by ウィリアム・サローヤン

 

 私たちは、幸せかどうか考えるときに

直近の過去からの経験や周りと比べて判断しています。

 

それならば、周りにいる人があなたより幸せそうであれば

あなたは不幸せであり、そうでなければ幸せを感じるという、

何とも環境任せなものになってしまうでしょう。

 

幸せの本当の意味に気づいたならば、

直近で失敗したかどうかや、周りがどうかは関係ありません。

 

私たちは、生きている以上、幸福でありたいと望むことは自然なことです。

しかし、皮肉なことに幸福について考えないことが、幸福になる近道だったりしまう。

 

そもそも自分が幸福かどうかを考え始めたとたんに、

自分は幸福なのか?という疑問が生まれます。

そんな疑問はそもそも考えないことです。

 

極端な話、自分が今生きていることに感謝できたなら、

幸せを感じることは難しくないはずです。

 

そんなことはできないと考える人も、

何か感謝できることを考えてみましょう。

 

例えば、住む家があることや食べ物があること、

家族がいることや友達がいることはそれだけで十分幸せです。

 

逆にあなたが全てを手にしたとしても、

感謝できないのであれば幸せを感じることはないでしょう。

 

どんな地位や名誉を手に入れた人でさえ、

不満や不幸を感じる瞬間の一つや二つはあるものです。

 

裏を返せば、あなたは何かを手にしたときに幸せを感じるのではないとうこと。

 

すべてはあなたの心の持ちようだという事です。

 

 死にたいような毎日を生きた人でも、今から前を見ることができる。

そして、前を見ることができれば進むことができる。

 

幸せになるのは、そんなに難し事ではないのかもしれません。

 

 

 

by コヴィー博士

 

 コミュニケーションがうまくいかない要因は

「相手の気持ちへの不満」や「相手が自分を理解してくれないこと」です。

 

理解されていなと感じる相手には、コミュニケーションをとることにストレスを感じ

時には衝突してしまうこともあるでしょう。

 

私たちは、理解されていないと感じるときに、

ちゃんと理解してもらおうとより多くを伝えようとしまう。

経験したこともある方がいらっしゃるかもしれませんが、

より多くを伝えようとすればするほど、より大きな溝を生んでしまうのです。

 

いったいなぜでしょうか?

 

相手が理解していないから、理解してもらおうと一生懸命話す。

そうすれば相手はきっと理解してくれるはず。

そう思って話しているのに、一切理解されない。

 

これらの主な原因は、相手も同じ気持ちを抱いているということです。

 

相手もあなたが理解しているという気持ちになっていない。

あなたが私を理解してくれないから、私をまずは理解してほしい。

だからまずは私の話を聞いて。

 

私たち人間は、どこかでやっぱり自分の事ばかり考えています。

相手のために尽くそうと思って毎日生きていたとしても、

ほんの少しそれを忘れる瞬間がでてくるのです。

 

お互いが自分の話を聞いてほしい時に、

それはわかったから自分の話を聞いてと自分の言いたい事を

いくら伝えたところで、相手は理解されたと感じません。

 

人は本当の意味で理解されたと感じるときに、

初めて相手の話を心から聞こうと思うのです。

 

あなたは私の世界を理解してくれた。

それならあなたの世界に少しは入ってみようと思うのです。

 

私たちは同じ現実に生きているのに、それぞれ違った世界で生きています。

私の中の現実と、あなたの現実は違うし、それはたとえ同じ時間に同じ場所に

いたとしてもそうなのです。

 

それぞれの現実はそれぞれの見える世界となり、コミュニケーションを取るうえで

問題を起こします。

 

お互い同じ世界を見ていて、同じ認識をできていると思ったら大間違いです。

人はそれぞれ違った世界で生きていて、違った感覚を持っています。

ピーマンが好きな人がいれば嫌いな人がいるように、

それを見たときにどういう印象を抱いているのか、何を考えているのかは違うのです。

 

だからこそ、まずは相手の世界を理解してあげることが大切です。

その世界を理解する努力を示したなら、より豊かなコミュニケーションがとれるでしょう。

 

あなたの現実が誰かの現実とは限らない。

あなたの常識が誰かの常識とは限らない。

あなたの正義が誰かの正義とは限らない。

 

人はそれぞれ違っているということを肝に銘じ、

まずは相手を理解することに努めてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 あなたの情熱は何か?

あなたの心は何に激しく反応するのか?

