「勝ち負け」にこだわる④ | 神経質逍遥(神経質礼賛ブログ)

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何のとりえもない平凡で臆病者の神経質者が語る森田的生き方ブログです。

そもそも「100%の勝ち」とか「100%の負け」と言うのはあり得ないと思います。「勝ち」の中にも、「負け」の要素はあるし、「負け」の中にも、「勝ち」の要素はあるのです。ちょうど下図のようになっているのですね。

例えば「60%の勝ち」での勝利と、「40%の勝ち」での負けを比較しますと、結果は180度違いますが、実質は20%しか違っていないのです。

こんなことを表した言葉として、「負けるが勝ち」と言うのがあります。

 

          画像 buddha-christ.com  陰陽道とは

 

「負けるが勝ち」とは、無意味な争いで勝つよりも、むしろ相手に勝利を譲った方が、最終的にこちらの勝利につながると言った意味でしょう。

一見相手に負けているように見えるものの、大きな目で見ると、結局勝利していると言う例えです。

皆さんも経験ありませんか?

 

相手と口論しているうちに、次第に激昂して、つい、感情的になってしまいます。その際言わなくてもいいような余計なことを口走ってしまい、自ら墓穴を掘ってしまいました。

口論で勝つよりも、いったん身を引いて、相手の言い分に耳を傾けることです。納得するかどうかはさておき、少なくとも第三者から見れば、一枚上手な対応だと思われるでしょう。これが「負けるが勝ち」です。

 

神経質は前にも述べたように、非常に負けず嫌いです。だから何とか負けまいと頑張るわけですが、あまりに「勝った負けた」にこだわり過ぎると、人間関係そのものもうまくいかなくなってしまう可能性があるのです。

 

            画像 143school.com 負けるが勝ち

 

もう一つ例をあげましょう。Aと言う人に恨みがあるBが、Aにひどいことを言ったとします。しかしAはそれを相手にしませんでした。反応しなかったんですね。これを周りから見ると、AはBにしてやられたような形に見えます。

 

しかしこのことのために周りから、「Bはひどい奴だ」と思われ、「Aは出来た人だ」と思われるとすれば、結局長い目で見れば、Aが勝利したということになると思うんです。

さらに言うなら、Bを許したAは心穏やかです。それに対してBはとても穏やかではいられません。心理的にもAは勝利しているのです。

 

参考・・・「あるがままに生きる」、「本当に強い人とは」