コロナ禍中の探訪記録その2
□井倉洞(2021年夏)
夏だ、暑いぞ、涼みに行こう。思い立って出かけたのが岡山県新見市の井倉洞という鍾乳洞。鍾乳洞は真夏も10℃ぐらいとひんやりしていて格好の避暑地である。井倉洞にいくまえに近所の満奇洞によってからの訪問。満奇洞は渥美清主演の『八ッ墓村』のロケ地として有名である。たしかに満奇洞は入り口が小さく、怪しい人の隠れ場所に最適である。一方、井倉洞は鍾乳洞を形作る水分が大きな滝となっていて豪快な印象。なかの鍾乳洞の広さもすごく、いろんな形の鍾乳石に名前がついていて面白い。暑さに困ったら洞窟・鉱山系にいってみるという一つのお助けカードを手に入れた。
□河内風穴(2022年夏)
井倉洞まで行くと日帰りでは結構体力的なダメージがあるのだが、もうすこし近場の洞窟としていってみたのが河内風穴。有名な多賀大社からすこし車で行ったところになる。道に迷って胡宮神社というところにでたが、気を取り直してやっと到着。すこし道が狭くて運転に気を遣う。入り口に入ると急激に温度が下がり、すこし肌寒いぐらいの温度になる。内部は非常に大きな空間が開けている。蝙蝠が飛んでいたのだが、目を凝らしても蝙蝠の姿が小さい黒い点ぐらいにしか見えないぐらいの広さである。入り口近くのお店でかき氷をいただいてお腹も涼むことができた。
□和歌山城(2022年5月)
ちょっと遠出してみようということになり、すこしまえにブラタモリで取り上げられていた和歌山に行ってみることにした。和歌山には以前学会で一度だけいったことがある。そのときは特急くろしお経由で3時間弱かかったが、今回は高速道路で2時間ぐらいの旅程。おっとっとシラス丼をいただき、紀州東照宮、和歌浦天満宮と歴史探訪したあとに、紀三井寺の石段をなんとか登り切り、西国三十三か所の御朱印をゲットした。最後に訪れたのが和歌山城である。天守曲輪を備えた豪華なお城で、さすがは御三家の居城である。石垣に緑っぽい石が多く使われており、全体的に緑色が映えて美しかった。城内が広く、防御も工夫されているため道が入り組んでおり、思った以上に体力を消耗した。城跡近くの和歌山ラーメンで塩分補給し、回復してから家路についた。
□御嶽山清水寺(播州清水寺、2022年1月)
寒さのつよまる1月に訪問したのが西国三十三か所の25番札所、播州清水寺。山の中腹に伽藍があり、昔の人は2㎞近くを歩いて登っていたらしい。今は自動車で仁王門のすぐ前まで気軽にいくことができる。コロナ禍の参拝ではあったが、大講堂のなかに入ると、お経を唱えている信者の方々が結構いらして、びっくりした。山の傾斜にそった参道の脇には山城レベルといっても過言ではない石垣があり、見事だった。いままで訪問した西国三十三か所霊場の中では一番山深いところだった。
□書写山圓教寺(2022年10月)
姫路城を午前中に回った後、足を延ばして訪問したのが西国三十三か所27番札所、圓教寺である。ロープ―ウェイで上がれるのだが、ロープ―ウェイの駅から伽藍まではひと歩きを要する。軽いハイキングである。山の尾根に沿って、立派なお堂がいくつも並んでいる。魔尼殿の豪快な舞台造りに見惚れたあと、最大の見どころである、大講堂、食堂、常行堂の3堂がコの字型に揃っている場所に向かった。ところが、あいにくクラッシック・コンサートが開かれていて3堂のうち大講堂、食堂は拝観できず、残念だった。足を延ばして奥の院までいってみると、閑かなたたずまいの開山堂が迎えてくれた。ピリッとした緊張感のただようお堂である。帰りにコンサートのお客さんでロープ―ウェイは大混雑。まっている行列の途中で、初老のご夫婦に話しかけていただいた。短い間だったが播磨の文化にまつわるお話をきけて、楽しいひと時をすごした。麓の「御座候」のカフェで一休みしてから、家路についた。なぜか書写山周辺のガソリンスタンドが激安だったのが印象深かった。
□酬恩庵一休寺(2022年10月)
高速道路の運転は大分できるようになったので、下道のワインディングの練習かねて、瀬田川ぞいのクネクネ道を経てたどり着いたのが一休寺。禅宗のお寺ということで、豪華というよりも小ぶりだがぴりっと引き締まった総門が出迎えてくれた。石畳の細い参道はあるくだけで、すこしずつ心が落ち着いていく。方丈でむかしの納豆を乗せたアイスをいただいたのだが、塩気がきいていて、普通の納豆とはだいぶ違う味わい。せっかくなので昔ながらの納豆をお土産に買って帰った。お寺の方によれば、常温でいつまででももつとのこと。納豆は化け物クラスの保存食であるということを知った。いにしえの知恵の深さに触れると、人間が進化しているのか、退化しているのか分からなくなる。
コロナ禍は、僕にとっては、奇しくも地元の歴史を見直す良い機会になった。