 

一度時間を取って、よくよく考えてください。

 

あなたが何をするかは大した問題ではありません。

 

あなたが本当に好きな事をやっているのであれば、

今のあなたの状況がどうであれ、そこに心を費やすことに

幸せを感じるでしょう。

 

たとえ大きく成功していなかったとしても、

たとえ今逆境に立たされていたとしても、

心が何に時間を費やすかはあなたの自由。

 

目の前に見えている物、肌で感じているものがなにか関係なく、

そこには自分で選択する自由がある。

 

例えば、あなたは学校の数学の授業を受けているとしましょう。

あなたが見ている物は数式で、あなたが聞いていることは

数学に関することのはず。

それなのに好きな人のことを思い浮かべたり、

放課後の部活の事を考えているあなたは、

目の前の数学というものをリアルに感じているでしょうか。

 

あなたの心が、好きな人や部活に費やされているとき、

数学の授業中であっても、あなたの世界は好きな人や部活の事で

いっぱいになっているはずです。

 

それが心が”何に”費やすかという事です。

 

私たち人間は、想像する力をもっている。

想像力を発揮することで、今の状況に関係なくどんな世界にも行くことができる。

 

脳は鮮明なイメージと現実を区別できません。

 

夢を見て、それがリアルに近い時に

起きた瞬間それが現実だったのか夢だったのかわからないのそのためです。

 

鮮明に想像できたもの、はっきりと頭の中で思い浮かべることができるものに対して、

脳は現実との区別ができなくなるのです。

 

あなたの心が時間を費やしたものはあなたの世界を彩る色となる。

世界中で何が起きてようが、あなたの頭の中で考えていること、見えていることが

あなたの世界なのです。

 

この限られた人生で、どんなことに心を費やしたいのか。

 

悲しみや憎しみに心を費やしていたいのか、

喜びや幸せに心を費やしていたいのか、

よく考えなおしてみましょう。

 

世界で何が起きているかは関係ない。

 

周りと比べる必要はない。

 

あなたの心の主導権はあなたが握っているのです。

 

 

 

- ジョージ・ワシントン -

 

 私たちは、無意識的に誰かに認めてもらいたい生き物です。

 

人に理解してもらえた瞬間や褒めてもらえた瞬間が嬉しいのは、

この承認欲求を満たされるからです。

 

 人が会話すること以外で他者を認めることもできるし、

その瞬間を感じることができたときは、とても心にくるものがあります。

例えば、それは拍手は、相手の功績や行いを称賛する方法の一つです。

言葉には出していませんが、身体を使い、その人を讃えているのです。

 

ただ、口があり、言語があり、話すことができる私たちにとって、

会話といううものは承認欲求を満たすため、よりも頻繁に行われています。

 

それが決して自慢話ではなかったとしても、

その話をすることで自分がより納得したい、他者かあら共感を得たい、

といったような思いがあるのであれば、それはすべて承認欲求を満たすためといえるでしょう。

 

だからこそ、人の話を聞くという事は重要なのです。

 

とてもシンプルなことですが、多くの人がこれをできません。

 

なぜでしょうか?

 

それは話を聞いているその人も承認欲求を満たしたいからです。

「あなたの話はもう十分聞いたし、わかったから私の話を聞いて」と思った瞬間から

もうあなたはその人の話を聞いていません。

聞いているふりをしているか、ただ聞き流ししているだけです。

 

そしてそれがいずれ、話の腰を折ったり、横取りすることに繋がります。

 

承認欲求を満たされない相手は、その行為に不快感を覚えるでしょう。

もっと話したい事があったのに、

もっと伝えたいことがあったのに、

中途半端で終わらされてしまった。

 

自分の伝えたかったすべてを伝えきれず、

どこかモヤモヤするのはそのためです。

 

まず、相手の話を聞くこと。相手を理解すること。

それがコミュニケーションの中で大切なことです。

 

自分の話ばかりしかしない人は人の話を聞きません。

そんな人の話は聞きたくない人が多いでしょう。

その人がよっぽどの有名人や世間から求められている貴重な人材であれば

耳を傾けたいと思ってくれる人はいるでしょうが、そうでもない限り

あなたの話を聞いてくれる人はいないでしょう。

 

まずは、聞くことです。

 

聞くこと一つできるようになれば、

よりよいコミュニケーションをとることができるでしょう。

 

 

 

人とつきあうのに秘訣があるとすれば、

 

それはまずこちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか。

 

― 瀬戸内寂聴 ―

 

 

 生きていれば、自分の苦手な人や関わりたくないような人と

出会うこともあるでしょう。

 

自分の気を許して、全てを話せるような仲間だけが自分の周りに

いるわけではない。人それぞれ違った個性はあり、違った目的をもって

生きている以上、どうしてもそういったことは避けられない。

 

