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Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

最近、耳の調子がよろしくない。音の聞こえかたが以前よりもぼやっとしている。

そのせいかどうかわからないが、電車のアナウンスを聞き間違える。

「まもなく◯◯駅」が「なんとなく◯◯駅」に聞こえるのだ。

年齢を重ねるとますます曖昧にしておきたくなるからだろうか。
 

大学図書館をぶらついていたら”ケアをひらく”シリーズの『どもる体』(伊藤亜紗著、医学書院、2018年)を見つけた。インパクトのあるデザインの表紙が目に飛び込んできて、そのまま貸出手続きしてしまった。家に帰ってすぐに読了。忘れないように、とりあえずの感想を走り書いておく。

 

本の前半から、同じ「ん」の音を発音するにしても、身体が次の音を予想していくつかの発音方法を使い分けているという指摘が目を引いた。自分でもやってみてびっくり。無意識にできてることって気が付かないもんだなと改めて感じた。また、日本でもかなり昔から吃音が研究されてきたこと、初音ミクがぶつ切りの一音ごとの羅列から、どうやってスムーズな言葉を歌えるようになったのかというくだりも、切込みが面白い。

 

本の後半では、どもりそうなときに言い換えをしたり、リズムに乗せたりという工夫があること。どもらずにできる方法をみつかると、それにのっとられてしまう感じがあって、それを嫌がって敢えてどもることを選ぶひとがいること、どれも示唆的な指摘だった。

 

筆者の伊藤亜紗さんが、趣味を「インタビューの文字おこし」と書かれているのが印象深かった。口に出したほうが届くこと、記したほうが届くことには見逃せない違いがある。この本は”ケアをひらくシリーズ”に入っており、医療福祉の方面で読まれることが多いのかもしれない。でも、どっこい中身はごっつい言語思想論であった。

 

この本のなかの一つのエッセンスは、伊藤亜紗さんのHPから読むことができる。http://asaito.com/research/2016/12/post_40.php

 

いくつか、個人的な感想を述べておく。

僕は、父が漢文教師だったという偶然で、比較的幼いころから漢文を音読するということをよくやっていた。父が読むのに合わせて、「なんでこの順番に読むのかな?」と思いつつ、その通り繰り返してきた。そのときは、文字を書かれている順番通りに読めないという漢文のストレスが、音読というスムーズさによって救われるような気がしていた。これは中国語として順番通りに読む場合にはないストレスだと思われる。漢文を黙読しようとすると、初めのうちは目線を行ったり来たりさせながら読むのでしんどい。慣れてくると数文字を全体としてみて、視線の行ったり来たりをしなくても読めるようになる気がするのだが、気のせいかもしれない。日本文化に漢文がもたらした影響は大きいと思うのだが、漢文は中国語と違って、同じ文字を多分2倍ぐらいの回数読んでいるという点に本質的なポイントがある気がする。

ちなみに、中学では古文の時間に朗読させられることがあった。そのとき僕が思ったのは、古文はとても音読しやすい文章だなということだった。僕の中学で最初に扱った古文が「義経記」だったのは、変わったチョイスだったと思うのだが、もともと平家物語とかは琵琶法師の語りで生成してきた文章である。時間間隔、抑揚など、もともと読みやすくできているという印象を受けた。そのころまでは、僕は音読を良いイメージでとらえていた。たとえば、文章を味わうために、あるいは黙読ではよくわからなかった文章を口に出してみるとわかりやすくなるなぁ、など。しかし最近、論文抄読会で論文を音読したり、してもらったりすることがあるのだが、どうしてか、そういう場面で読むと、内容があんまり頭に入ってこないし、文章を味わってる感じがでてこないのだ。以前、どの論文を読むか悩むという話をブログに載せたけれど、実は、集団内で音読すること自体がなじまないような論文が増えているのかもしれない、などと思う。

 

