心が不自由な人・・② | 神経質逍遥(神経質礼賛ブログ)

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何のとりえもない平凡で臆病者の神経質者が語る森田的生き方ブログです。

今をときめく女性誌の編集を担当していた彼女は、いつも非常に快活で、明るくて、もちろんファッションセンスも抜群でした。しかし、彼女は人知れず心療内科に通っていたのです。診断はパニック障害。時に救急車で運ばれたり、死ぬかと思うくらいの体験を何度もしてきたそうです。しかし周囲は彼女がそれほどの病気であることは、誰も気づかなかったのです。

 

        画像 mental-health.org  神経症と森田療法

 

心に不自由さを抱えている人は、それを表に出すことが出来ません。一つは、健常者に苦しみを訴えても、わかってもらえないからです。「もっと気を大きく持ちなよ」なんて言われて、さらに傷ついてしまいます。心に不自由さを抱えている人は、自分は周りの人とは違うと考えています。正常か異常かと問われれば、自分は異常に入るのではないかと何となく恐怖しています。診断を受けることは「異常」の烙印を押されることと同義なので、医者に行けない人もいます。

 

いずれにせよ、周りの人たちには決してこのことを知られないようにします。もし知られてしまえば、この競争社会においてはハンディとなり、落ちこぼれてしまうからです。

だから努めて英語を習ったり、パソコンの勉強をしたり、なにがしかの資格を取ろうとしたり、もちろん、ファッションや美容にも気を使っています。少なくとも「正常」と呼ばれる人たちに交じって、自らの本性を隠し、彼らに遅れじと生きて行こうと懸命なのですね。

 

             画像 hakkenkai.jp 神経症とは

 

しかし、このような生き方はある意味周りをだましていることになるので、何時そのウソがばれてしまうか、もしばれてしまったら、仲間外れになってしまうだろうし、下手をすればリストラされるかもしれません。いずれにせよ今までの努力が水の泡になってしまう。心が不自由な人は、そんな不安を常に抱えているのです。だからいつも明るく振る舞おうとしていますし、無理やりにでも「生き生き」と行動するように努力しているのです。いわば必死で自分を取り繕っているのです。

 

しかし、偽りの自分を演じるのにも限界があります。やがてストレスに耐えきれなくなって、心療内科などに駆け込むわけです。そして薬をいただいたり、先生のアドバイスなどを聞いたりするわけです。

しかしいつまでも普通の人のようにふるまうことが出来ないと、自分はダメ人間だ、生きている価値が無いとさえ、思い込むようになってしまいます。

病気と言えば病気、正常と言えば正常。神経質者の会を訪れる人の中には、このようなタイプが増えているような気がするのです。

 

参考・・・「不安の力」、「森田式生活法」