さて、ようやく落ち着くことができたので、概要をまとめておきたいと思う。

 

本日より(正確には)12日間ヨガリトリートに参加することになる。ここに至るまで、旅の情報を集めるためにあまたのブログにお世話になり、また、最初はその目的で、つまり、バリに来る人のために情報発信をしようと考えて伝えたい内容を考えたが、どうもその方向ではこころが動きにくいことが分かってきた。バリ情報を教えてくれたブロガーさんたちありがとう。おかげでデンパサール空港からちゃんとホテルにたどり着き、市中で買い物をして食事も終えました。そしてネットでアメブロしてます。その類の情報を探して私のブログにたどり着いた方はぜひ其方におまわりください。(←その後、DAY0 のブログに加筆して情報を加えました。)

 

では、このブログで語られることになるのはなにか。

 

昨日、ホテルのチェックインよりずっと早く到着した自分は、散策に出て私設美術館にたどり着いた。広い庭園の一角に据えられたその建物は主に20世紀半ばから今日の絵画が展示されていた。古くは絵画の道具立てが揃わなかったのかなと眺めるうちにその絵らの背景に注意が向いた。

 

まず、全体の傾向として細密画が多く、どれも丁寧に書き込んでいるものが多い。特に、登場人物が所狭しと書き込まれた騒然とした場面がよく取り上げられている。そのような絵には背景はない。というか、人間らが書かれる対象であると同時に背景となっている。

 

この目で見ると、対象が少ない絵には背景も意図して書かれているように思う。私たち凡人が世界を見渡すと、背景はあってなきがものだが、画家たちには登場人物と同じ筆力で描かれる対象であることに新鮮さを覚えた。

 

夕刻にはオリエンテーションが始まり、参加者の自己紹介のあと、私たちはペアでアクティビティをすることになった。相手の目を2分間凝視して1分目を瞑る、それを交互におこなうという内容だ。

 

自分は相手の顔をふちどる背景が気になり、顔を背景に対してズームイン、ズームアウトさせる遊びを楽しんだ。何を意図するワークか分からなかったが、このワークはコースのあいだ人間関係で揉めたときいかに捉えるかという文脈でおこなわれていたから、それに合わせて解釈すれば、背景を人物と同じくらい前に押し出すと相手の固有性は大きく失われ、当人も背景となった。たしかにここまでモノ化させれば揉めるのもアホらしくもなろうが、相手をモノ化させる目で見るのも失礼で、きちんと受けて立ち、不快の泥にまみれるのが誠実なんではないたろうかと思った。

 

さて、こうして如何ようにも書くことができたバリ初日をこのように切り取ることで(あるいは、書かなかったことで)なにを書くブログになるのかを推察する。これはどうも「背景」とかかわる内容になりそうである(まんまや)。

 

ということは、読者は、バリに来ようとする人ではなく、それともヨガをしている人でもなく、「背景」が気になっている人と響き合うことになる。絵を描く人には背景があることは常識であろうから、価値のある情報にはならず、同じく読者として対象にならないとしたら、あまねく「背景」と「個」の関係が気になる人に発信をおこなう内容となるだろう。

 

「背景」という言葉であらわしたそのイメージをもう少し説明しておくと、それは、「背中」にも似ている。あるいは、「戦士のポーズ」の左手の意識の持ち方にも似ている。あるいは、いま、職場で海老澤さんがもっていて私にはない、全体をケアする視点にも似ている。

 

それについて少し補足すると、自分はこれまで自分の技能を上げることに注力してきたが、どうやらここから先は(年齢として求められるのは)技能ではなく環境を整える力、当たり前を当たり前とする力で、突出する力ではないようなのである。そういう、評価のしようもない、自分が「背景」である、プロデューサー的な、自分のおかげで他の人があたかも自分一人で成し遂げたかと錯覚させるような力量がほしい感じがしている。

 

というわけで、本シーズンは、バリでヨガの資格であるRYT200 をとりながら「背景」についての考察を深めるブログにしようと思う。

 

よろしくお願いします。(あとから読みなおすと、まったく見当ちがいのブログになったが、直すのもなんなのでこのまま残しておくことにする。未来のことを語ると鬼が笑うというのはまさに至言哉)

 

【本日の学習】

1.オリエンテーション

2.自己紹介