もうひとつ思うのは、発音・発語ですら、自分が何気なくできていることは、とてもすごいことなのだということだ。精神科臨床では、たいていの患者さんが「できないこと」をたくさん意識する一方で、「できていること」にはなかなか目が向かない。思うようにならないことばかり意識していたら、誰だってだんだんしんどくなっていってしまうだろう。でもしんどいときほど、無意識にできてることに思いを馳せる余裕なんてないことが多い。そこをどうやって抜け出すか。抜け出さずに、そこで粘り続けるか。できないことをそのまま味わってしまうか。それを決めるのは患者さんである。精神科臨床とは、決めるまでの選択肢の整理を手伝うぐらいがせいぜいなのかもしれない。

2018年前半は忙しいことが多くて大変だったが、後半は比較的仕事にも余裕がでてきたので、いろいろと近所を中心に探訪できた。年を取るとますます地理が面白く感じられてくる。

 

■岩間寺(2018年夏)

急に思い立って、ママチャリでいくことにしたのが岩間寺。以前、立木観音にいったときに、立ち寄ろうかと思っていたのだが、思いのほか山道がきつそうだったので岩間寺訪問を断念したことがある。今回はリベンジということで、自転車で行ってみることにした。・・・が、あまりにもきつい坂で40分ほど自転車を押してなんとか登り切った。伽藍は山中に溶け込むように建てられており、全体に緑の静けさに包まれていた。芭蕉の句碑をよみ、伽藍の裏手から奥宮神社を参拝した。この山を昔の人がのぼって、伽藍を建てたということにただただ頭が下がった。山下りでスピードが出すぎてしまい、ママチャリの前輪ブレーキがきかなくなってしまった。やはり、古寺を尋ねるには、自転車よりは徒歩のほうがふさわしいのかもしれない。

 

■北海道 2018年夏

学会でポスター発表することになり、2日間の北海道出張。すすきのでみつけた古本屋さん北海堂。不思議と精神医学の品ぞろえが充実していて、3冊ほど購入してしまった。

 

■三井寺 2018年秋

やはり、紅葉の季節はどこか出かけたくなってしまう。今年は忙しく、近場の三井寺を訪問。今年は正面の大門からではなくて、裏手の観音堂側から拝観してみた。三井寺は、高低差、広大さ、奥行き、どの点からも懐が深い。建物も植物もとても立体的である。今回はじめて三井寺力餅を食したが、なかなか美味しかった。

 

■蓮華寺 2018年秋

それだけで飽き足らずに訪問したのが京都の蓮華寺。時期が紅葉おわりかけだったのが残念だが、小さなお寺にひっそりと守られている紅葉というのも、面白い。

 

■三千院 2018年秋

急にデイケアのおでかけに付き添いでいくことになっておとづれたのが、三千院。はじめて引率する立場で訪れたのだが、あらためて大原は素敵なところだなと感じた。大原陵や勝林院など、歴史的に面白いところがたくさんあることを、今回初めて知った。またプライベートでいってみたい。

 

■紀三井寺 2019年2月

和歌山で学会があったときの昼休みにちょっと足を延ばしていったのが、紀三井寺。熊野古道の入り口が境内のはしっこにあり、海から熊野に入る玄関口だったことがうかがわれた。

 

■伊豆 2019年3月

相方さんの故郷を久しぶりに訪れた。稲取素戔嗚神社からみた港の様子。

琵琶湖と違って、太平洋はどこかサラッとしている。

吊るしびなの展示もあって、昔の人は、どうしてこんなに子供のために時間を使うんだろうとただただ感嘆の思い。

 

■湖南三山 2019GW

巷は十連休だが、病院はところどころ営業。合間をぬって自転車で湖南三山へ。

まずは長壽寺。このお寺の三重塔が安土總見寺に移築されている。

山裾にちょこんとある小さなお寺ではあるが、本堂には非常に立派な仏像が3体。

住職さんの「ようお参りくださいました」というお声かけで自転車でつかれた心身が和らいだ。

次は、善水寺へ。こちらのお寺のほうが少し大きい感じ。本堂の建物は国宝。まさに時間がしみ込んだ空間という感じがする。境内の湧水がおいしい。

善水寺に向かう途中にみつけたのがこちら。

とびだしくんがこの地区だけひょっこりはんになっていた。地元を巡るのもなかなか楽しい。

 

