以下ネタバレ含みますので、未読の方はお気を付けください!
『ロータス・イーター』
自分の意志で人生を決定することは可能か、というテーマ。
モーム作品にはよく出てくるような気がします。
人間は自分の意志で物事を決定し、好きなように人生を歩んでいると思っていても、実際はそれぞれの環境や常識や性格に左右され、ほとんどの人は敷かれたレールの上を走り、そこからはみ出すことは滅多にない、というのがモーム先生の持論。
モーム先生の時代と今とでは多少状況は違うでしょうが、ある程度普遍的な傾向だという気がします。
大抵の人は親と同じような経済状況のもとで家庭を作ったり、周りと同じような生活、感覚で過ごす人が多いのかなあ。
私の親は生涯(まだ生きてますが)ほとんど自営業で正社員で働いたという経験がなく、さらに母方の叔父叔母もそんな感じです。
で、私もアルバイトか契約社員、フリーランスしかやったことありません。
20代の頃、友達のお母さんに
「りさちゃん、やっぱりね、そろそろちゃんとずっと居られるような会社を探して落ち着いた方がいいよ」
と言われたことがあります。
そのお母さんは公務員、旦那さん会社員、その娘である私の友達もかなりしっかりした会社に就職済みでした。
友達も出会ったときはバイトで、正社員になれという親に対する反抗心旺盛だったんですが、20代後半にはぐっと大人になり、その頃にはきちんと会社員してました。
お母さんに、なんかりさちゃん見てたら心配になっちゃうのよーと言われて、そりゃそうですよねーとヘラヘラ返す私。
こういうこと言われるのも慣れていて、お母さんいい人だし、腹が立つとかぜんぜんありませんでしたが、不思議な感覚はありました。
お母さん的には安定した会社に入る、もしくは公務員になるのが普通。
(一般的にはそらそうですよね)
私的にはそんな大人が周りにいなかったので、いわゆる会社員、公務員は非日常の存在という感覚が消えない。
さすがにこの歳になるとそういう感覚は薄れましたが、でも未だに正社員経験ゼロ。
もちろん私のような環境に育ち、きちんと正社員で働いてらっしゃる方は大勢いらっしゃると思いますが、どんな仕事に就くかというのは一例で、親や育った環境から受けた影響というのはなかなか脱するのが難しいと言いたかったんです。
長々と思い出話すいません(゚∀゚)
で、本題のこの作品ですが、イギリスの銀行の支店長だったウィルソンという男。
休暇でイタリアのカプリ島にやって来て、島の全てに魅了され、ここで暮らしたいと強く望むようになる。
もう12年ほど働けばたっぷりの年金を手に入れ、残りの人生を余裕を持って島で過ごすことはできる。
しかしそんな時間の浪費はしたくない。
結局ウィルソンは30代半ばで仕事を辞め、カプリ島に移り住む。
手に入れた年金は25年のみ。つまり60歳になったら、収入ゼロ。
噂では、彼は島で思い通りの素晴らしい人生を送ったのだから、60歳で自ら命を絶つ覚悟だという。
主人公はそんな噂で彼を知り、友人の紹介で出会い、ウィルソンの「自分で決定した人生」に非常に興味を持つ。
果たして彼は本当に最後まで意志の力で自分の人生を決定することができるのか?
ラストはなんともやるせない、悲しい結果に終わるわけですが、ほとんど野たれ死にと言ってもいいような彼の死を
「(島の)光景のあまりの美しさに打たれて死んだのかもしれない」
という結びの文は意志を貫こうとしたウィルソンの人生にロマンを感じた、主人公の心情が伝わってくるような気がします。
ほろ苦くて悲しい、美しい作品です。