写経屋の覚書-なのは「じゃ、引き続き『労働調査報告28号 朝鮮人労働者問題』の12枚目、p14から見ていくよ」

 然らば、従来内地に来住せし朝鮮人は何程なりや、と云ふに、大正六年以前は、材料を蒐集なし得ざりしを以て、的確なる数字を掲上し難きも、各方面の情報を総合すれば、日韓併合以来大正五年末迄には、渡来者、帰還者を差引して残留者と看做さる可きもの優に三万人に達するも、統計面に掲記するには余りに根拠薄弱なるを以て、一先づ之を保留して大正六年以後関門入港船舶の便乗者(従来朝鮮より内地へ航海する船舶は必ず第一に関門に碇泊せしものなり)についての朝鮮人来住統計(山口県外事警察係調査)により、内地来住者の数を測定せば、即ち次表の如き結果となるのである。
 別に大正十二年二月より、朝鮮済州島と大阪とを直航する朝鮮人専用汽船の航路開けてより、之を利用して来住せし朝鮮人の数を測定し、以て双方の計を通算せしに、実に十二万余人の残留者を算出する事が出来たのである。尤も、こゝに残留者と仮定せしものは渡来者より帰還者を差引したるものにして人口動態に於ける出生、死亡の関係を度外視したるところに確実性を欠ぐ嫌ひはあれども、実際、来住朝鮮人について出生、死亡は之を知る材料に乏しく、また大体に於て概数を知るには出生、死亡の変化をなきものと看做して大差ないと考へたからである。

写経屋の覚書-なのは「渡航者帰還者の表と済州島大阪間汽船の発着状況表は省くね」

写経屋の覚書-フェイト「済州島と大阪を結ぶ朝鮮人専用汽船の航路なんてあったんだね」

写経屋の覚書-はやて「たしか、君が代丸っちゅう船があったって、麻布十番の在日韓人歴史博物館の展示写真にもあったし、金賛汀か誰かの本の題名にもなっとったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「うん。省略した表にある尼ケ崎汽船の船なんだよ。済友社は済州島人のつくった会社で、金秉敦は大阪在住の済州島人なの」

写経屋の覚書-はやて「君が代丸いうたら、2012年3月の大阪の学校卒業式で国歌斉唱時の起立問題が出た時、けったいな言説が出てきよったなぁ」

写経屋の覚書-なのは「ああ、2ちゃんねるのあれね。そもそも在日朝鮮人は君が代丸で渡航してきた済州島出身者だけじゃないよね、とかツッコミどころしかないバカ言説なんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「わざわざ取り上げるまでもないんだね」

写経屋の覚書-なのは「尼崎汽船と、その料金が高いとして済州島出身者たちが結成対抗した東亜通航組合との争いはかなり面白いんだけどねw」

写経屋の覚書-はやて「作者はそのあたりを調べた時、真っ先に『猛き黄金の国 岩崎弥太郎』の三菱と共同運輸が争うシーンを思い浮かべたそうやねw」

 一方、内地各府県の朝鮮人戸数人員調査に依り、総人口を掲上すれば、九万一千七百八十二人(本統計表作成の時までに神奈川県、埼玉県、群馬県の朝鮮人戸口調査表――此合計人員約二千人――到着せざりしを以て之を除けり)となり、前統計の大正六年以降のものと比較して尚三万人許りの減少となつて居る。
 この差の生ずる所以は、朝鮮人日傭労働者が、定住性を欠ぐを以て、調査上遺漏多く、正確を期するに甚だ困難なることゝ、各府県の調査の月が一定せざりしことが、主因せしものにして内地来住朝鮮人は実際に於て十三万(・・・)人を降らざる情勢である。

写経屋の覚書-フェイト「あれ?内地在住者数について正確な統計ってあったはずだよね?」

写経屋の覚書-なのは「内務省警保局の『朝鮮人概況』だと1923(大正12年)末で80,415人、1924(大正13年)末で118,152人っていう数字はあるんだけど
、これって当時は公開されて入手閲覧が可能な資料だったかなぁ?」

写経屋の覚書-はやて「ああ、そうか。警保局の調査編集やもんなぁ…まぁ、1923(大正12年)7月までの渡航者帰還者差し引きの累計120,124人、実際数13万人っちゅうんは、概数としては大きく外してへんのとちゃうかな?」