2018年は専攻医1年目。読んだ本について覚書。

 

(1)永田和宏 『歌に私は泣くだろう 妻・河野裕子闘病の十年』新潮文庫、2015年

(2)河野裕子、永田和宏、その家族『家族の歌 河野裕子の死を見つめて』文春文庫、2014年

2017年11月に相方さんが急なめまいとはきけ、聴力低下で緊急入院した。垂直性眼振がでているときがあり、緊急に頭部MRIをとることになった。ぐったりしている相方さんを検査室へ見送った後、待合室の15分は長かった。「なにも見つかりませんように」と、祈りが口をついて出た。幸い頭蓋内病変はなく、突発性難聴で2週間弱の入院となったが、左の聴力低下とめまいが残った。家族が元気でいてくれることの大切さが身に染みた。そんな折にふと入った書店でタイトルが目に入ってきたのが(2)。以前岩波新書の『タンパク質の一生』を読んで永田和宏さんのお名前は知っていたが、乳がんで奥様で歌人の河野裕子さんを亡くされたことはしらなかった。(1)をどうしても買いたくて、京都の丸善に行ったが見つからず。京都寺町の三月書房にいって見つけた。三月書房をでて地下鉄まで歩いているときに、京都に就職した同級生とばったり会った。偶然とは面白いものである。家に帰って、その日のうちに(1)を読み終えた。涙がでて仕方なかった。歌を読むだけで映像が浮かんでくる。まるでドキュメンタリーのような本だった。

 

(3)東田直樹『自閉症の僕が飛び跳ねる理由』角川文庫、2016年

(4)東田直樹『自閉症の僕が飛び跳ねる理由2』角川文庫、2016年

著者の率直な文章が心を打つ。「僕はみんなに迷惑をかけるダメな人間だと思うようになった。それがたとえ障害のせいであったとしても、僕が迷惑をかけていることに変わりはない。僕は悲しくて惨めで、人生に失望した。(中略)家族が僕のために頑張ってくれている姿を見て、僕も自分にできることを探して生きていかなければならない、と思うようになった」(pp174-175)。「母は、決して逃げません。そして、パニックがおさまると何事もなかったように「さぁご飯たべよう」とにこにこして言います」(p.131)。東田さんは、家族の愛を「決して逃げないこと」と表現している。周りの人が逃げないことが、その人自身が自分から逃げないことにつながる、のかもしれない。「気持ち」と「感情」の対比も考えさせられる。「気持ちは心の中に存在する正直な言葉だと、僕は思っています。一方、感情は自分の力ではコントロールできないもので、心の奥からわき上がってくるものです」(p.98)という指摘は味わい深い。巷では感情コントロールが流行っているようだが、東田さんの洞察にしたがうならば、コントロールすべきなのは感情ではなくて、気持ちのほうかもしれない。

 

・黒丸正四郎『子供の精神医学』創元医学新書、1975年

・黒丸正四郎、大段智亮『患者の心理』創元医学新書、1982年

・黒丸正四郎『子育てで悩んだとき読む本』PHP文庫、1994年

・フレデリック・アレン著、黒丸正四郎訳『問題児の心理療法』みすず書房、1955年

 黒丸先生の本は、こどもの心の成長をどうやって把握するかという点で非常に勉強になった。自分で考え、自分で決め、自分で振り返ることで、心ははぐくまれていく。患者の苦しみを、症状による苦しみ、病気になってしまったという苦しみに分けて考える仕方も参考になった。

 

