中国の習近平国家主席(共産党総書記)が政治的に失墜し、政権ナンバー2で改革派の李克強首相の扱いが公式メディアで格上げされたという説が流れている。実際には確たる根拠はないものの、アンチビジネス的政策による経済の落ち込みなど習政権で重大な失政が相次いだのは事実。習氏の左派(保守派)路線に対する党内外の不満を反映して、「習下李上」(習氏が下がって、李氏が上がる)のうわさが広まったようだ。

■人民日報の紙面に変化なし


 「李上」説の大きな根拠とされたのが、5月14日付の党機関紙・人民日報が掲載した国務院(内閣)第5回廉政(清廉な政治)工作会議(4月25日)における李首相の演説。国営通信社・新華社の長大な記事が2面の大半を埋めた。
 中国の主要公式メディアで総書記以外の指導者の演説がこれほど大きく扱われるのは少ないので、「異変だ」といわれたのだが、実は廉政工作会議での首相演説は近年、人民日報で同じ扱いだ。昨年の演説との違いは、市場化など経済政策への言及が増えたことぐらいである。

 香港紙・明報の論評(5月18日)によると、少なくとも2018年以降、人民日報は毎年、李氏による廉政会議演説の全文を載せている。したがって、この演説の公式報道は「李上」の証拠にはならない。
 人民日報1面の習主席に関する報道に変化があるとの見方も出ている。しかし、5月1~20日の1面記事見出しに「習近平」「総書記」がなかったのは4回だけ。党機関紙も毎日、党トップの名前を大きく報じているわけではなく、週1回か2回、習氏が1面の見出しになくても異常とは言えないだろう。今のところ、同紙などの指導者報道から「習下」をはっきり確認することはできない。
 インターネット上では第20回党大会で李氏が総書記になることが最近内定したという「内部情報」も出回っているが、香港親中派の消息筋は「絶対にフェイク(偽情報)だ」と否定した。

■経済政策では「習下李上」


 しかし、最近の経済政策に限って言えば、「習下李上」的傾向はある。具体的には、習氏が好む統制色が薄まり、市場経済化を重視する李氏の考えがより反映された形になっている。
 3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で採択された政府活動報告は「共同富裕」の説明が簡略化され、不動産税の記述はなく、国有企業強化の文言も消えた。共同富裕の宣伝は続いているが、民営企業たたきを主眼とする左派的主張は後退している。
 習政権は近年、ネットサービスなど民営企業の資金調達や経営方針にやたらと横やりを入れていたが、党指導部の政治局は4月29日の会議で、ネットサービス企業などのプラットフォーム経済に対する監督・管理を「常態化する」として、企業や市場に衝撃を与える突発的規制をやめることを示唆。同経済の発展を支援する具体的措置を打ち出すと表明した。
 5月17日には、習氏の経済ブレーンとして知られる劉鶴副首相が民営企業の発展を支援するとした上で「デジタル企業の国内外資本市場への上場を支持する」と断言した。政策が大幅に調整されたのは明らかだ。

■ゼロコロナや個人崇拝志向は不変
 

 その一方で、厳しいロックダウン(都市封鎖)など極端なゼロコロナ政策や国家安全維持法(国安法)に基づく香港統治では、強硬な習近平路線は不変。昨秋登場した個人崇拝的キャッチフレーズ「二つの確立」も党内で広がっている。「習近平同志の党中央の核心、全党の核心としての地位を確立して、習近平の新時代における中国の特色ある社会主義思想の指導的地位を確立する」という意味で、李氏も前述の廉政会議演説で触れた。
 国内経済の失速に加え、ロシアのウクライナ侵攻をめぐる外交の混乱もあって、習氏が政策面で苦戦していることは否定できない。だが、それで直ちに習氏が政治的に失墜して総書記3選断念に追い込まれたり、指導者たちの正式な格付けが変化したりする状況には今のところ至っていない。今秋開催とみられる第20回党大会に向けた水面下の駆け引きはこれから本格化するとみられる。(2022年5月23日)