1日に習う内容が濃い。先生がどうしたらより上手にポーズがとれるか(指導できるか)、どれだけ打ち込んでこられたかの賜物だ。これだけの情報量なるには、よほどストイックに対象に深く潜る時間を重ねてきたのだろう。
こういう、深い自分だけの世界があるのはよく分かる。かけた時間で得られた知識や技術は、万が一、他の人も同じだけ時間をかければ見えるものかもしれない。しかし、惜しむらくは、他の人にはそれほどの時間(リソース)を対象にかける時間はない。だから、巨人の肩に乗せてもらって遠くを見せてもらうことに忸怩しない(代わりにお金を差し出している)。
ただ、「先生」となり、お金と引き換えに知識を還元できる人と、その他の蓄積してきた人には違いがある。カリキュラムが作れるかどうかである。カリキュラムとはなにか。知識の整理整頓具合である。探究をしている渦中の学習は(道なき道で学ぶ場合は)方法は仮説にもとづく試行錯誤によるのでカリキュラムはない。自分のうしろに道ができる(高村光太郎)。
その過程で、おそらく、とても整理整頓しながら(関連づけをおこないながら)道を進むか、あるいは脳内のマップに平面図を描いていくか、(あるいは、中間点でよく分類するかなにかすると)説明しやすい形に加工することができる。これが「先生」の商品で、価値をもつ。
そういった観点から見ると、本コースの先生は、ヨガという対象に、独自の切り口で再解釈を試み、よく体系づけている。わりに博士号レベルではないかと思う(本当に)。バリにリトリートと兼ねてライセンスを取りに来るような手合に与えるには勿体ないほどの内容で、申し訳なく、そのありがたみに頭が下がる。
その一方で、状況はそんなに甘くない。そんな生徒に先生は内容をダンピングしないからである。というか、一部の本当のインストラクターのたまごに合うスピードでクラスを進め、先生のレベルに学ぶ体勢の足りてない者は端の方で雰囲気を出していてくれればよい感じで、指導が個別に見合わないのである。
先生が「質問のある人はしてください」と言って区切りをつけてコースを前に進めてしまうなかで、質問が出ないのは概ねの人は「あとで自分のペースで復習すれば分かりそうだ」と思っているのではないかと思う。大量の宿題に、そんな時間は実際はとれないのだが。
だとすれば、やはり授業中に理解していかなくてはならない。必要なのは、受け皿となる、こちら側の整理整頓力である。いえば、与えられる情報を切れ切れに暗記するのではなく、先生の与える筋立てを理解し、そこに知識を入れ込んでいく思考力である。
このコース(カリキュラム)の難点は、テキストが6冊にわたっており、複数のテキストを参照しながら進むので、歩いている道が見えにくいところにある。そこをぐっと引き寄せて、知識の関連づけをしながら学ぶ。
また、上級者は理解しているからメモをとる必要のないところまでメモをとらなくてはならないからメモをとるけど、知らないことが多すぎて速さが追いつかず、メモが取り切れない。音声アプリで取り始めたが、果たして、媒体の記憶容量はどこまでもつのか(その日のうちに復習をしなければ問題再燃)。
ま、とにかく、「先生」である第1要件はそうなのである、と気づいたところで本日を終える。
ちなみに、夕刻はしめやかにワランという観光客向けの舞台を見に行った。宿題は?ミニマムでいこう。とりあえず早寝して、朝起きてから30分程度で体裁だけ整えるなり法隆寺。
【本日の学習】
股関節外転・内旋
1.バッダ・コーナ・アーサナ(合蹠のポーズ)
2.アグニスタンバ・アーサナ(薪のポーズ)
股関節外転・外旋
3.プラサーリタ・パードゥッターナ・アーサナ(立位の開脚前屈)
4.ウパウィシュタ・コーナ・アーサナ(開脚でおこなう前屈のポーズ)
⇒クラス構成=膝、股関節カウンター
シークエンスA確認 プラーナヤーマ(ディルガ=完全呼吸)]
*時間を意識する
*抑揚をまねる
*トーンをまねる
*呼吸しているときと体勢を整えるときの調子・スピードにメリハリをつける
左右非対称・股関節外旋・外転シリーズ
脊柱側屈・回旋
5.ウッティタ・トゥリコーナ・アーサナ(三角のポーズ)
6.アルダ・チャンドラ・アーサナ(半月のポーズ)
7.スプタ・バーダーングシュタ・アーサナ(仰向けで親指をつかんで行うポーズ)
*ディルガ・プラーナヤーマの「dīrgha(ディルガ)」とは、「長い」という意味になり、腹式呼吸、胸式呼吸、鎖骨式呼吸を組み合わせておこない、呼吸筋をフルに(完全に)使う、文字通り長く、深い呼吸法。
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↓ワランのあらすじ。