ただし、そこに対してどういうアプローチをとるかは自由。

完全にあなたの自由なのだ。

 

人間関係に疲れ、もうどうでもいいと思いながら生きるのか、

自分の周りにいる人に少しでも幸せを与えようと生きるのか、

話したい人とだけ話して、それ以外の人は無視をするような

生き方をするのか、どんな選択もあなたの自由です。

 

 人間関係は、社会の中で生きていれば自分と切っても切り離せない問題で、

人間関係が良好な時は世界はより素晴らしく見え、

良好でない時は、この世の終わりのように見えてしまう。

 

人付き合いに対するテクニカル本はいくらでもあるけれど、

それは根本的な問題解決になっていない。

 

根本的に解決したいのであれば、小手先のテクニックを覚えるよりも

自分の態度を変えることだ。

 

相手がどんな人であれ、自分がその人にどんな態度を選ぶのかはこちらの自由。

 

どんなに苦手な人にだって、どんなに嫌いな人にだって、

不機嫌を見せるよりも、笑顔を見せる方がいいに決まっている。

 

相手が何かをするかしないか、別として、

相手を好きになってしまえば、大抵のことは笑って過ごせる。

 

そこに対して、相手が自分に対して何を考えているのかや、

相手の思考や行動に必要以上に推測を立てたり、反応するから、

人間関係が悪化するのだ。

 

相手がどうかということではなく、

自分がどう”ある”かということ。

 

どういう存在でありたいのか、

どういう人になりたいのか、

それがあなたという人間を決める。

 

周りの誰かに求められるあなたになる必要はない。

自分の決めた自分になること。そして自分の人生を生きること。

 

それができたなら、世界はもっとシンプルになる。

 

 

 

 

 

「多くの人は、自分が手に入れたいものを怖くて言うことができない。だから手に入らないの」

“A lot of people are afraid to say what they want. That’s why they don’t get what they want.”

 

― マドンナ ―

 

 私たちは、どこまで自分に素直になれているでしょうか。

本当に欲しいものを、ちゃんと欲しいと言えているでしょうか。

 

あなたは大富豪になりたいですか?

政治家になりたいですか?もしくは、医者やスポーツ選手?Youtuber?

 

それがなんであれ、あなたは本当に欲しいものを欲しいと言えているか。

 

欲しいものが小さいものであれば、簡単に口にすることができるでしょう。

例えばあなたが、会社に勤めて何年目かで、部長になりたいということは

難しくないかもしれない。

しかし、新入社員で間もないころ、社長になりたいと口にしたことがある人は

いったいどのくらいいるでしょうか。

 

あなたはあなたが望むものを手にする可能性がある。

望まなければ近づいても来ない。

 

実際になれるかどうかは別として、

あなたの心はどうおもっているか考えてみましょう。

 

なれるとしたら、社長になりたいですか?

プロスポーツ選手や、政治家、医者やYoutuberになりたいですか?

有名な作家や映画監督。一生お金に困らない生活はどうでしょうか?

 

あなたがそれを達成したことを想像し、少しでも心が軽くなるのであれば、

それはあなたがその方向に進みたいと思っているということ。

 

ここでブレーキをかけるのは他でもない自分。

 

自分にはできるのかな?

そういった思いが心に歯止めをかける。

 

そんな恐怖に負ける必要はない。

 

欲しいものは、欲しいとしっかり口に出すことだ。

 

求めなければ、現れない。

 

どんなにプロサッカー選手になりたい人でも、

毎日テニスの練習をしていたらサッカ―選手にはなれないのだ。

 

サッカー選手になりたいのであれば、それを認めてサッカーをすること。

 

テニスの練習をしていたり、会社員をして毎日をサッカー以外の事で

忙しくしていてはいつになってもたどり着かない。

 

まずは、自分の本音を認め、

そこから前に進むこと。

 

今の現状がなんであれ、

それがあなたの今のベストなのだ。

 

そこから前に進むだけ。

 

レベル1の人がいきなりレベル100になることはない。

レベル2に成長したことを喜ぼう。

そこで周りと比べていては、ずっとつらいだけだ。

 

せっかくレベル10まできたのに、レベル100でないことを悲しむ必要はない。

あなたが着実に歩んできた道のりは、成長という形で表れているからだ。

 

今の自分のレベルがなんであろうと、それがその時のベスト。

毎日自分史上最高を更新していくことで、いつかそこにたどり着けるだろう。

 

欲しいものは認め、口に出すこと。

そうすれば自分により責任をもてる。

口に出すことで、自分の欲しいものを再認識できる。

 

肯定的な暗示となって、自分を望む道へと導いてくれる。

 

