氏)
 「襖をたきぎにしたなんて、いいがかりですよ。ただ、借家に同郷の者を下宿さすため、襖を取りはらって、広くしたりしたことはありますが、わざわざ、それをたきぎにするために燃やしたというのはありません」(金海竜氏)
 このように「報告」の内容を否定する。
 風俗習慣の違いから来る違和感や感情の行き違いからくる偏見が、朝鮮人は乱暴、何をするかわからないということになっていったのであろう。風俗習慣などの違いによる違和感、偏見だけではなく、家主や大阪市の官吏が「汚い」「文化程度が低い」という感情に支配された最大の理由は、在日朝鮮人労働者が貧しい、最低賃金労働者の出稼者であったことによる。
 貧しさは差別される最大の要因になるが、家主、行政当局者から朝前人が差別感を持って接しられ、偏見の目で見られたのも、彼らが貧しかったからである。

写経屋の覚書-はやて「証言なぁw それが事実やとしてもミクロでマクロを論じるないう話や」

写経屋の覚書-フェイト「一方の証言だけじゃねぇ…そりゃ、やってなかった人もいるだろうし、そういうまともな人の方が多かったとは思うけどね」

写経屋の覚書-なのは「ま、強請り行為に加担した人の証言も載せてはいるんだけどね」

p75~80
 さらに強請、恐喝行為があったと「報告」は述べている。

 更に悪性なものになると常に内地人を手先に使ひその名義で手付金を渡して片つぱしから借家しては種々の口実を設けて家賃及び敷金を踏み倒し、或いは気弱い家主を恐喝して金壱封を巻き上げたり、一部家主が朝鮮人を敬遠する態度あるを逆用して五、六ケ月分の延滞家賃を免除させた上に法外な立退料をもせしむる者が相当に多いやうである。(『本市に於ける朝鮮人住宅問題』)

 あたかも詐欺、恐迫、強請の類として、その行為を非難、糾弾している。
 たしかに、表面的にはそのように見えるのかも知れないが、当時、故郷では生きる手段を奪われ、日本にやって来たものの厳しい差別を受け、住む場所すら借りることもできない情感、怒りがこのような手段に連なっていくこともあったのであろう。
 猪飼野で、そのような〝借家騒動〟に加担したことがあるという金柄哲さんは、当時を回想し、ニヤニヤと笑いながら次のように述懐している。
 「失業して朝鮮人下宿にごろごろして仕事を探していた時、一九二六年(大正十五年)ごろだと思うが――その時、その下宿で高という、日本語が日本人のように達者な朝鮮人に知り合った。言葉が日本人のようなだけでなく身形も日本の着物など着ていて、どこから見ても日本人みたいに見えたし、名も高何とか、日本名のような名の男だった。
 その男が、私に、『お前、金もうけしたいんだろう』というので、そうだと答えると、俺の仕事を手伝うかという。何の仕事かわからないけど、働き口もなかったので、うんと返事をすると、明日、森町のどこそこで待っていろという。
 翌日、そこでその高某を待っていると、約束の時間に見知らぬ同胞を三人程つれてやって来て、『行こう』と歩き出したので、どこにというと、黙ってついてこいというだけで何も説明してくれない。
 夕刻だったけど、お酒を二升ぐらいと、酒のつまみのようなものを買って、やがて一軒の家に入って行った。
 その家は、貸家らしく、それもまだ借りて時間がたっていないのか、電灯も入っていない。そこで、暗くなってくると持参のローソクに火をつけて、酒もりをはじめた。
 高さんが、酒がいっぱい入ると、『おい、大声で朝鮮の歌を歌え』といって朝鮮民謡を歌う。
 私は心配になって『高さん大丈夫ですか』と聞いたんだ。
 当時、朝鮮人に家を貸してくれる家主なんていなかったし、もし、家を借りても朝鮮人だとわかれば、追い出されたもんだからね。
 だから、できるだけばれないようにしなければと思っていたのに、高さんは朝鮮の歌を大声で歌えという。それに一緒に来た同胞も酒が入っているので、陽気に騒ぎだす。
 私もそんな同胞を見ていると、心配もどこかにふっ飛んで一緒に酒を飲み歌い出すやらして、大声でひさしぶりの国の歌のリズムに興奮したりしていたんですが、三時間も、そんなことをしていたでしょうかね。誰かが外から戸を開けて入って来る。
 私が出て見ると二、三人の男がいて、一人が戸口に立っている。その男が私に『私はこの家の家主だが』と言ったのでびっくりして高さんを呼びに行って、『高さん、家主が来ているよ』と心配して言うと、高さんは『来たか』とニヤニヤしながら戸口に出ていく。他の人もその後ろに立っているので私も後ろから見ていると家主が高さんに『あんた朝鮮人か』と間いている。高さんが『そうだ』と言うと『そんな。それならすぐ出て行ってくれ!』と言うと、高さん『何で出ていかなあかんね。敷金も権利金も払って、契約して入ったのに、何で出て行かなあかんね』
 『あんた、朝鮮人やいわへんなんだがな』
 『そっちで朝鮮人かどうかも聞かへなんだし、それに朝鮮人だったらなぜあかんね』
 『うちは朝鮮人に賃さへんねん』
 『なぜ賃さへんねん』
 『そんなのこちらの勝手や。出て行けいうたら出て行け』
 『へえ、何で出て行かなあかんねん。ちゃんと敷金も家賃も払ったのに』
 『そんなの返したるから出て行け』
 『お金払って借りたんだから出て行かん』
 『出て行かへんとお巡り呼んでくるで』
 『おもしろいな。お巡り呼んで来てな。お巡りにちゃんと契約書見せたるがな』
 『そんなこと言うて、あとで痛い目みてもしらんで』
 『何で痛い目、見なあかんねん』
 『頼んでもあかんのやったら力ずくでも……』
 『へえ、おもしろいな。力ずくでやるならやってみい。今日から十人ぐらいずつ朝鮮人の仲間に泊ってもらって、警戒してもらうから』
 『そんな……出ていってくれな困るねん。隣り近所の借家人が困るいうよるから。何とかして……』
 脅しても駄目だとわかると哀願するように頼み込むが、そんな押し問答がくり返され、その日は家主もあきらめて帰っていった。次の日、家主は敷金の外に七十円ぐらいの金を持参して、『これは立退き料として受け取って欲しい。隣り近所の日本人が朝鮮人が入るなら出るというので、頼むから出てて行ってな』という。
 それで高さんは『そんなに言うなら』といってそのお金を受け取って家を空け渡したんですがな。
 後で十円ほど、もうけのわけ前をもらいましたけど、それが高さんの狙いだったんですね。
 朝鮮人には家を貸してくれないことを百も承知していたし、それで何回も口惜しい思いをしたので、それを逆手にとって、家主から〝立退き料〟を取ることを思いついたという。日本人そっくりな高さんが借家に行くと、日本の着物を着ている高さんを朝鮮人と思わないで貸家を貸したのを逆手にとったんですよ。その夜、大声で朝鮮の歌などを歌えば、隣家がびっくりして家主に訴えて行くだろうということで、私らに朝鮮の歌を歌わせたのです。
 民族差別から貸家に朝鮮人を入れてくれない家主たちに〝合法的〟な手段で立退き料をせしめるようなこともあったんですよ」(済州道北郡出身、現在生野区在住)
 その行為が強請まがいの行為であることを認めながらも、その顔付きや口調には悪い事をしているとか、強請まがいの行為に加担したという暗さはみじんもない。
 何でわれわれには家を貸さないのかという差別に対する不満、怒りと、そんな家主の鼻をせめても、そんな方法で明かしてやったという高揚感のような気分が雰囲気として漂っていた。

