「雨ニモマケズ」再考① | 神経質逍遥(神経質礼賛ブログ)

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今日8月27日は、詩人「宮沢賢治」氏の誕生日であります。8月1日と言う説もあるのですが、一般的な説に従うものとします。

賢治の作品は本になっていたり教科書に載っていたりしますので、多くの方に読まれていると思います。

それらの中で、最も人口に膾炙し、もっとも人々に愛されているものと言えば、「雨ニモマケズ」と言う一篇の詩ではないでしょうか。


今私は「詩」として紹介しましたが、正確に言うと「雨ニモマケズ」は作品として発表されたものではありません。賢治がなくなった後、家族で遺品整理をしていた際、旅行かばんに入った小さな手帳を開けてみたところ、そこに書き付けられていたものだそうです。

それを見つけた賢治の弟さんは、これは賢治と言う人を紹介する上で、世に出したほうが良かろうと思い、詩人の高村光太郎氏の力を借りて発表したものなのです。

賢治


繰り返しますが、「雨ニモマケズ」は作品としてかかれたものではありません。つまり賢治としては「人に読んでもらおう」とか「出版しよう」などと考えて書いたわけではありません。その分他の作品よりもはるかにストレートな言葉を使い、本当に心の中にあるものをすべてさらけ出すような形で書いたものであると思うのです。

他人に対して書いているのではありません。

自分自身に向かって書いた言葉なんです。


他人に対して「こういう人になりなさい」と諭しているわけではありません。

あるいは「こんな立派な人間なんだよ」と、自分を誇っているわけでもありません。

文の終わりに「サウイフモノニワタシハナリタイ」とあります。これは持病の結核が悪化し、日々衰弱していく中で、自分が理想としてきた生き方を実践できなかったからこそ出てきた、願いと祈りの言葉だと思います。


直筆手帳の最後のページには、「南無妙法蓮華経」の曼荼羅で終わっています。この曼荼羅はあらゆる人を敬い、あらゆる存在を拝んで回る、法華経の常不軽菩薩の精神を表しているともいわれます。また手帳の鉛筆さしのところに挟まっていた紙片には、次のような賢治の歌が書かれていたそうです。


塵点の 劫をし過ぎて いましこの 妙のみ法に あひまつりしを


(常識を絶するような長い時間を経て、時空を超えてただ今の、法華経に出会えた喜びを)


ところで皆さんが「雨ニモマケズ」に出会ったのはいつですか。おそらくほとんどの人は学校の国語の時間か、道徳の時間だと思います。中にはこれを無理やり暗唱させられて、いっぺんに賢治が嫌いになってしまった人も居るかもしれません。

あるいは道徳や修身の時間にこの作品を取り上げて、「こういう人になりなさい」などとお説教込みで学んだ記憶のある人も居ることでしょう。


実はこのような使われ方は、賢治にとってはもっとも嫌な使われ方なのです。「雨ニモマケズ」はあくまでも自分自身に向かって書いた言葉です。間違っても「こういう人になりなさい」と言う押し付けがましい気持ちは針の先ほどもなかったに違いありません。


2011年の東日本大震災の後、俳優の渡辺謙氏が「雨ニモマケズ」を朗読してネットで配信されたことがありましたよね。それは渡辺氏自身が「自分に何が出来るのか」を問うた答えとして、ネット配信を選択したのであって、決して誰かに押し付けるつもりはなかったはずです。

その後「雨ニモマケズ」はさまざまな国や地方で朗読されることになりました。それは嬉しいことなのですが、反面賢治の言葉だけが一人歩きしているような気持ちになったことがありました。

雨にも


もちろん賢治の言葉は被災された方々にも届けられました。そのとき私は独り歩きしている賢治の言葉が、すでにつらい境遇にある人に対して「もっと頑張りましょう」みたいなニュアンスで、ますます我慢や苦労を押し付けることになっていないだろうかと、ずいぶん危惧したものです。

何もかも奪われた被災者にとって「これ以上何を頑張るのだ!」と反論されても無理はありません。


それでも時間がたつにつれて、「現地で何かお手伝いはできないだろうか」とか「自分がいる場所で何かできないだろうか」などと考える人が増えてきました。そのときに「雨ニモマケズ」の言葉が出てきたのは、決して押し付けられたからではなく、賢治の心そのものがボランティアを志す有志の心と結びついたためじゃないかと思うんです。有志の皆さんが、自分の言葉として、自分自身に向けて使っているような気がしたのです。


どんな人の中にもあるすばらしい一面。それを賢治の作品が引き出してくれたのです。

本来自分の中にあるはずなのに、埋もれてしまっているやさしさだとか、「人のために何が出来るのか」という尊い思いに気づかせてくれるのが、「雨ニモマケズ」の最大の魅力ではないでしょうか。


参考および引用・・・「宮沢賢治 魂の言葉」(KKロングセラーズ)