 北海道及樺太来住の朝鮮人の中には内地を経由せしものと西伯利を経由せしものとの両方面よりの来住者があつて西伯利経由のものは勿論前統計表の渡来者中には著はれて居ないものである。(六九頁参照)
 一戸を構へて居住せる者 一戸を構へざるも90日以上同一町村に居住せる者 其他の者  調査月日
戸数
福岡県1,4031,8121,0382,8504,6101214,7314,609864,69511,0311,24512,2766月末日
長崎県----------1,664861,7507月末日
熊本県391302215237712389-9999606346406月末日
佐賀県48-----------652-
大分県136-----------1,354-
宮崎県----------39533986月末日
鹿児島県77-----------210-
沖縄県2-----------8-
徳島県107-----------210-
高知県161-----------1869月10日
愛媛県83-----------5816月末日
香川県12-----------264-
山口県----------4,4074654,8726月末日
広島県2801,1372281,3651,1641361,300524305542,8253943,2199月末日
岡山県97245803253071832517281807241068307月末日
兵庫県4078014661,2672,0237582,7811,2891651,4544,1131,3895,5026月末日
島根県59---------705317368月末日
鳥取県552752-52104811216110171-
大阪府1,1601,9699782,9479,2021,45810,6607,1121,2658,37718,2833,70121,9849月末日
京都府214---------3,6944214,1159月末日
奈良県57155114269104191295346413876053469518月末日
和歌山県70---------6094861,095-
滋賀県59-----------720-
三重県587814922112723841018428699597586月末日
岐阜県155---------3,3431523,4956月末日
静岡県92---------1,2491771,4269月末日
愛知県162---------2,1397432,8828月末日
長野県130---------3,8471383,9858月末日
山梨県35---------39222414-
福井県16-----------4163月末日
石川県1068775495541705175287173046月末日
富山県1-----------1,0019月20日
新潟県104---------2,7501342,884-
東京府3459251801,1052,2961022,3981,925711,9965,1463535,4998月末日
埼玉県--------------
神奈川県--------------
群馬県--------------
栃木県2---------81159610月25日
茨城県------------21810月20日
千葉県165876510-10819768849月末日
秋田県66-646-46---52-528月末日
山形県13431457851862-2130151459月末日
青森県5---------722749月末日
宮城県2-----------158
岩手県16-----------189-
福島県----------336884249月1日
北海道300---------3,0901963,28611月5日
樺太140---------1,0941741,26811月末日
6,0937,4323,15010,58220,5362,82923,36516,6711,79718,46874,60511,01091,782 

      備考 調査年は大正十二年
         調査月の記入なきは調査月日の報告なかりしもの


写経屋の覚書-フェイト「道府県別ではやっぱり大阪が一番多いよね。全居住者の約24%を占めているよ

写経屋の覚書-はやて「2位は福岡やな。これも予想通りいうたら予想通りやね」

写経屋の覚書-フェイト「居住種別だと「一戸を構へて居住せる者」が10,582人、「一戸を構へざるも90日以上同一町村に居住せる者」が23,365人だから、定住者とは言えない滞在者が圧倒的に多いんだね」

写経屋の覚書-はやて「1923(大正12年)の時点やと、在住して定職についているんやなくて出稼ぎのような季節労働者・日雇労働者が主流ってことなんやろねぇ」

写経屋の覚書-なのは「うん。定住者が増えるのは昭和に入ってからのことなんだよね。ちょっと早いけど、今回はここまでにするね」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)  大阪に於ける朝鮮人問題(2)
写経屋の覚書-なのは「朝鮮人の状況について、今回は大阪市社会部調査課が編纂した報告書の一つ『労働調査報告28号 朝鮮人労働者問題』(弘文堂書房 1924)を見るよ」

写経屋の覚書-はやて「大阪なぁ。作者の地元いうだけやのうて、実際問題として朝鮮人労働者が多く来た土地やもんな」

写経屋の覚書-なのは「うん。大正末期から昭和初期の大阪では、工業化の進展にともなって、労働者や在住者など大阪の社会状況についての社会学的調査が一種のブームになってたから、資料もそろってるんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「大阪市もいろいろ調査して編纂してたんだね」

写経屋の覚書-なのは「ただね、この史料の作成時期は1924(大正13年)で、前回紹介した、獄長の取り上げている閣議決定『朝鮮人移住対策の件』は1934年(昭和9年)だから、社会・経済の状況や構造の変化による違いもあるから、その点は留意してね」