写経屋の覚書-フェイト「これって、結局、虚偽事項による契約締結だから、契約解除の正当な理由になるよね…」

写経屋の覚書-はやて「あらためて言うけど、朝鮮人に対する差別が全然なかったなんて思わへんけど、せやからいうてこういう手法を容認するんはちょっとどうかと思うわ」

写経屋の覚書-なのは「そうだよね。内地人・朝鮮人の一方だけが善か悪なわけはないんだからねぇ。じゃ、さすがにこの手の本を読むのは精神的に疲れるし、今回はここまでにするね」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)  大阪に於ける朝鮮人問題(2)  大阪に於ける朝鮮人問題(3)
大阪に於ける朝鮮人問題(4)  大阪に於ける朝鮮人問題(5)  大阪に於ける朝鮮人問題(6)
大阪に於ける朝鮮人問題(7)  大阪に於ける朝鮮人問題(8)  大阪に於ける朝鮮人問題(9)
大阪に於ける朝鮮人問題(10) 大阪に於ける朝鮮人問題(11) 大阪に於ける朝鮮人問題(12)
大阪に於ける朝鮮人問題(13) 大阪に於ける朝鮮人問題(14) 大阪に於ける朝鮮人問題(15)
大阪に於ける朝鮮人問題(16) 大阪に於ける朝鮮人問題(17)

写経屋の覚書-なのは「今回も大阪市の住宅年報を見るよ」

写経屋の覚書-フェイト「前回が昭和7年版だったから、今回は昭和8年版かな?」

写経屋の覚書-なのは「うん。社会部報告第186号「大阪市住宅年報(昭和8年版)」(大阪市社会部労働課)だよ」

    B 朝鮮人住宅状況
 本市に於ける来住朝鮮人数は年々激増する傾向を示してゐるが、昭和七年末現在大阪府警察部調査によると男が六万二千六百六十二人、女が三万六百九ナ六人、合計九万三千三百五十八人といふ多数で、これが住宅数も一万六千余戸に達してゐる。これを区別に見ると東成区の三千九十六戸が最も多く東淀川区の二千七十二戸、西成区の千七百十二戸がこれに次ぎ此花、旭、西淀川、港、大正、浪速の各区がそれぞれ千戸を超えてゐる。一戸当り平均人員は五一六八人でこれを区別に見ると西区の九・五〇人が最も多く、天王寺、南、北、東成の各区がこれに次いでゐる。これらの朝鮮人住宅の多くは腐朽頚廃を極めた不良住宅に類する長屋やバラック、掘立小屋、アンペラ小屋等の所謂家ならぬ「家」であることは想像に難くないところであらう。朝鮮人労働者の働くに口なき生活的困難とその低い生活様式、群居性、乱荒的居住性が生んだ「朝鮮人には家を賃すな」といふ家主間に行はれてゐる不文律とが、朝鮮人居住状態の悪化を助長するとともにその住宅難を深化し延いては彼等をして住むに家なきルンペンに叩き落してしまつてゐるのである。
本市に於ける朝鮮人住宅数(昭和7年末現在
大阪府警察部調査)
区別住宅数人口一戸当り
平均人口
総住宅数総人口
総数
8316,0914,4461,6457.3344,910223,600
此花1,3576,3854,2242,1614.7136,598191,800
4982,7551,8359205.5328,923163,800
西787416111309.5022,923124,500
1,1595,3403,5691,7714.6154,271283,800
大正1,0406,3094,2042,1056.0720,619110,500
天王寺1981,7131,2075068.6524,165116,900
2702,1391,5076325.511,1157.98
浪速6894,3022,9781,3246.241,1157.98
西淀川1,2236,0973,8242,2734.9833,577156,200
東淀川2,0729,0655,6793,3864.3841,287189,100
東成3,09622,33315,2637,0707.2155,524246,200
1,2336,3934,1813,2125.1829,569121,800
住吉6363,4372,3191,1185.5650,898216,600
西成1,7128,3045,3962,9084.8536,493179,700
16,43693,35862,66230,6965.68529,6372,586,300