小さなことが、大きなことに繋がる。

 

まずは心に聞いてみよう。

 

あなたが本当に求めている物はなんなのか。

 

 

 

 

1番いい練習メニューなんて結局死ぬまでわかんねえ。
研究者だってそのうち意見が変わるしな。


でも良くない練習は分かるだろ。
手抜いたら100%分かる。
自分で抜いてんだから。


それじゃやること1つだ。
絶対に手を抜かねえでやり切る。
そうすりゃいい練習なんて勝手に見えてくる。

- 武井 壮 -

 

 

何かを極めようとしたことがある人なら、

何が1番効率のいい練習なのか、

何が1番自分を成長させてくれる練習なのか

こういたことを考えたことはあるだろう。

 

練習メニューは無数にあって、

時代とともに新しいメニューも増えていく。

 

どのメニューをやればいいかわからなくなるほど、

今私たちがアクセスできる情報は無限にあるのだ。

 

結局のところ、自分にそれがあっているのかどうかは

やってみなければわからない。

 

あの人にとっては素晴らしいメニューも、あなたにとって

全く同じものになるかは別の話だからだ。

 

人はそれぞれ身長や体重、性格や筋肉のつき方が違うように、

10人いれば10人違った特徴がある。

 

大切な事は、最初は誰かの真似で始めた練習でも、

そこから自分の身体にどう変化があるのか、どう感じるか、

自分で考え自分でメニューを作っていくことだ。

 

そしてそれをやるからには、全力でやりきること。

手を抜いてしまえば意味がない。

 

手を抜いた練習を100回やろうと200回やろうと

それはあなたの力にならない。

 

本気で1回1回取り組むからこそ、本当の力になる。

 

これはスポーツに限らず、勉強やビジネスでも同じことが言える。

ただなんとなく出した答えや、なんとなくこなした仕事が

あなたを成長させてくれることはないだろう。

 

考えて考え抜いた問題や、壁に何度もぶちあたるような仕事こそが

あなたを成長させ、本当の力をつけてくれる。

 

そこに本気で向き合うからこそ、何が自分に必要なのか、

何をすると変化を起こせるのか、その可能性が見えてくるのだ。

 

 

 

 

 

 

- オスカー・ワイルド - 

 

 私たち人間は、物事を白か黒かはっきりと分けたがる習性がある。

しかし、人生の多くは白黒はっきりできないことであふれている。

ある部分は白で、ある部分は黒、他の部分はグレーで

はたまたすべてがグレーかもしれない。

 

人はだれしも完璧ではない。

どんなに素晴らしい人であっても、

 

一生涯不純な思いや悪事が頭をよぎったことがない

ということはないだろう。

 

人には善い部分もあれば悪い部分もあるということだ。

 

 私は普段人に対して善悪の区別を

できるだけしないように心がけている。

 

たとえ身の回りの人が何か気に入らないことをしたとしても、

その人を嫌うのではなく、その行動を自分が好きではないということにするのだ。

 

例えば、あなは電車の中で座っていて、ある駅で子連れのお母さんが入ってきたとしよう。

子供たちは電車の中で動きはじめ、どんちゃん騒ぎ。

お母さんはそれに対して微動だにせず、ただそこに座っているだけ。

集中して本を読みたったのに、邪魔をされて迷惑に思う。

周りにいる乗客たちも、中々落ち着かない子供たちに嫌気がさしている。

 

あなたはこんな時どう思うだろうか?

 

この親を子供がうるさく回りに迷惑をかけているのに

いっさい気を使わない悪い大人だと思うこともできるかもしれない。

 

確かに子供が電車で騒いでいるのを放っておくのは

よくないかもしれないが、それがその人は悪い人と直結するとは限らないだろう。

 

ここで、あなたがそのお母さんに子供が周りの乗客に迷惑をかけていることを伝えたとしよう。

そこで、そのお母さんが

 

「本当ですね。申し訳ございません全く気付かなくて。

ついさっき旦那が死んだという事を知り、頭の中が真っ白になっておりました。

子供たちもその事実を受け入れられず、気が動転しているのかもしれません。」

 

というような返答をしたらどうだろうか。

あなたはまだその人が悪い人だと思うだろうか。

 

その人の行動がたとえ自分に気に入らないものであっても、

また、客観的にみて社会から受け入れがたい場合であっても、

それがその人を悪人とみなす理由にはならないのだ。

 

人を裁くよりも、もっと大切なことがある。

 

自分が善人で自分がやっていることがすべて善だという思想は危ない。

それが宗教や部族間の争いを起こしたり、戦争へと通じる。

 

