諸事情でずいぶん放置してしまいましたが、さっそくデッドゾーンの続きを書いていきたいと思います。

久しぶりに読んで気付いたことその③

これを気付いたこと、と言うのは少し違う気もしますが、最近の力作「11/26/63」との関連性についてです。

(ここから「11/26/63」のネタバレにもなってしまいますので未読の方はお気を付けください!)

将来大統領になり、世界を破壊に導くことになるスティルソンに出会ってしまったジョニー。

どうするべきか悩んだジョニーは周りの人に質問してみます。

「もしタイムマシーンでヒトラーに会うことができたらあなたはどうするか?」

この突飛な質問に金持ちの実業家は、入党して内部から改革を試みる、と答えます。

うーんなるほど。

成功して自分の力に自信を持っている人物の答え、という感じですね。

ジョニーも後でこの方法について考えてみますが、集会で騒ぎを起こし、すでにスティルソン陣営におかしな人物として目を付けられている可能性大、これはあまり得策ではないと判断します。
 
次にジョニーは実業家の高校生の息子にも同じ質問をします。

すると相手は、自分が殺されることになってもとにかくヒトラーを殺す、と答えます。

「もしやらなかったら、やがて彼に殺される何百万もの人々に、墓の中までつきまとわれそうだ」

この若者らしい明快な答えに、ジョニーは「墓の中までか」と呟きます。

ジョニーはこの後も暗殺以外の方法を検討し、考え抜きますが、自分に時間があまり残っていないと知り、最後には最終手段を取ることなります。

いや、正確には取ろうとする、というほうが正しいでしょう。

最後の瞬間、ジョニーに気付いたスティルソンはなんとこどもを盾に銃弾を逃れようとし、ジョニーは結局引き金を引けないまま死ぬことになります。

しかし、こどもを盾にしたことが公けになり、スティルソンは政治家生命を絶たれ、ジョニーが見た破滅の未来は回避されます。

つまり、ジョニーは暗殺には失敗しましたが、彼の行動によって未来を変えることができたのです。

これに対して「11/26/63」ではケネディの暗殺を止めることに成功しますが、現代に戻ってみると世界がどえらいことになっています。

ジャック・フィニィに捧げられるはずだったこの作品は本格化なSFという感じなので、主人公の行動によってあわゆる出来事が変わってしまう、ということに重点が置かれるのは当然といえば当然なのですが。

結局、主人公は愛する女性を救うためにも過去を変えないことを選択します。

行動を起こしたことで未来を変えたデッドゾーンの結末を考えると、もしかすると何十年も経ってキング先生にも心境の変化があったのかなあと深読みしてしまいました。


 久しぶりに読んで気付いたことその④

ジョニーの母親、ヴェラについて。

ヴェラはジョニーの事故前からどう見てもやばい宗教に入れ込み、ジョニーが目覚めたときには完全に常軌を逸した状態になっています。

死ぬ間際にはジョニーに向かって

「神はあなたに仕事を用意なさっている。神から逃げてはだめよ、ジョニー」

「声が告げたらあなたの務めを果たしなさい」

など、とてもまともには思えないことばかり話します。

そしてそんな中で気になるのがこの言葉。

「何という力を神はお授けくださったのだろう…わたしにはわかっていたのよ…ずっと前からわかっていた…」

ジョニーは子どもの時の怪我がきっかけで不思議な能力が目覚めたという感じですが、もしかしたらヴェラも病気をきっかけにある種の能力を持っていたのでは?

