シルバーウィークの記録 | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

9月の連休はちょうど勤務が当たらず、コンサートにでかけたり、出演したり、歌を練習する日々をおくることができた。

 

僕は中学校に入ってから断続的に合唱を続けている。「低音は伸びないが、高音は練習すれば伸びる」という先輩方の言葉を真に受けて長年練習しているのだが、一向に高音が楽に出るようにならない。いまだにFisやGで声は裏返るし、裏声メインなのでpとfを歌い分けられない。近年はいかに喉や身体に負担をかけず、力の抜けた楽な発声ができるかというテーマで練習しているのだが、なかなか思うようにはいかず、むしろ年々疲労しやすくなっているありさまである。声との付き合い方の研究は、僕の中で一種の修行となっている。

 

一番困るのが、コンサートの本番になると練習と違った感じで高音が出せてしまうことがあるのだが、どうして出せたのかわからないので再現性に乏しいということである。ただ、練習よりも本番のほうが、終わった後の消耗がひどいので、結局本番ではいつもより力がはいって、何とか乗り切れているだけのような気がする。「楽で疲れず、力みのない自然な発声」への道はまだまだ遠いようだ。

 

それにしても近年の日本の合唱作品は、新しい作品がどんどん発表されていて、ジャンルとしては活況を呈しているように思われる。日本人の作曲家が日本人の詩人の詩に曲をつけ、日本のアマチュア合唱団が演奏するという形式が成り立っているところは、日本文化の底力を感じさせる。すごい詩人とすごい作曲家が日本にいて良かったねという話ではあるが、この連休中に先輩が出演するコンサートで聴いた「青い小経・春」(詩:竹久夢二、曲:森田花央里)という混声合唱組曲は、和声とピアノの重ね方が僕がこれまで聴いてきた合唱作品と似ていなくて、とても新鮮に感じた。

 

8月には新幹線に飛び乗ってスウェーデンから来日したZero8というグループのコンサートにいったり、9月上旬にはプロの声楽家からなるアンサンブルのコンサートにでかけられたので、音楽漬けの2ヶ月間だった。さすがに疲れてきたのでしばし、音楽に触れる時間は減らしぎみにして、読書時間を増やそうかと考えている。

 

連休最終日は、敬老のお祝いで祖母に会いに行った。いつもどおりさつまいもと鶏肉の天ぷらを揚げて祖母は待っていてくれた。おしゃべりしながら昼食を一緒にとり、畑に実ったかぼちゃと、賞味期限切れ寸前のお供え物のおさがりをもらって帰ってきた。家族への感謝を新たにした連休でもあった。