・大江健三郎、小澤征爾『同時代に生まれて 音楽、文学がぼくらをつくった』中公文庫、2004年

 二人の巨匠が同世代というのもなんとなく不思議な感じではある。私の勝手なイメージだが、大江さんは若いころから老成というか、どことなくじめっとした感じがあったが、小澤さんはずっとカラッとした雰囲気を持ち続けられている。印象的だったのは、子供が生まれてから、どこか仕事への姿勢が変わったとお二人ともが言われていたところ。結婚するときには仕事の姿勢に変化はなかったのだろうかと巨匠二人に尋ねてみたい気がした。 

 

・青野太潮『パウロ』岩波新書、2016年

・佐竹明『使徒パウロ 伝道にかけた生涯』、NHKブックス、1981年

 今年はパウロについて定評ある解説書を2つ読んだ。両先生とも新約学者がメインであり、パウロと他の勢力(ヤコブやペトロなど)との関係など、背景知識がわかりやすく書いてある。しかし、パウロの生涯よりもパウロの思想に興味がある私としては、新約学のある意味で社会学的な思想理解では物足りない。小川修先生のパウロ書簡講義シリーズに匹敵するほどの圧倒的な読後感というわけにはいかなかった。

 

・佐竹明『黙示録の世界』新地書房、1987年

・司馬遼太郎『微光のなかの宇宙 私の美術観』中公文庫、1998年

・奥泉光、いとうせいこう『漱石漫談』河出書房新社、2017年

・矢作俊彦『真夜中へもう一歩』角川文庫、2005年

 矢作さんの本は、どこから読んでもかっこいい。物語よりも台詞を読む小説。

 

・正宗白鳥『文壇五十年』中公文庫、2013年 

 戦時中の回顧の中で、熱く時局を批評する清沢冽氏を横目でシニカルにみていた正宗さんの記述がおもしろかった。

 

・山中康裕『少年期の心』中公新書、1978年

・笠原嘉『青年期』中公新書、1978年

 小さな新書だが、生き生きとした患者さんの描写があって、とっても参考になった二冊。

 

・渡辺慧『生命と自由』岩波新書、1980年

・渡辺慧『認識とパタン』岩波新書、1978年

・中谷宇吉郎『科学の方法』岩波新書、1958年

・計見一雄『戦争する脳 破局への病理』平凡社新書、2007年

・滝川一廣『「こころ」はどこで育つのか 発達障害を考える』洋泉社新書、2012年

・中井久夫、永安朋子『分裂病の回復と養生 中井久夫選集』星和書店、2000年

・中井久夫『統合失調症の有為転変』みすず書房、2013年

・ロバート・L・パーマー『摂食障害者への援助 見立てと治療の手引き』金剛出版、2002年

・下坂幸三『拒食と過食の心理』岩波書店、1999年

・下坂幸三『摂食障害治療のこつ』金剛出版、2001年

・松木邦裕『摂食障害の治療技法』金剛出版、1997年

 摂食障害の方を担当したので読んでみたのだが、発達障害を背景とした摂食障害の方の場合、下坂先生や松木先生の精神分析的なアプローチが、当てはまらないなと感じることがおおかった。今後、摂食障害の低年齢化、発達障害傾向の併存が加速するような気がする。旧来のモデルでは太刀打ちできない部分があるかもしれない。

 