 いまこゝに昭和七年に於ける新聞の社会面に現れ世人の注目をひいた、朝鮮人の住宅難、住宅状勢を物語る主要な記事を摘出してみよう。

写経屋の覚書-はやて「居住数は相変わらず生野を含む東成区がいちばん多いねんなぁ」

写経屋の覚書-フェイト「家主が朝鮮人を避ける傾向も変わらないんだね」

写経屋の覚書-なのは「前にも言ったけど、一朝一夕に解決するような問題じゃないからね。ここからは当時の新聞記事の紹介になるの」

  一、住宅難の鮮人を泣かす詐欺漢 (大朝五月四日)
 住宅問題でつねに悩まされてゐる朝鮮出身労働者の心理を掴み巧に詐欺をはたらく犯人が現はれた、大阪西成区玉出新町通五丁目呉禎官(二十六年)が最近住宅難に悩まされてゐる折柄、去る五月一日午後七時頃五十歳ぐらゐの男が―人の朝鮮人とともにきたり「俺の家があいてゐるから賃してやる」と称し家賃十八円で契約、敷金の半額として二十円を受けとつて立出たが呉は三日早朝この西成区田端通り四丁目五の借家に移転最中家主の浪速区恵美須町二丁目磯田庄平方管理人がきてはじめて詐欺にかゝつたことが分り住吉署へ届け出た。

写経屋の覚書-なのは「これは1932(昭和7)年5月4日付大阪朝日新聞の記事だよ」

写経屋の覚書-19320504大朝

住宅難の鮮人を泣かす詐欺漢
  『家を貸してやるとて』
    敷金をしぼり取る
住宅問題でつねに悩まされてゐる朝鮮出身労働者の心理を巧に掴み詐欺をはたらく犯人が現はれた、大阪西成区玉手新町通五丁目呉禎官(二六)が最近住宅難で悩まされてゐる折柄、去る一日午後七時ごろ五十歳ぐらゐの男が一人の朝鮮人とともにきたる「俺の家があいてゐるから貸してやる」と称し家賃十八円で契約。敷金の半額として二十円を受けとつて立出でたが呉は三日早朝この西成区田端通り四丁目五の借家に移転最中家主の浪速区恵美須町二丁目磯田庄平方管理人がきてはじめて詐欺にかゝつたことがわかり住吉署へ届け出た

写経屋の覚書-はやて「記事と引用は変わらへんな」

  二、朝鮮人泣かせ (大毎七月十三日)
 借家難に苦しむ鮮人をだまして歩く男、七月十二日午前七時頃大阪北区鶴野町五売薬商張圭[𩙿益](三二)方へ香川県生れ綾野只太郎(四〇)此花区吉野町三丁目仲仕田原清喜馬(二六)が張が家を捜してゐることを聞込んで現はれ家を世話してやるといひ三人連れで同家を出て市電高垣町停留所附近まで来た時綾野は「家主から鍵を貰つて来るから敷金をくれ」といつて現金八十円を受取り立去りついで田原も逃げてしまつたので張は直に曽根崎署に届け出た結果同日午後八時頃大阪駅で張込み中の係員に両名とも逮捕された。

写経屋の覚書-なのは「これは7月13日付大阪毎日新聞だよ」

写経屋の覚書-19320713大毎

朝鮮人泣かせ
 家を世話すると欺き
  敷金を持逃げ
借家難に苦しむ鮮人をだまして歩く男―十二日午前七時ごろ大阪北区鶴野町五売薬商張圭鎰(三二)方へ香川県生れ綾野只太郎(四〇)此花区吉野町三丁目仲仕田原清喜馬(二六)が張が家を捜してゐることを聞込んで現れ家を世話してやるといひ三人連れで同家を出で市電高垣町停留所附近まで来た時綾野は「家主から家の鍵を貰つて来るから敷金をくれ」といつて現金八十円を受取り立去りついで田原も逃げてしまつたので張は直に曽根崎署に届け出た結果同日午後八時ごろ大阪駅で張り込み中の係員に両名とも逮捕された

写経屋の覚書-フェイト「これもほぼそのままの引用だね。日本人が朝鮮人を騙したケースだね」

写経屋の覚書-はやて「当たり前かもしれんけど、日本人も朝鮮人も被害者・加害者双方になるんやな」

  三、なか〱動かぬ御手製の家の主 (大毎九月十二日)
 地主に無断で掘立小屋を建てならべ警官と地主に手を焼かせることがしば〱あるが、また〱繁華な大阪市内此花区で同様のルンペン部落が昨今話題となつてゐる。この部落は此花区新家町二、浪速製紙西南の空地三千坪(持主阪急沿線曽根、志方氏)に出来たもので三畳敷ぐらゐの小屋が約五十戸、三百人ばかりの朝鮮人が古材木、焼トタンを材料にして殆ど土地の大半を占領してゐるが部落の出来はじめたのは約十年以前で浪速製紙に縄屑、古むしろを納入する同空地前の渡邊仙太郎商店出入りの朝鮮人拾ひ屋が小屋を建てたのがもとになり本年四、五月ごろの全盛時代には百戸、六百人の拾ひ屋が住人となりこれら相手の日本人の古物商も十数軒出店を出してゐたこともありこの部落の住人の手から渡邊商店に売りこまれるのは現在でも一日古縄三千貫、古むしろ、古かます計一千枚、紙屑三百貫、値段は十貫建で廿五銭、むしろ、かますは一枚三銭ぐらゐ、取引総額約二百円で、これが三百人の生計の道となつてゐる訳で出入の激しいルンペン部落が思想犯人の逃避所となる恐れがあるのと、住人連中が商売柄、全く衛生思想がないので大演習を目前に地主や附近の人よりもまづ警察側が恐れをなし本年六月以来、朝日橋署から説諭を手段に追ひ出し策をとり約半数の三百名を追ひ散らしたが、後の連中は玄関まがひの人(ママ)口をつけたりしたお手製の家に納まりかへつてなか〱動きそうにもない。

