合唱団のお兄様のご葬儀は、キリスト教会で執り行われました。

お兄様は敬虔なるクリスチャンでいらっしゃり、姿はなくなっても、神のもとに召され、そこで生き続けるのだそうです。


仏式のご葬儀と違って、オルガン演奏から始まり、牧師さまのお読みくださる聖書の一文や、お兄様の今までなさってきたことなどの紹介など、全てがわかりやすい日本語ですから、とても心に沁みます。

仏式のようなわからぬお経に、不謹慎ながら眠くなるような退屈なことは一切なく、ちっとも長いと感じない充実の2時間でした。


牧師さまのお話の合間に、お兄様が好きだった讃美歌を参列者全員で歌います。楽譜が入っているので、初めての私でも歌えます。

その歌詞は、お兄様がご自身の天に召される日を予感していたかのような内容だったり、残された家族や友人たちが悲しまないように考えられた詩だったり、お兄様のお人柄が伝わります。


大学卒業まもなくから、キリスト教に関係するお仕事をなさり、教会での礼拝ではオルガニストもされていたというのには、初耳でビックリいたしました。

合唱団の中で、ピアノなど弾いたことないですし、むしろ、ピアノは弾けないとおっしゃっていて私に「弾いて」と頼んできたというのに。

教会の日曜礼拝で、聖歌隊をリードしていらした頼もしい存在だったそうです。


そんな知らない一面を知ることができて、うーん、もっと前に知っていれば、と思ったり。


弔辞をされたお仕事の先輩という方は、40年以上のお付き合いがあるそうですが、

「彼には、軽い嫉妬を感じておりました」

と、仕事面でも、オルガンが弾けることでも、人望厚いことでも、眩しく見えていたそうです。

軽い冗談も交えた話に、葬儀らしからず、クスッと笑う場面もありましたが、それら全てが故人に相応しいお見送りだった気がします。


お兄様が好きだったという讃美歌のひとつ、一節をご紹介して終わりにいたします。


いのちの終わりは、

いのちの始め

おそれは信仰に、死は復活に、

ついに変えられる

永遠の朝

その日、その時を、ただ神が知る


アーメン