この記事を書いた時、


この狭き門は、何故ここにあるのか?

何か意味があるのか?というご質問を頂きました。



はい、調査チーム(私一人ですが)は、調べてみました。


中国には、昔から「城壁文化」というのがありました。小区という居住区を塀で囲む造りが、一般的だったとのことです。

これを中国語で「封閉式小区」(Fengbishisheqi)と呼びます。


PRESIDENT Onlineよりお借りしました。

このように、表通りから敷地内に入り、中庭から自宅に出入りするという閉鎖的な建築法にする文化がありました。



しかし、住民以外が通れない不自由さ、隣の通りに出るのに大回りを強いられる、車の渋滞が起こるなどの理由で、2016年に「城壁文化」廃止を中国政府が決めたとのことです。


2016年以前に造られた壁は、順次取り払うこととしていますが、その名残りとして、壁の一部が残っていたり、狭き門ができてしまっているのではないかと思われます。


取り払われない理由として、税金の関係もあるようです。完全私有地として居住区を塀で囲っていた時より、周りの部分も私有地として取り込まねばならなくなった場合、税金徴収額が上がるのではないか、逆に言えば、税収増やすために国がこのような策を決めたのではないか?という疑念を持つ人がいて、境目を残しているとも考えられているようです。





この狭き門が開いているだけでも、人々は遠回りすることなく、天山路から、一本隣の新渔东路に出られるので、ありがたいですが、出たところは歩道なので、電バイ、自転車、歩行者が右往左往するのも事実で、危険と隣り合わせです。


ただ、ここの壁を全て取り除くと、今度は車も通ってしまうわけで、ますます混乱しそうですから、そんな意味もあって、中途半端に塀を残しているのかな、と想像しております。


中国に10年住んでいても、知らないことがいっぱい、、、というか、何も知ろうとしてこなかったし、中国語を覚える気ゼロだし。

しかも反省する気ゼロガーン


今さらながら、ブログタイトル変えようか、

「家篭り、テレビ三昧、ソファと仲良しグータラ婆の生存確認ブログ」

ってのは、どうかしら?などと思う、中国生活11年目の婆でございます。