写経屋の覚書-なのは「これは9月12日付大阪毎日新聞なの」


写経屋の覚書-19320912大毎

なか〱動かぬお手製の家の主
  此花区の空地の朝鮮人部落
   また立退で一問題
地主に無断で掘立小屋を建てならべ警官と地主に手を焼かせることはしば〱あるが、また〱繁華な大阪市内此花区で同様のルンペン部落が昨今問題となつてゐる、この部落は此花区新家町二、浪速製紙西南の空地約三千坪(持ち主阪急沿線曾根、志方氏)に出来たもので三畳敷くらゐの
小屋が約五十戸、三百人ばかりの朝鮮人が古材木、焼トタンを材料にして殆ど土地の大半を占領してゐるが

部落の出来はじめたのは約十年以前で浪速製紙に縄屑、古むしろを納入する同空地前の渡邊仙太郎商店出入りの朝鮮人拾ひ屋が小屋を建てたのがもとになり本年四、五月ごろの全盛時代には百戸、六百人の拾ひ屋が住人となりこれら相手の日本人の古物商も十数軒出店を出してゐたこともありこの部落の住人の手から渡邊商店に売りこまれるのは現在でも一日古縄三千貫、古むしろ、古かます計一千枚、紙屑三百貫、値段は十貫建で廿五銭、むしろ、かますは一枚三銭ぐらゐ、取引総額約二百円で、これが三百人の生計の道となつてゐる訳で

出入りの激しいルンペン部落が思想犯人の逃避所となる恐れがあるのと、住人連中が商売柄、全く衛生思想がないので
大演習を目前に地主や附近の人よりもまづ警察側が恐れをなし本年六月以来、朝日橋署から説諭を手段に追ひ出し策をとり約半数の三百名を追ひ散らしたが、後の連中は玄関まがひの入口をつけたりしたお手製の家に納まりかへつてなか〱動きそうにもない。

写経屋の覚書-フェイト「此花区ってUSJがある区だよね?」

写経屋の覚書-はやて「?新家いうたら福島区やん。環状線の野田の西側やで」

写経屋の覚書-なのは「うん。でもこの時期は福島区がないから、今の福島区の領域は此花区に含まれていたの。だから此花区新家なんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「屑縄や古むしろを集めてくる拾い屋が、商売先の前に小屋を立てたのが始まりなんだね」

  四、家なき朝鮮人へ富豪が恵むモダンバラツク (大毎十月三十日)
 忍び寄る寒さに住む家を持たない朝鮮人たちにとつて一番大事なものは、衣食よりも住の問題だ、しばしば無理解な家主たちに追はれゝゝで少しの空地でもあれば古畳、古とたん、古材木でお手製の小屋を作り、からうじて雨露をしのぐといふ有様だ、大阪此花区新家町二丁目素封家渡邊作右衛門氏はこれらの人々にいたく同情し邸宅裏の空地一千二百余坪を開放し、そこに四坪半の平屋六棟四十五戸(いづれも六畳一間に押入炊事場、便所、水道、電灯等の完備したもの)を建築して無料で貸すことになつた、この文化バラツクは一戸一家族主義で共同風呂も造られる衛生思想のないところから一ヶ月一度ぐらゐしか入浴しない人たちに毎日一棟づゝ女・子供を強制的に交代入浴せしめ日用品も原価販売所を設けてそこでやる、府当局および朝日橋署ではこの美挙に対し力こぶを入れて後援、今月末までに全部竣工するので附近の空地に住む四十五家族五百余名はひたすらその竣工の日を待望してゐる、渡邊氏は語る「実は附近の地主や住民の反対を恐れ内密に建築してゐたものです、空き地に三畳数位の小屋が約五十戸ばかり朝鮮人たちがゐますが重に拾ひ屋が商売です、やゝもすると窃盗団の巣窟や思想犯人の潜入場所になるので、大演習を目前に控へてゐる時であり気の毒な人たちを幾分でも救ひ追はれることのなき安楽郷を造る積で計画しましたところ府および朝日橋署でも大いに賛成して下さつたので喜んでゐる次第で今後はルンペン性や衛生方面にも特に心をそゝぎ私自身この人たちの中に身を投じ教育し毎月一回づゝ慰安会でも催すつもりです。

写経屋の覚書-なのは「これはさっきの此花区新家の集落についての続報、10月30日付大阪毎日新聞が引用元だよ」

写経屋の覚書-19321030大毎

家なき朝鮮人へ富豪が恵む天国
 モダン・バラツク四十五戸
  無料で開放、渡邊氏の美挙
◆……忍び寄る寒さに住む家を持たない朝鮮人たちにとつて一番大事なものは、衣食よりも住の問題だ、しば〱無理解な家主たちに追はれ〱て少しの空地でもあれば古畳、古トタン、古材木でお手製の小屋を作り、からうじて雨露をしのぐといふ有様だ
◆……大阪此花区新家町二丁目素封家渡邊作右衛門氏はこれらの人々にいたく同情、邸宅裏の空地一千二百余坪を開放し、そこに一戸四坪半の平屋六棟四十五戸(いづれも六畳一間に押入、炊事場、便所、水道、電灯等の完備したもの)を建築して無料で貸すことになつた
◆……この文化バラツクは一戸一家族主義で共同風呂も造られる衛生思想のないところから一ヶ月一度ぐらゐしか入浴しない人たちに毎日一棟づゝ女、子供を強制的に交代入浴せしめ日用品も原価販売所を設けてそこでやる、府当局および朝日橋署ではこの美挙に対し力こぶを入れての後援
◆……今月末までに竣工するので全部附近の空地に住む四十五家族五百余名はひたすらその竣工の日を待望してゐる
◆……渡邊氏は語る――実は附近の地主や住民の反対を恐れ内密で建築してゐたものです、空地に三畳数位の小屋が約五十戸ばかり朝鮮の人たちがゐますが重に拾ひ屋が商売です、やゝもすると窃盗団の巣窟や思想犯人の潜入場所になるので、大演習を目前に控へてゐる時であり気の毒な人たちを幾分でも救ひ追はれることのなき安楽郷を造る積で計画しましたところ府および朝日橋署でも大いに賛成して下さつたので喜んでゐる次第で今後はルンペン性や衛生方面にも特に心をそゝぎ私自身この人たちの中に身を投じ教育し毎月一回づゝ慰安会でも催す積です。

