写経屋の覚書-なのは「さ、今回もテキストAの続きを見ていくね」

 闇市でも暴力沙汰多く、其仕入に至っては全く強盗でした 小生の生ひ立った東京下町から直ぐ北、埼玉縣北葛飾郡三郷町辺の知人達は口を揃へて、深夜朝鮮人が牛小屋に侵入して屠殺解体して行った 怖いから寝た振りをして立ち去るのを待った、等々

写経屋の覚書-はやて「牛を盗んで肉を売った?あり得ない話やないとは思うけど」

写経屋の覚書-なのは「うーん…史料による裏付けができないんだよねぇ…ただ、こういう事件もあったから、じゅうぶんあり得る話ではあるのかなぁ」

『朝日新聞』(東京版)1946年10月29日付
炭疽牛肉、桜上水に投込む 水道は飲んでも大丈夫 犯人捕る
【府中発】昨報北多摩郡田無町農林省獣疫調査所の〝炭疽牛〟を盗み出し密殺した犯人が二十八日朝九時府中署に捕つた、都下国分寺町本町二ノ二八三〇無職岩本太郎こと李昌寛(三一)で、去る二十三日夜半、単身毒牛とは知らずに盗み出し、自宅の小屋で密殺(後略)

『朝日新聞』(東京版)1946年10月31日付
毒肉のほうが顔負け 買つてたべた十人がぴん〱
(前略)二十四日夕澁澤さん方へ犯人岩本が安い牛肉だがと売りに来たもの 府中署では三十日この毒肉闇売の事実を突きとめ、関係者を調べてゐるが、一貫匁二百五十円で相当広範囲にばら撒いてゐる模様である(後略)

写経屋の覚書-なのは「あと、東京じゃなくて広島の話になるんだけど、こういうのもあるんだよねぇ」

 終戦直後の広島県下在住朝鮮人は約六万人と推定されるが、終戦と同時に帰還を急いで混乱状態を呈したことは全国的傾向と同様であつた。これら朝鮮人は、或は帰還のための旅費の捻出を目的とするのか、或は途中の食糧確保のためからか、終戦後牛の密殺等によつて暴利を得、又は米麦等食糧の闇売買、集荷等を敢行する傾向が顕著となつた。

広島県警察史編修委員会『新編広島県警察史』(広島県警察連絡協議会 1954)p895


写経屋の覚書-フェイト「警察の記録や新聞記事に載ってないからって、そういう事実がなかったとは言えないよね?」

写経屋の覚書-なのは「それは作者も承知しているよ。記録などの史料と照合して実在が明言できるなら明言するし、状況証拠などから察して、明言まではできないけど高確率であったと言えそうなら、但し書きをつけて言うしね」

 此でも警察は手が出せませんでした うっかり逮捕したりすると警察署が襲撃され、犯人も奪還されました(富坂警察署事件) 酷い時はついでに警官が殺されました(澁谷警察署事件) 殺されても殺され損でした 占領下でしたから

写経屋の覚書-なのは「一つずつ説明していくね。まず『冨坂警察署襲撃事件』は、昭和21(1946)年1月3日、拳銃強盗事件の容疑者として朝鮮人3人が逮捕されて、1人が冨坂警察署留置場に留置されたの。すると80人の朝鮮人がトラックで冨坂署に乗り込んできて、署長・署員に釈放を迫って押し問答になったんだけど、結局留置場の錠を破壊してその朝鮮人を連れ出して逃走したっていう事件なの。根拠史料は、警視庁史編さん委員会『警視庁史 第4巻』(警視庁史編さん委員会 1978)p719~721だよ」

写経屋の覚書-はやて「止められへんかったんやなぁ…そのあとの朝鮮人らは?」

写経屋の覚書-なのは「逃走に成功して捕まらなかったの」

写経屋の覚書-フェイト「手出しできなかったんじゃなくて、捜査はしてたってことだよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。『渋谷警察署襲撃事件』は、昭和21(1946)年7月19日、新橋マーケットの利権抗争に絡んで、台湾人集団150人がトラック等で渋谷警察署に向かって発砲して銃撃戦となった事件なの。渋谷警察署側はの芳賀弁蔵巡査部長が死亡して重傷者1人、軽傷者2人、台湾人側は蔡竜登以下27人が現場で逮捕されて、范姜利康以下4人が死亡して軽傷者14人が出たんだよ。根拠史料はさっきと同じ『警視庁史 第4巻』のp722~727なの」

写経屋の覚書-はやて「両方に死者が出たんか…ほんで、逮捕された連中はどないなったん?」

写経屋の覚書-なのは「10数人がさらに逮捕されて、米軍東京憲兵司令部に事件を引き渡して軍事裁判になったんだけど、朱徳高に懲役3年重労働、蔡竜登ほか37人に懲役2年重労働の判決が下されたんだよ」

写経屋の覚書-フェイト「あれ?ちゃんと逮捕できて裁判にかけてるよね?ってことはやっぱり「警察は手が出せませんでした」なんて嘘になるよ」

写経屋の覚書-はやて「そうやんなぁ。ん?なんで米軍憲兵に事件が引き継がれて軍事裁判にかけられたん?」

写経屋の覚書-なのは「そのへんはね、テキストBの考察時に触れるから今回は待ってね」

 其処でやくざの出番です 今でも古いやくざは警察に恩を着せた事を言ひますが、トラックで出動し、不逞鮮人をやっつけました 日頃やくざなど全く見下す人々まで喝采しました 警察が密かに通じてゐる、との噂でした 小生もさうであったらうと思ってゐます 何しろやくざが警察署を護衛してゐましたから