写経屋の覚書-はやて「10年の間に金融恐慌や普通選挙実施、山東出兵・満州事変があったわけやからねぇ」

写経屋の覚書-フェイト「じゃぁ、どうしてそんなタイムラグのある史料を取り上げるのかな?素直に1934年前後の史料を見た方がいいんじゃない?」

写経屋の覚書-なのは「朝鮮人労働者の変遷も見ていきたいからなんだよ。ちなみにこの報告書は国会図書館のデジタルライブラリーでも閲覧できるんだよ」

写経屋の覚書-はやて「ほんなら、ここでは画像あげへんいうことやね」

写経屋の覚書-なのは「うん。作者は大阪市立中央図書館所蔵のものを複写したあとに気付いたんだけどね。じゃ、第1章の旅行証明書制度や自由渡航の話は獄長日記の『朝鮮人ノ旅行取締ニ関スル件』で扱っているからそっちにお任せして、10枚目の画像、『第一章 朝鮮人労働者の調査に就いて』の『一 朝鮮人労働者の内地移住』の10ページから見ていくよ」

 茲に注意すべきは、朝鮮人の来住が、季節に因りて、非常なる異動のあることである。これは、朝鮮人は、支那人と等しく、正月(但し太陰暦)と、祖先の祭礼には、如何なる遠隔の地にあるも、故郷に帰らざる可からずとの、慣習に拠るものにして、殊に、内地に来住なし居る質朴なる田舎農民の間に於ては、此観念強く、事情の許す限りを尽くして帰郷するものである。故に此時期に於ては帰還者多く、之を経過せば再び大挙して渡来するのである。
 近時小作農夫の内地に来住するもの愈々多く、為に、南鮮の或る地方にては、農事労働者払底し、小作料も小作人に有利となり、農繁期に於ては、内地来住の朝鮮人にして帰農するもの多きに及び、恰も我国北陸地方の農夫が、農繁期以外は出稼すると同じやうな傾向を呈して居る処もある。
 左に大正十一年一月以降の来住異動を示せば、即ち
(朝鮮人来住月別統計表)
 渡来者 帰還者渡来者1に対する帰還者の比
11年1月2,6354673,1023,2857013,9861.028
2月4,6991,2025,9011,2825711,853.314
3月7,7911,3499,1404,0479504,997.547
4月7,5841,7839,3674,3038755,178.542
5月8,4502,18210,6327,0277447,771.731
6月8,4771,65110,1285,9226986,620.654
7月6,7101,0807,7905,4824825,964.766
8月7,8971,1018,9984,6283534,981.554
9月7,9899938,9823,5415404,081.454
10月4,1923924,5843,5383553,893.849
11月3,2703943,6643,8724104,2821.169
12月8,9694819,4504,3693974,766.504
12年1月9,3285459,8735,4174135,830.590
2月6,1904456,6355,8954706,365.959
3月23,7761,47325,2494,1044294,533.180
4月9,3481,03310,3814,8534445,297.510
5月8,5391.0099,3685,1735145,687.607
6月7,2179098,1265,3134845,797.713
7月9,59782510,4226,4845897,073.679
152,47819,314171,79288,53510,41998,954.576

 本表に現れしが如く、太陰暦の正月以前即ち一月には帰還者多く、正月後の三月、四月に於ては、渡来者が著しく増加する。次で、農繁期たる七月、八月に帰還者多く、年末に際して再び渡来するが如き状況を示して居る。

写経屋の覚書-フェイト「あれ?このへんの分析って、獄長日記でもやってなかった?」

写経屋の覚書-なのは「うん。入出国状況についての分析は『朝鮮人移住対策の件(五)』でやってるね」

一見して分かるとおり、田植え終わったから来たとか、収穫終わったから来たとかいうよりは、それと関係ない月の出入国数の方が目立ちますね。
これは、恐らく旧正月に関係していると思われます。
12月~1月にドカッと朝鮮に帰り、2月~3月に旧正月等を終えて日本に来る、みたいな。
これに関しては、1924年(大正13年)に大阪市社会部調査課による『労働調査報告 第28号』でも同様の分析をしていますね。