写経屋の覚書-フェイト「この渡邊作右衛門って、渡邊商店の関係者なのかな?」

写経屋の覚書-はやて「店主は渡邊仙太郎ってあったし、親子とか親戚なんかもしれへんね。せやけどその空き地の本来の所有者志方さんにはえらい迷惑な話やろねぇw」

写経屋の覚書-なのは「これ以降、とくに第二次大戦後にどうなったかは興味ある所だよね。次に見る記事2点は大阪毎日新聞に該当記事の存在が確認できなかったの」

  五、大演習を記念に家賃一律値下げ (大毎十一月四日)
 大阪大正区鶴町四丁目家主藤田九平氏は今回の大演習と行幸を記念し奉り自己所有の西成区新開通四丁目一の朝鮮人家屋三十戸、内地人家屋十七戸の四十七戸に対し十一月分の家賃から一律に一円を値下げすることゝなり三日この旨今宮署に届出た、家主九平の談「あの家屋は大正十四年ごろに二階借をする人たちのために安い家賃の住宅をと思つて建てたもので、家賃は現在八円乃至十七円です、今回陛下をお迎へするに当りそのよろこびを借家人たちと共に記念するため一律に一円値下げした致しましたもので現在十六世帯の朝鮮人が居住してをりますので、内鮮融和の一助にでもなれば結構だと思つてをります。

写経屋の覚書-フェイト「家賃の値下げって珍しいよね。あれ?朝鮮人家屋30戸なのに居住者16世帯ってどういうことかな?」

写経屋の覚書-なのは「家屋を朝鮮人用と内地人用とに分けているのかな。次は詐欺の話だよ」

  六、借家難の朝鮮人から詐取 (大毎十一月二十三日)
 大阪東区玉造町四〇〇、印刷職工前科三犯飯島定吉(三七)は遊興費に窮し昨年二月天王寺区東高津南之町印刷業秋本宰吉氏方から同氏の印鑑を盗み三百五十円の偽為替手形を作り知人の東区下味原町九一、愛国貯蓄銀行員草野金一氏(四六)を欺きその手形を三百四十円に割引して詐取馴染の西区松島仲之町三八、貸座敷業浅井徳三郎氏方抱娼妓一丸こと松下うせぎ(二二)を足抜きさせ東京に高飛びしたが思はしくなく本年六月帰阪、港区千島町一三八、朝鮮料理業者青山館こと金聖兀(三八)ほか借家難に苦しむ朝鮮人数十名から周旋の敷金と称し多額の金を詐取したことを玉造署原園刑事が探知し十一月廿二日朝北区同心町を徘徊中を逮捕したが中本署でも飯島を詐欺犯人としてかねてから捜査中であつた。

写経屋の覚書-はやて「内地人が朝鮮人を騙したんやな。せやけど、飲食店を営業しとるくらいやから、内地にも慣れてある程度生活状況も安定しとると思うんやけど、そんな朝鮮人でもひっかかるんやなぁ…」

写経屋の覚書-フェイト「朝鮮人数十名が被害にあったっていうから、やっぱり借家難に悩む朝鮮人は多かったんだねぇ」

写経屋の覚書-なのは「というわけで、大阪市の住宅年報はこれでおしまいにするね。次回も大阪の状況について見ていこうかな」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)  大阪に於ける朝鮮人問題(2)  大阪に於ける朝鮮人問題(3)
大阪に於ける朝鮮人問題(4)  大阪に於ける朝鮮人問題(5)  大阪に於ける朝鮮人問題(6)
大阪に於ける朝鮮人問題(7)  大阪に於ける朝鮮人問題(8)  大阪に於ける朝鮮人問題(9)
大阪に於ける朝鮮人問題(10) 大阪に於ける朝鮮人問題(11) 大阪に於ける朝鮮人問題(12)
大阪に於ける朝鮮人問題(13) 大阪に於ける朝鮮人問題(14) 大阪に於ける朝鮮人問題(15)
大阪に於ける朝鮮人問題(16)

写経屋の覚書-フェイト「今回は昭和7年版の『大阪市住宅年報』だね」

写経屋の覚書-なのは「うん。じゃぁ、早速、社会部報告第168号「大阪市住宅年報年(昭和7年版)」(大阪市社会部労働課 1933)の住宅事情について触れられた箇所を見ていくね」

写経屋の覚書-第168号_234
写経屋の覚書-第168号_235
写経屋の覚書-第168号_236
写経屋の覚書-第168号_237


    B 朝鮮人住宅状勢
 本市に於ける朝鮮人は累年その数を増加し、謂ふところの朝鮮人労働者問題は本市に於ける一つの看過すべからざる社会問題を形成してゐるが、彼等の住の問題も亦特筆すべき社会的重要性を持つてゐる。
 本市に於ける朝鮮人住宅数は昭和六年末現在大阪府警察部調査によれば、一万三百余戸で前年同日に比し一千二百余戸の増加を示し、これを区別に見るに東成区が最も多く、港区と東淀川区がこれに次ぎ、最も少ないのは西区である。

本市に於ける朝鮮人住宅数年(昭和6年末現在
大阪府警察部調査)
区別住宅数人口一戸当平均
居住人員
総数
6585,2124,0971,1157.98
此花7744,4943,2351,2595.80
3481,9391,1677725.57
西324383914713.68
1,4678,0345,8112,2235.48
天王寺2231,4121,0543586.33
2681,4761,08073965.51
浪速6894,3022,9781,3246.24
西淀川7314,8933,3591,5346.69
東淀川1,1536,7334,6582,0755.84
東成2,55523,17015,8297,3419.05
住吉3742,0951,5165795.60
西成1,0504,9753,4271,5844.74
10,32269,17348,60220,5716.71
昭和5年9,02965,74547,59518,1507.27