写経屋の覚書-なのは「たしかに、ヤクザや侠客、香具師・テキヤが朝鮮人・台湾人団体と対立衝突したり、警察側に加担して衝突した事件は存在するんだよね。新橋マーケット事件や京都七条警察署事件が有名かな」

写経屋の覚書-フェイト「ほんとにあったんだ」

写経屋の覚書-なのは「『新橋マーケット事件』は、昭和21(1946)年6月に東京の省線(山手線)新橋駅前の広場に、露天商をまとめる松田組という組がマーケットを建築したの。そこに台湾人集団が出店を申し込んだんだけど、要求出店数の多さが原因で話がこじれて抗争になったんだよ。死者も出たんだよね。この抗争がさっき言ってた『渋谷警察署襲撃事件』の発端になったの。根拠史料も同じ『警視庁史 第4巻』のp722~727だよ」

写経屋の覚書-はやて「利権争いのもつれが原因やんなぁ。日本人が不逞朝鮮人集団をやっつけるいう義憤とか義侠心から来たいう話やなくて、基本的にただの抗争やん」

写経屋の覚書-なのは「『七条警察署事件』は、昭和21(1946)年1月18日、闇米運搬中に七条署員に逮捕された朝鮮人が連行中に逃走して朝鮮人連盟京都府本部出張所に逃げ込んだんだけど、連盟は引き渡し要求を拒絶したの。しかも20日になって、七条署員が京都駅構内の連盟出張所の看板を壊したって七条署に抗議のため押しかけたんだよ。そこで博徒やテキ屋の団体と衝突して日本人1人、朝鮮人数人の死者が出た事件なの。根拠史料は、京都府警察史編集委員会『京都府警察史 第3巻』(京都府警察本部 1980)のp589~592」

写経屋の覚書-フェイト「あれ?この事件って『映画『残侠』―『朝鮮進駐軍』検証―』で出てきたよね」

写経屋の覚書-なのは「うん。あの事件だよ。『戦後京の二十年史』(夕刊京都新聞社 1966)だと、ヤクザの方には朝鮮人への反感と警察に力を貸して恩を売っておこうという思惑もあったらしいんだけどね」

 こうした朝鮮人を中心とした第三国人と七条署の対立はいちはやく塩小路高倉付近のヤミ市を支配するヤクザの耳にも入った。
 「朝鮮人が大挙して日本人の店をつぶす」
 「日本人が朝鮮人の店をつぶす」
 デマが乱れ飛んだ。
 ヤクザらは
 「なにを……やるなら、やってみろ」
 と集まったわけだが、その裏にはここで力を貸して諸事大目にみてもらおうという気持が働いていた(当時の関係者の談)。

『戦後京の二十年史』(夕刊京都新聞社 1966)p35


写経屋の覚書-はやて「まぁ、見返りいうか利益求めるんはしゃーないわなぁ。っと、『大阪・焼跡闇市:かつて若かった父や母たちの青春』p215~216にも、証言やなくて地の文にこんなんあったで」

(前略)二〇年末ごろから米軍・大阪憲兵隊は市内警察署と連携した。武器、無線機を装備したジープを巡行させている。昭和二一年には警官の武装が認可され、同じ年の七月には、土地不法占拠に関する占領軍指令がでて、闇市封鎖作戦を全面展開してゆく。
 だが、こと「暴力」に対しての警察・取締る側の姿勢には、どこか徹底を欠くものがあった。面前で集団暴行をうける民衆がいても、事をおこさぬ場合が再三あったし、敗戦直後、日本人業者と三国人業者の利権をめぐっての騒ぎが頻発したとき、警察は紛争鎮圧の用兵として、暗黙ながら暴力団の実力をアテにしている。(後略)

写経屋の覚書-なのは「あとね、田岡一雄『山口組 田岡一雄自伝 電撃篇』(徳間書店 1973)p214~217にも、朝鮮人集団の兵庫警察署襲撃に備えて、兵庫警察署長が幹部や市長たちと相談して警護を山口組に依頼して、迎撃のてはずや逮捕された場合の身柄釈放などについて打ち合わせを行なう場面があるんだよ」

写経屋の覚書-はやて「それってほんまなん?山口組の方で勝手に言うとるとかないん?あ、でも警察はそういう話がほんまにあったかて、公式に認めるわけにはいかへんやろしなぁ…」

写経屋の覚書-なのは「これでテキストAはおしまいなんだけど、他の史料と照合して妥当かなと言える記述と、ほんとかウソか確認の取れない記述、それと時系列が不明で不正確な説明が混在しているっていうのはわかったと思うの」

写経屋の覚書-フェイト「そうだよね。腕章や不法占拠、不動産侵奪罪、警察署襲撃事件やヤクザの警察加担は妥当と言えそうなんだけど、かんじんの『朝鮮進駐軍』や牛の強奪は確認が取れないし、警察が手を出せないっていうのは明らかにおかしいね」

写経屋の覚書-なのは「まぁ、『北斗星』個人の情報量や記憶、認識の問題かなと見ることもできるんだけど、全体的には、これじゃぁ記述の信憑性に疑義があるって考えるしかないよね。次回はテキストBの検証に入るね」

映画『残侠』―『朝鮮進駐軍』検証―
『朝鮮進駐軍』の初出について(1)
『朝鮮進駐軍』の初出について(2)
『朝鮮進駐軍』の初出について(3)
『朝鮮進駐軍』の初出について(4)
『朝鮮進駐軍』初出テキストの検証(1)