カラン。
水滴を纏ったグラスの中で、氷が涼しげな音を立てた。
褐色の甘くない液体が喉を潤し、ホッと息をつく。
開店したばかりのカフェは、まだ空気も澄んで心地良い。
気怠い体を革張りのソファーに沈め、目を閉じた。
この店の選曲が好きだ。
vocalの入っていない軽めのジャズは、何をするにも邪魔にならない。
カウンターの中の、マスターが立てる食器が擦れ合う微かな音も、適度なボリュームで掛かる音楽のおかげで、まるで映画の効果音のような雰囲気をもたらし、日常なのに非日常の世界へといざなってくれた。
誰の声もしない静かな時間。
彼のことを想うのには好都合だ。
彼、ユチョンが僕の部屋を訪ねて来たのは、陽も沈み、せわしなく鳴く蝉が、夜の帳にやっとその羽根を休めた頃だった。
窓から見える、雲を羽衣のようにたなびかせる月に見とれていた僕は、しばらくそれに気付かなかった。
「ジュンス、飲まない?」
声に振り向くと、ユチョンの手に、細かな水滴をびっしりとつけたクリスタルのグラスが2つ握られていた。
そのグラスを、今、僕の目の前にあるものと同じ褐色の液体が満たしていた。
「うん」
手を伸ばし受け取ると、ユチョンはベッドに座る僕の隣に腰を下ろし、グラスを傾けた。
「ユチョン」
「ん?」
「行くんだね」
明日から彼は僕の側に居ない。
覚悟していたのに、小さな痛みが胸を刺す。
僕はその痛みを緩和させるように、手の中で冷気を放つ褐色の液体を一気に流し込んだ。
「ジュンス、見て」
ユチョンがグラスを目の前に翳した。
月を愛でる為に、照明を絞った部屋で、グラスの中の氷が光る。
「俺の気持ちはこんなふうに氷に閉じ込めていくから。ジュンスが持ってて」
「ユチョン・・・」
「返事は、ジュンス」
「はい」
ふっと穏やかに微笑んだユチョンが、月の光のように優しいキスをくれた。
グラスの中の氷がカランと鳴った。
僕の心はユチョンの愛を閉じ込めて凍った。
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ユチョン、行ってらっしゃい。
溢れ出す愛を心に閉じ込めて、待ってるよ。
笑顔でね(^▽^)