写経屋の覚書-フェイト「やっぱり東成区が一番多いんだね」

写経屋の覚書-はやて「西区は一番少ないんやけど、一戸当たり平均13.68人ってむっちゃ多いやん。しかも男女比が極端やし」

写経屋の覚書-なのは「つまり、単身で内地に来住した労働者が多いってことだよ」


 次に昭和六年中に起つた本市に於ける朝鮮人借家状態の重要性を物語る事件の二、三を摘記し、本市に於ける彼等朝鮮人の住宅難と密住相を窺つて見よう。

   A 貸家洪水の都に住宅難風景                   
「朝鮮人には家を貸すな」――大阪市内の家主たちの間に行はれてゐるこの不文律が、毎月平均五百人づつ大阪の労働市場をめざして入込んで来る朝鮮人労働者たちに住む家を与へず、彼等が朝鮮でゐて夢見てゐた「金のうなつてゐる街」大阪は、現実に冷酷な失業都市として、彼等朝鮮人労働者連を、働くに口がなく、住むに家なき、ルンペンに叩き落してしまつてゐる。ところで、家を追はれる彼等はどうしてゐるか?ここに「家なき朝鮮人労働者たち」が群落して、彼等の住宅難を如実に見せてゐる風景がある。
 大阪市此花区大開町三丁目の空地に、芋虫のやうに木ツ葉や、腐れ畳で一間四方位の小屋?をつくつて、今年五月ごろから雨露を凌いでゐる約五十名廿家族の朝鮮人労働者たちがそれだ。彼等はいづれも一年前乃至半ケ年前に、土工成金を夢見て、大阪まで出稼ぎに出て来た連中であるが、来て見れば、無理解な家主のために貸家は腐るほどあつても借りることができず、そのうちに所持金も使ひ果たし、やむなく拾ひ屋商売に顛落、お手のものの屑物で、家らしいものをつくつて、ここに群落してしまつたのだ――その軒数ザツと廿数軒、工場地帯此花区の薄墨色の空の下に虫のやうな人生を営んでゐる(十月二十四日)

写経屋の覚書-なのは「これは、1931年(昭和6年)10月24日付『大阪毎日新聞』をダイジェスト引用したものなんだよ」

写経屋の覚書-19311024大阪毎日新聞

街のアラベスクB
貸家洪水の都に住宅難風景
  料理屋襲撃事件は何を語る
   朝鮮人には『家』を貸さぬ
「朝鮮人には家を貸すな」――大阪市内の家主達の間に行はれてゐるこの不文律が、毎月平均五百人づゝ大阪の労働市場をめざして入込んで来る朝鮮人労働者たちに住む家を与へず、かれらが朝鮮にゐて夢見てゐた「金のうなつてゐる街」大阪は、現実に冷酷な失業都市、として、彼等朝鮮人労働者達を、働くに口がなく、住むに家なき、ルンペンに叩き落してしまつてゐる、既報の大阪市東成区大今里町の朝鮮料理店襲撃事件も大阪市内における朝鮮人借家問題の重大さを物語る事件にほかならないところで、家を追はれる彼等はどうしてゐるか?こゝに「家なき朝鮮人労働者たち」が群落して、彼等の住宅難を如実に見せてゐる風景がある……
 大阪市此花区大開町三丁目の空地に、芋虫のやうに木ツ葉や、腐れ畳で一間四方位の小屋(?)をつくつて、今年五月ごろから雨露をしのいでゐる約五十名
廿家族の朝鮮人労働者たちがソレだ、彼らはいづれも一年前乃至半ヶ年前に、土工成金を夢見て、大阪まで出稼ぎに出て来た連中であるが、来て見れば、無理解な家主のために貸家はくさるほどあつても借りることが出来ず、そのうちに所持金も使ひ果たし、やむなくヒロヒヤ(屑拾ひ)商売に顛落、お手のものの屑物で、家らしいものをつくつて、こゝに群落してしまつたのだ――その軒数(?)ザッと廿数軒、工場地帯此花区の薄墨色の空の下に、虫のやうな人生を営んでゐる

この奇妙な群落については、さすがに取締の好きな「その筋」でも、どうにも手の下だしやうがなく、全くもてあましてをりそのいふところを聞けば
▲府保安部■■課――あの群落についてはこの間の調査でも困つてしまつて
建築物と見做すべきか否かについて種々研究してゐます
▲特高内鮮係――あれは弱つたものだが、とうてい一朝一夕に解決することは難かしい、当分あのまゝでおくよりほか仕方があるまい
▲所轄福島署――さア、どうしていゝかわかりません、風致上からも保安の上からも取締らねばならないが、といつて、今追ひ立てるとすると行くところがないんだから重大な社会問題になるし……
署長も係官も憂鬱なのである

朝鮮人に、何ゆゑ、家を貸さぬか?右について

朝鮮人はあきまへん、貸すと必ず立退料をせしめられ、その上畳や障子は売払はれ、一軒の家に三家族も四家族も雑居して、家は汚くなるし、家賃は払はぬし、ほんとに困ります、人の名義で借りる者も非常に多くて
どうにも手がつけられません、私達は家を貸すのが商売ですよつてに、そんな連中はまつぴら御免蒙ります

と此花区上福島のある家主さんは語るのである

曹相愛会大阪中央本部会長は語る

会の方へは借家の申込が一日二十件はありますが、そのうちで家が借りられるのはたつた四割弱で、あとは家を借りることが出来ないのです、この問題については近く家主の人たちと、ゆつくり懇談したいと思ふのですが、双方に誤解があるやうです一軒の家に数家族同居するのは家を貸してくれないから仕方がありません、中には悪い者もゐませうけれど、全部悪人ではありません、大阪の朝鮮人は府の調査では八万七千ですが実数は十二万あります、市民の方ももつと理解していたゞきたい
写真――大開町空地の朝鮮人拾ひ屋の群落、関東大震災直後の光景以上です