と、今回読んでいて初めてそんなことを考えました。


久しぶりに読んで気付いたことその⑤

今回いい年になって読んだのでそう感じるんでしょうが、この作品は青春小説でもあるんだなと思います。

特にセーラ視点の箇所にそんな雰囲気があります。

セーラは昏睡状態のジョニーを諦め、別の男性と結婚します。

誠実でいい人らしき旦那さんと子どもも生まれてはたから見れば幸せそのもの、しかしセーラの胸中は複雑です。

とある事件でジョニーの「見る力」が世間を騒がせることになり、セーラの家でもそのことが話題になります。

セーラの現実家の夫は、いかさまだ、となんの躊躇もなく明言、そのいかにも自分は物事をよくわかっている、というような態度にセーラは苛立ちます。 

「そのときばかりは、彼女は彼に憎しみを感じた。彼に強い嫌悪を感じた。彼女が結婚したこの善良な男に。彼の善良さ、堅実さ、穏やかな上機嫌の裏に、何か身の毛のよだつようなものがあるわけではないーーただ、人間はすべて、男も女もみなそれぞれにささやかな策略を用いて自己の利益だけを追求しているのだという、彼の精神の
基盤に根をおろしているらしい信念があるだけ。

後半なんとなくリチャード・ドーキンス著「利己的な遺伝子」を思い出します。大論争を巻き起こしたこの本、おそらくキングも読んでいたのではないでしょうか。

セーラの夫はおそらくこの先もジョニーの能力を信じることはないでしょうし、そもそも超能力だの不思議な出来事だの、そんな世界には用のない人物です。

ミステリーやホラーが好きな人間からすると、なんじゃこいつは?と思ってしまうようなタイプですが、現実の世界では頼りになる夫であり父親なのでしょう。

しかしこのシーンで夫と距離を感じたセーラ、一度はジョニーのことは忘れてしまおうとしますが、ジョニーの母親が亡くなったことを知り、結局彼に連絡を取ることになります。

そしてジョニーの家で彼と愛し合いますが、お互いにその後はないとわかっていて、それきりセーラはジョニーとは違う人生を歩んでいくのです。

ラスト、ジョニーの墓を訪ねるセーラは2人の子どもの母親であり、政治家の妻、もうジョニーと
出会ったころの若い新人先生ではありません。

「なんといっても、あれから9年経ったのだ、そしてもうこれで終わりなのだ。これからあとにあるものは、ウォルトと子供たちと、夫の演壇の後ろの椅子の一つからの、沢山の微笑だろう。〈中略〉将来とは、彼女の髪が年々少しずつ白くなっていくこと、乳房が垂れて、ノーブラでは出歩けなくなること、化粧にますます手をかけるようになること。将来とは、バンゴアのYMCAのスポーツ教室とショッピングと、一年坊主のデニーを小学校に、ジャニスを幼稚園に連れていくこと。将来とはニューイヤーズ・イヴのパーティと奇抜な帽子、そのころ彼女の人生は、とどめようもなく回転して、一九八〇年代というSF的時代にはいっているだろう。そして同時に、奇妙な、ほとんど予想もしなかった段階にーー中年期に。
 彼女の将来にカウンティ・フェアは見出せなかった。」

キング先生お得意の怒涛の具体的な羅列。30代を過ぎた人なら少なからず身につまされる描写ではないでしょうか。

ああもう自分は若くないんだ、と自覚する瞬間というのはなんとも言えず苦いものですが、不思議なことに、同時にどこか清々しさもあるような気がします。

まだ目覚めたばかりのジョニーに再会するシーンで、セーラはジョニーに強く惹かれる自分に言い聞かせるようにこう考えます。

「この狂った世界でいったん選択をした以上は、いかにその結果を受け入れねばならないかを考えるべきなのだ。」

ラストシーンのセーラは言い聞かせるまでもなく、それがよくわかっているようです。

人は若さを無くして初めて、自分の人生の選択を受け入れるということができるのかもしれません。

ジョニーのセーラへの最後の手紙には、こんな文章があります。

「ともあれ、ぼくらはみんな自分にできることをやり、きっとそれでよいのだろう‥‥もしよくなくても、それはそれで仕方がない。」

墓地でジョニーの存在を感じ、はっとするセーラ。懐かしいジョニーの声を聞き、そして墓地をあとにします。

最後のページにセーラの感情や表情などの描写は一切ありませんが、なんとなく晴れやかな顔をしているセーラが見えてくるのがすごい!

本当に何度読んでも胸が熱くなる傑作です。

もっともっと語りたいことはあるのですが、キリがないのでこの辺で。

お付き合いいただきありがとうございました。