写経屋の覚書-はやて「渡来帰還の構造自体は変化してへんねんなぁ」

写経屋の覚書-なのは「で、朝鮮人労働者の向かう土地を調べてみたのが次の表なの」

 かくして、渡来する朝鮮人は内地何れの方面に分布され居るか、これを関門に於て各渡来者が所持せる鉄道乗車券の行先により、府県別に区分すれば、次表の如くである。
(渡来鮮人府県別分布表)
 大正12年5月 大正12年6月 大正12年7月 
東京7945985343029459535275621,874
京都3336139435349402458324901,286
大阪1,2781521,4301,2851591,4441,6411671.8084,682
神奈川95161115535882385254
愛知350127477367974644911035941,535
兵庫46188549395130525617646811,755
福岡1,2881591,4471,2611471,4081,6321421,7744,629
広島3595040933133364426284541,227
山口2,113912,2041,6221551,7772,2541652,4196,400
岡山9359892201121235128338
長崎866948979680484274
熊本411427077770474193
静岡5510655065672981202
大分145181631181413220317220515
滋賀1625411-12522769
鹿児島169252112213-1360
佐賀1141575108527128128
徳島3518532-2---55
香川124163-315-1534
三重24125281291031367
福井911015-1521-2146
山梨831841511625126126
岐阜14061461551116622926255567
和歌山1351810-103433765
奈良216271-12242654
新潟8414983213361465196
長野29424318157151722655270760
茨城8-81-1---09
栃木931252-522012185
群馬225275-54-436
富山1211319-1936-3668
鳥取217287189-945
島根3212442823061263137
愛媛---8196-615
千葉---4-4---4
宮崎---25-253-328
福島---5274-411
青森---1-15-56
秋田---1-1---1
埼玉---9-91-110
山形---83112-213
石川---3-312-1215
北海道3145-511211
樺太3172034722431
8,3591,0099,3687,2179098,1269,59782510,42227,916

 表中山口県への渡来者、最多数を占むれども、こは下関までの乗車券を所持する渡来者の多きが為にして、重に、初めての渡航者か、然らずんば、乗車券の紛失を恐れて中継的に乗車券を購入する者の多きが為である。前者は、何等内地の事情を知る事なく、唯、漠然として渡来するものであつて、彼らが下関を行先地とするのは、唯、単に、下関が朝鮮より内地へ到るその交通の道程に於て最近距離にあるてふ事より外に理由はないのである。然し、彼等は旅費の残額を持つて居る、而して、下関にて此地の旧来住朝鮮人労働者の自己の利益の為になす排斥的勧告と、同行の多数朝鮮人の向ふ都市憧憬とに誘はれて、直ちに、分散して、殆んど、一日もとゞまる事がない、かくして、彼等の大部分は大阪、福岡の方面へ漠然として旅立つのである。現在下関市には約千人、山口県下を通じて約五千人の朝鮮人が居住して居るに過ぎない、同時に、大阪、福岡方面に渡来する朝鮮人は、実際に於て、表の数よりも多いのである。

写経屋の覚書-フェイト「とりあえずフェリーが到着する下関を目的地にしてるんだね」

写経屋の覚書-はやて「なんとなくとりあえずは下関に行ってみる、って感じもするんけどね」

写経屋の覚書-なのは「内地に親戚や同郷知人等がいて、それを伝手にして渡航するならともかく、内地に行けばなんとかなるだろうっていう人はそうだろうねぇ…今回はここまでにして次回も続きを見ていくよ」

大阪に於ける朝鮮人問題(1)
写経屋の覚書-なのは「戦後朝鮮人の不法行為については少しお休みして、今回からは新しいシリーズになるよ。戦前の内地の朝鮮人、おもに労働者について見ていくんだ」

写経屋の覚書-はやて「…ひょっとして、不法行為ネタに飽きたん?w」

写経屋の覚書-なのは「ち、違うよ、はやてちゃん。しばらく仕事が忙しくなるから、ストックのあるネタを使おうってことなの」

写経屋の覚書-フェイト「…基本的に時事ネタをやらないから、ネタのストックや先送りがきくってことなんだね…・とにかく、日本国内にやってきた朝鮮人労働者の話になるんだね」

写経屋の覚書-はやて「あ!以前エンコリでやった土幕民シリーズもからんでくるんやね」

写経屋の覚書-なのは「そうだね。でもちゃんと獄長日記にも関係してくるから心配ないんだよ。まず『朝鮮人移住対策の件(三)』を引用するね」

さて、今日からはアジア歴史資料センター『公文別録・内務省・大蔵省・陸軍省・海軍省・商工省・逓信省・大東亜省・昭和六年~昭和十八年・第一巻/朝鮮人移住対策ノ件(レファレンスコード:A03023591400)』から、1934年(昭和9年)10月30日の閣議決定『朝鮮人移住対策ノ件』の残りを見ていきたいと思います。
まずは、8画像目
この対策案についての説明からですね。
では、早速。