写経屋の覚書-フェイト「警察も困ってるんだねぇ。悪辣な日帝の官憲なら容赦なく弾圧排斥しなきゃダメじゃないw」

写経屋の覚書-はやて「実際に行くところがあらへんから追い出せへんねんなぁ。家主は家賃不払い・虚偽名義で借りるから貸されへんって従来通りの答えやねぇ」

写経屋の覚書-なのは「朝鮮人団体のほうは、たしかに悪い朝鮮人もいるけど全部が全部そうじゃないって言ってるんだけど、そりゃそうだよねって話だよ。前にも何回か言っているけど、一部の人間の行動で全体に悪いイメージがついてしまうんだよねぇ」

   B 家の前に垣を作り立退きを要求
 京阪電車新京阪線大阪天六終点前の映画館千代田館裏空地の周囲には内地人及朝鮮人のバラツク建三十一戸が軒を並べ飲食店その他の営業をしてゐるが、十一月廿六日午前十時ごろ此花区今開町一丁目土木建築業T氏が突如人夫十名を連れ、右の空地の周囲三十―戸の前へ垣をつくるべく棒杭を打ちはじめたので、驚いた朝鮮人男女約二百五十名は団結してこれを阻止し、立てた棒杭を引き抜くなど、双方が入り乱れて犇き合ひ、八名の軽傷者を出した。
 右の空地は東淀川区豊崎二丁目S歯ブラシ会社の所有で、これをN氏が同社から借地権をえて、右のバラツクを建て貸つけてゐたものであるが、会社側はバラツク建築はいけないといふので立退きの訴訟を起し、埓が明かないので、会社側では前記T氏を頼み込んだものであつたが曽根崎暑が斡旋した結果、地主側で当分現状のままにしておき囲をしないといふことになつて、廿六日夕刻に至り漸く解決をつげた。

写経屋の覚書-はやて「立退き要求者と朝鮮人居住者の乱闘やなぁ。警察のあっせんでいちおう和解はしたみたいやね」

写経屋の覚書-フェイト「これもバラックの無断建設なのかな?」

写経屋の覚書-なのは「じゃ、1931年(昭和6年)11月27日付『大阪朝日新聞』を見てみるよ」

写経屋の覚書-19311127大阪朝日新聞

家の前に垣を作り立退きを要求す
  バラツク三十一戸の住人たち
    いきりたち七名負傷
京阪電車新京阪線大阪天六終点前の映画館千代田館裏空地の周囲には内地人及び朝鮮人のバラツク建三十一戸が軒を並べ飲食店その他の営業をしてゐるが、廿六日午前十時ごろ此花区今開町一丁目土木建築業戸田雅三氏が突如人夫十名を連れ、右の空地の周囲三十―戸の前へ垣をつくるべく棒杭を打ちはじめたので、驚いた朝鮮人男女約二百五十名は団結してこれを阻止し、立てた棒杭を引き抜くなど双方が入り乱れて犇き合ひ趙春任(二十一)金仁生(二十一)ほか七名が軽傷を受けた

曽根崎署では多数の警官隊をもつて双方をなだめ和解をすゝめてゐるが、右の空地は東淀川区豊崎二丁目坂部歯ブラシ会社の所有で同社の前社長中村市次郎氏が同社から借地権をえて右のバラツクを建て貸つけてゐたものであるが

会社側はバラツク建築はいけないといふので三十一軒に立退きの訴訟を起してをり、住居してゐるものは反訴を起してゐたが、会社側は話が進まないので前記戸田へ頼み込みこんどは空地の中央部は貸してゐないといふ理由で、三十一軒の前へズラリと垣をつくり立退策を講じたことが、争ひの原因で住居者たちは会社が家の前へ垣をつくることは営業妨害だといつてゐる(写真は朝鮮人の立退強制執行)

写経屋の覚書-フェイト「歯ブラシ会社の土地を、前社長が借りてバラックを建てさせたんだね。でもバラック建築はダメだって歯ブラシ会社が立退き訴訟を起こして、居住者の方もそれに対する反訴をやってる最中ってことかな」

写経屋の覚書-はやて「話が全然進まへんから、歯ブラシ会社は土木建築業の戸田に頼んで、垣を作って囲い込もうとしたんか」

写経屋の覚書-なのは「んー、1931年(昭和6年)11月27日付『大阪毎日新聞』のほうが詳しく解説してるんだよね」

空地の囲ひ問題から北大阪で大乱闘
  地主側と警官隊―それに五百の朝鮮人、三すくみ
大阪東淀川区本庄川崎町株式会社阪部商会(代表者安藤伊十郎氏)では北区浪花町三(天神橋筋六丁目活動常設千代田館裏)の所有空地(三百八十坪)に囲ひするため廿六日人夫廿名を差向けたが空地の両側にならんだ朝鮮人飲食店、遊技場卅一軒(二百名)の朝鮮人等は囲ひが出来ては商売に影響し生活を脅かされるといきり立つて杭打ちを妨害し女子供らは人夫の掘つた穴の中に坐り込んで遂に双方大乱闘となり飲食店玉正用の妻尹春年(三七)は右手に負傷した騒ぎに駆けつけた曽根崎署員が前記玉正用(四〇)ほか十一名を一時検束して鎮圧したが、いきり立つた朝鮮人側は次第に数を増して約五百名となり広場付近に集合して気勢をあげ警官隊卅数名と地主側の人夫らと三すくみ(ヽヽヽ)の状態を続けてゐる

事の起りはブラッシ製造業の阪部商会は昭和三年から事業を閉鎖し目下清算中であるが従前前記広場を会社の隣に住む中村いねに使用方を黙契し、いねは広場の両側八十五坪だけを正式に借受け同時に草原であつた右広場に二尺の盛土をして最近まで露店興行物に土地を貸し、その収益を阪部商会に収めてゐたが昨年九月前記八十五坪にバラツク卅一坪を建てゝ朝鮮人に貸し現在では北大阪における鮮人唯一の歓楽地となつてゐるところへ、会社から清算の都合上土地明渡しを要求し訴訟となつて来年二月二日公判が開かれることになつてゐたところ会社側では廿六日俄に八十五坪をのぞく広場を囲はんとして、この紛擾を起したものだと