他者を一人の人間として敬い、

違いを尊重して生きていくことができれば

世界はもっと生きやすくなるだろう。

 

そのためにも、善人や悪人といった区別をする前に、

まずはその人を本当の意味で知ることや、

理解することに努めていくことが重要だ。

 

 

 

 

 

- 水野 彌一 -

 

 

 ベストを尽くすという事は、ある意味で自分の限界をベストというところに決めているという事。

 

自分のベストを実力をより早く、より大きく超えていきたいのであれば、

ベストを超える覚悟をもって取り組むことが大切になる。

 

人間は思っているよりもずっと強い生き物だ。

 

筋肉は自分の発揮できる力をマックスに使ってしまうと、

それに付着している骨や腱が壊れてしまうから、脳が自動的に制御している。

 

”火事場の馬鹿力”という言葉があるが、自分の命の危険やここぞというときに

普段以上のパワーを発揮できるのは、この脳のリミットが外れてより大きなパワーを

出せるようになったからだ。

 

 私たちは、こんなふうに知らず知らずのうちに自分を制限して生きている。

もっと開放できる力があるのにもかかわらず、自分自身を自分が抑え込んでいるのだ。

 

より上を目指したい人、世界一やオリンピックで金メダルを目指しているような人は、

想像を超えるような練習をしている。

スポ―ツの強豪校で部活をやったことがある人、それを身近で見ていた人はわかると思うが、

時に理不尽かつ無理極まりないようなトレーニングを課せられた人をあなたは知っているだろう。

彼らは普通に考えたらできないようなことを、何度も乗り越え、精神的にも肉体的にも強くなっている。

 

自分はそのようなトレーニングを肯定するというわけではなく、

あくまでそういった現実があるという話をしているだけだ。

そこだけは勘違いしないでいただけたら幸いです。

 

自分の限界にチャンレンジすることで、それを超えていく。

無理だとおもったところから、あと一回やってみる。そしてまた一回やってみること。

限界がきてからが本当の勝負だ。

 

そこでいかに自分を強くできるかで、本当の勝負は決まってくる。

 

 

- マルチョン -

 

 

 私たちは何かを始めるときに、

始める環境が揃ってからスタートしようとする。

 

・十分な知識を手にしてから

・十分なお金を手にしてから

・十分な体力がついてから

・十分な時間が作れたら

 

こんな風に、今ある環境が完全ではない場合、

それらがすべて揃ってからスタートをしようとする。

 

しかし、それでは遅いのだ。

遅いどころか、そんな環境が一生手に入らない場合もあるだろう。

 

周りの環境が整うのを待っているうちに、あっという間に月日は流れる。

 

Youtuberのヒカキンを例に考えてみよう。

 

彼は今人気のYoutuberが始めるずっと前からすでにYoutubeを始めていた。

当時の動画をみていると、今のように凝った編集や考えられた企画があるというよりも、

ただひたすら自分の作れる動画を作っているということがよくわかる。

 

当時の彼に素晴らしい編集技術や今もっているようなカメラなどの機材があったとは思えない。

 

それでも彼はやり続けたのだ。

そして彼は動画を毎日投稿していく中で、Youtubeのことを学び、動画編集の技術を学び、

それに関連する機材の知識なども増えていった。

 

今、なりたい職業ランキングでも上位にくるYoutuberになりたい、

あんな生活をしたいと思った人はたくさんいるだろう。

 

しかし、その時に実際に本気で始めた人はどのくらいいるのか。

 

今人気のYoutuberもヒカキンの活躍をみて、Youtubeに舵を切ったという人が多い。

そんなときに、

 

・自分には動画編集の技術がないから

・自分には動画をとるのに必要なカメラや照明のことはわからないから

・そもそもどんな動画を作ればいいのかわからないから

・動画をとる時間の余裕もないから

 

などといってやらなかった人たちはいっぱいいるだろう。

 

これまでの話を聞いてわかる通り、

準備ができてから始めた人は多くない。

 

チャンスが来てからやるのでは遅いのだ。

 

いつどこで転がってくるのかわからないチャンスのために、

自分という芽を成長させておくこと。

 

ある分野で学んだことが全く別の分野で役に立つなんてことは

しょっちゅうある。

 

本気で自分の興味があることに取り組んでいれば、

それはいつかチャンスが来た時に、そのチャンスを生かす助けとなるかもしれない。

 

チャンスが来るために、今自分のいる環境で全力を尽くすこと。

 

いつでもチャンスが現れたときに、準備ができている状態でいること。

 

そんな人たちがチャンスをつかみ、大きく成長していく。

 

現状に不平不満をいうのではなく、

チャンスをために今できるベストを尽くそう。