・兼本裕佑『精神科医はそのときどう考えるか』医学書院、2018年

・青木省三『精神科治療の進め方』日本評論社、2014年

・小倉清・村田豊久『子どものこころを見つめて 臨床の真髄を語る』遠見書房、2011年

・加藤陽子『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』朝日出版社、2016年

・諏訪望『精神医学とともに60年』世論時報社、1998年

・加藤忠史『臨床脳科学』岩崎学術出版社、2018年

・辻悟『治療精神医学の道程』治療精神医学研究所、1984年

・辻悟『治療精神医学の実践‐こころのホームとアウェイ』創元社、2008年

 辻先生の本は、幻覚妄想状態に対する接近方法を提示されており、非常に参考になった。日々の診察や面接でなにを目標にしていくかも明快に提示されている。精神科では、単に受容的に患者さんと接しているだけでは患者さんの病状に至るような思考パターン、生活パターンを肯定してしまう場合がある。特に、自分で決められずに、解決策を周囲の人々や医療機関に丸投げしてきたことがうまくいかない結果に結びついている人の場合、どこかで、患者さんのもともとの思考・生活パターンのマイナーチェンジが必要になる。チェンジを促すというよりも、患者さん自らにチェンジの必要性を思いたってもらう必要があるのだが、その際、患者さんと医療側で対決の構図になってしまうことがある。そういう時、僕はいつも困ってしまっていたのだが、辻先生の本には対決の構図にならない仕方で、でも患者さんの丸投げ姿勢をはねかえすやり取りが豊富に述べられていて、めちゃくちゃ参考になった。

相方さんからメールで某大学入学式の祝辞が話題になっていることを教えてもらった。

https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html

 

さすが上野氏だと感じた。「学者」の使命は、自分の研究成果をもとに議論を呼び起こすことである。その意味で、短い祝辞ではあるけれど、上野さんの議論喚起力がにじみ出た祝辞になっている。明晰な言葉だからこそ、肯定的なあるいは否定的なレスポンスがしやすい。反響の大きさは上野氏の明快な言葉遣いによる部分が大きいのではないだろうか。

 

いくつか考えさせられたことを覚書いておく。

 

■「私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。」

学問は、その成果だけでなく動機が重要なことがある。上野氏は率直に「怒り」があったと述べられている。怒りという形にならなくても、今の自分、今の社会、今の宇宙になんらかの疑問、不満がなければ探求はスタートしない。今言われていることは本当なのか?そう思えなければ学びは駆動されない。自分なりに考えたことは本当なのか?そう思えなければ理性のスイッチは入らない。20代の僕は自分の考えの精確さに自信がもてず、本当を決めるのはなにか、真実とはなにかという問いにひどく悩んだ。いや、もしかしたら単に何かについて真剣に悩んでみたかっただけかもしれないのだが。いずれにせよ、気が付いたらヤスパースの『哲学入門』という薄い文庫本を読んでいた。

 

■「大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。」

上野氏のようにパイオニアとして学問領域を切り拓いてきた方だからこそ説得力を持つ言葉である。僕は、神学やら哲学やら古い文献を自分勝手に読むのが好きな人間なので、「すでに多くの人が見たはずなのに、これまで誰もが見落としていた知」を好んでしまう。僕にとって大学の価値は?と考えると、ほぼ時間・空間的余裕があったことに尽きる。僕が入学した大学はあまりに自由であった。入学初日に先輩から「留年はいいぞ」と言われ、僕は衝撃をうけた。無秩序な自由を堪能しすぎて、僕は次第に不安になり、蓄積された学問になら何か確かなものがあるだろうと思った。ある意味、学問に助けを求めたのだが、学問には確かなものどころか、曖昧なところが多すぎて、確かめるためにはどんどん本を読まなければならなくなった。そのうち楽しくなって癖みたいに本を読み始めた。学問に助けはなかったけれど、終わらない探求は助けになってくれた、のかもしれない。

 

■「フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。」

病院で働いていると、「病気が治るような努力」がなさなければならないという隠れた合意があることに日々直面する。治りたくないという患者さんがいても、その患者さんの意思は「病気のせい」にされてしまい、治療をうけさせられる。急変時侵襲的な蘇生処置をするかどうか、家族は意思を確認される。そういった一つ一つの現場でのやり取りの中で、もしかすると病者は「病いを抜け出ようと苦しむ者」としてしか尊重されていないかもしれない、と僕は思う。他者を尊重するということは、あまりにも難しい。

 

入学式で祝辞を読み上げる上野氏の映像も拝見した。放たれる言葉の濃密さとは対照的に、淡々と読み上げる姿が印象的だった。考え抜かれ、練り上げられた言葉は静かに読まれるのがふさわしい。某国の国会答弁や選挙演説とはいろんな意味で趣を異にしていた。