目下訴訟中
    中村方の話

中村方では語る 広場を使用出来るといふので両側の八十五坪を借り苦心して今日の賑かさにしたもので、これまでに広場に興行をかけたりして会社にも二万円近くの金ををさめてゐます、それを急に返せといふから訴訟中なのに、いきなり囲ひをするのは乱暴で朝鮮人がいきり立つのも無理からぬことです

一方会社側は言葉をにごして多くを語らず曽根崎暑が仲に立つて労力してゐる

写経屋の覚書-フェイト「380坪の土地借用自体は黙契で、正式に借りてたのはその中の85坪なんだね。で、その85坪を除いた295坪を囲い込もうとしたんだね」

写経屋の覚書-はやて「バラック建築があかんのと(ちご)て土地そのものの明け渡しと立退きを要求したんやな。期限を設定した借地契約やなかったんやなぁ。たしかに訴訟中なんやし、いきなり垣を作って囲い込むんは乱暴な話かもしれへんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「地主が借地契約の終了を宣告したことが発端だから、これは朝鮮人の不法占拠じゃなくて立退きに関するトラブルだよねぇ」

   C 五百名の雑居群寒風に追ひ立てらる
 ―訴訟のあほりを受けて、五百余名の朝鮮人が一挙にねぐらから寒空の街頭に追放されることになつた深刻な歳晩風景――大阪港区石田元町M氏はF、N両弁護士を代理人として大阪市将棋島水利組合管理者を相手取り、先代は大正八年組合から向ふ十年間の契約で東区京橋二丁目地先将棋島堤塘天満橋以西全部の埋立地を借りたが、その後借地法が制定された結果、当然二十ヶ年に延長されたからこの旨確認せよとの訴訟を大阪地方裁判所に提起し、昨年来抗争を続けてゐたが、十二月十六日民事五部和田裁判長かかりで「組合から二万五千円をMに支払ひ、Mは同地上の建物を毀して組合に土地を返す」との条件で示談が成立した。
 ところでこの地所にはもと活動写真館だつた建物と三階建、二階建各一棟合計三軒の家が数年から空家のままになつてゐたので、極度の住宅難に喘いでゐる朝鮮人がどんどん入り込み、現在では五百余名に達し、場所柄もよく、無家賃でもあり、鶏を飼ふなどして、雑居生活してゐるが、示談成立で、いよいよこの大家族境も破壊されることになり、不法占拠者である彼等は立退かねばならぬが、押し迫つた暮を控へて果してこれに応ずるかどうか、また追はれる彼らは一体どこへ行かうとするか?

写経屋の覚書-なのは「これは1931年(昭和6年)12月17日付『大阪朝日新聞』からだね」

写経屋の覚書-19311217大阪朝日新聞

五百名の雑居群
 寒風に追ひ立て

  将棋島の借地訴訟が示談成立した煽り
 ―訴訟のあほり(ヽヽヽ)を受けて、五百余名の朝鮮人が一挙に「ねぐら」から寒空の街頭に追放されることになつた、深刻な歳晩風景――大阪港区石田元町松本清吉氏は藤井(清)、中埜両弁護士を代理人として大阪市将棋島普通水利組合管理者関大阪市長を相手取り

先代藤吉は大正八年組合から向ふ十年間の契約で東区京橋二丁目地先将棋島堤塘天満橋以西全部の
埋立地を借りたが、その後借地法が制定された結果、当然二十ヶ年に延長されたからこの旨確認せよ

との訴訟を大阪地方裁判所に提起し、昨年来抗争を続けてゐたが、十二月十六日民事五部和田裁判長かゝりで「組合から二万三千円を松本に支払ひ、松本は同地上の建物を毀して組合に土地を返す」との条件で円満に示談が成立した、ところがこの地所にはもと活動写真館だつた建物と三階建、二階建各一棟合計三棟の家が数年から空家のまゝになつてゐたので、極度の
住宅難に喘いでゐる朝鮮人がどん〱入りこみ、現在では五百余名に達し、場所柄もよく無家賃でもあり鶏を飼ふなどして雑居生活してゐるが、示談成立で、いよ〱この大家族境も破壊されることゝなり、不法占居者である彼らは立退かねばならぬが、押し迫つた暮を控へて果してこれに応ずるかどうか、また追はれる彼らは一体どこへ行かうとするか?

写経屋の覚書-はやて「これは完全に不法占拠やな。松本いう人が大阪市から借りた土地やねんし」

写経屋の覚書-なのは「松本さんと大阪市の訴訟については神戸大学電子図書館システム収録の1930年(昭和5年)8月9日付『大阪時事新報』に載ってるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「天満橋、毛馬ってひょっとしてJR環状線の桜ノ宮駅のあたりかな?」

写経屋の覚書-なのは「うん。だいたいあのへんなの。将棋島は江戸時代に大川(淀川)の治水のために築かれた突堤で正確には島じゃないんだけどね。あのあたりの河原は昭和初期に内地来住朝鮮人が群居してたことで有名なんだけど、この将棋島もそうだったってことなの」

写経屋の覚書-はやて「っていうか、ちょっと前までその名残りがあったやん。JR環状線が大川(淀川)渡る橋の下に不法投棄やバラックがあって、数年に一回くらい火事が起きてその煙で環状線が止まってたで」

写経屋の覚書-なのは「そうなんだよね。しかも済州島出身者が故郷のシャーマニズム信仰に基づいた祭祀を行なう宗教施設「龍王宮」もあったんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「それも当然不法占拠だよね?」

写経屋の覚書-なのは「うん。2010年に撤去されて、今では立ち入り禁止の柵が設置されてるんだけどね」

写経屋の覚書-はやて「作者は跡地は見に行ったんやけど、存在してたうちに見に行っといたらよかったって悔んどったで」

写経屋の覚書-フェイト「けど、500人も住んでたってすごいね。立派な集落だよ」

写経屋の覚書-なのは「こういうふうに朝鮮人の住宅問題はずっと続いていたんだよね。今回はちょっと早いけどここまでにするね」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)  大阪に於ける朝鮮人問題(2)  大阪に於ける朝鮮人問題(3)
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