最近、殊に昭和7年、8年、本年に亘り、朝鮮人労働者の内地に渡来する者極めて多数に上り、其の内地在留者は、最近毎年7、8万人位宛増加しつつあり。
昭和8年末に於ては其の数45万と報告せらるるも、実数は50万を突破せるものと認めらる。
而して、之が為内地人労働者は勿論、従来より内地に在留する朝鮮人労働者の失業者及就職困難を深刻ならしめつつあり。
蓋し内地企業者は、内地人労働者の失業者及従来より内地に在留する朝鮮人の使用を好まず、能ふれば朝鮮より新に渡来する者を使用せんとするの傾あり。
従って、新に渡来する者は差当り職業に就き得るも、一面多数の失業者を増しつつあり。
然も最近に於ては、朝鮮人は土木、建築、鉱山は勿論、工場方面にも相当進入し来り。
此の状勢を以て進むときは、将来職工及農村子女の職業も漸次奪はれんとするやも計り難し。
又、多数朝鮮人の失業に伴ひ、朝鮮人関係の掻払其の他の犯罪、家賃踏倒し・借家の損壊等の借家紛議、衛生、風俗上の問題等各般の問題を惹起し、又借家の困難に伴ひ縦に土地を不法占拠し、狭隘不潔なる陋屋を密集して建つる等、内地治安上其他に憂慮すべき事態を生じつつあるのみならず、内鮮融和を阻害すること尠からざるものあり。
将来益々此の状勢を以て推移するときは、拾収すべからざる事態に立ち至り、社会上政治上重大なる問題となるに至ることなきを保し難し。
予て、朝鮮総督府に於て朝鮮人の内地漫然渡航を取締りつつありたるが、現在の状勢に鑑み、此の際尚一層之を徹底すると共に、更に広き見地より、朝鮮人の鮮内安住、北鮮及満州地方移住等、諸般の対策を統一的に行ひ、以て内地に対する朝鮮人の渡来を緩和減少すること必要なるを以て、当省に於ては先に朝鮮総督府及拓務省と協議し、別紙朝鮮人内地移住対策案を作成したり。

ここ3年くらい、特に内地に来る朝鮮人労働者が増え、内地在留者は毎年7~8万人づつ増加しつつある。
1933年(昭和8年)末では、内地在留者は45万人とされているけど、実数は50万人を突破しているものと認められる。
しかし、そのために内地人労働者は勿論、以前から内地に在留する朝鮮人労働者の失業や就職困難を深刻にしつつある。
企業側は、内地人の失業者や以前から内地に在留する朝鮮人の使用を好まず、できれば朝鮮からの新規渡航者を雇いたがる傾向がある、と。

恐らく、企業側から見れば、この時期同盟罷業(ストライキ)、怠業(サボタージュ)等の労働争議が増えた事によって、単価も上がり、スレて使いづらい内地人や従前からの朝鮮人より、新規渡航者の方が安くて使いやすいって事なんでしょうね。
この時期、移民問題や労働問題ってのは世界的な潮流で、それが国際労働総会で話し合われて採択される諸条約に繋がっていくわけですが、それはまた別の話。
つうか、新規渡航朝鮮人が好まれる原因はこの史料に書かれてないんで、推測に過ぎないですけどね。
( ´H`)y-~~

ってことで、新規渡来者は当面の職業に就くことはできるが、反面多数の失業者を増やし、しかも最近の朝鮮人は、土木・建築・鉱山は勿論、工場方面にも相当入ってきている。
このまま進めば、将来職工や農村子女の職業も次第に奪われていくかもしれない、と。
まぁ、この辺も企業側の労働単価と労働内容の天秤によるって事になるんでしょう。

で、多数の朝鮮人失業に伴って、朝鮮人によるかっぱらいその他の犯罪や、家賃の踏み倒しや借家の損壊といった借家紛議、衛生・風俗上の問題を引き起こし、そういった問題もある上に失業してますから家を借りるのも困難になるわけです。
そこで、土地を不法占拠して、狭隘で不潔な家を密集して建てるなど、内地の治安上やその他に憂慮すべき事態を生じつつあるだけでなく、大きく内鮮融和を阻害するものだ、と。
不法占拠は戦後期だけじゃ無いらしいですね。(笑)

写経屋の覚書-はやて「いろいろ問題があるんやなぁ…」

写経屋の覚書-なのは「まぁ、全部が全部朝鮮人労働者にだけ原因があるというわけでもないんだよね」

写経屋の覚書-フェイト「当時の社会状況も考慮しないといけないってことなんだね」

写経屋の覚書-なのは「そういうこと。じゃ、次回から史料を見ていくね」