週末にゆっくりと足を運べるのも今年が最後かもしれない。そう思って、今秋はいろいろと見に行ってみた。
■補陀洛山海住山寺
まずは「海住山寺」という不思議な名前のお寺。京都南部というか殆ど奈良の山中に存する。近くには「浄瑠璃寺(九体寺)」や「岩船寺」「笠置寺」などがあり、そちらのほうが有名かもしれない。
「海住山寺」には鎌倉時代に建てられた国宝五重塔が現存するが、木造の美しい十一面観音像も有名。今年はたまたま特別公開の時期が紅葉と重なったとの情報を聴きつけ、相方さんと二人、いそいそと出かけてみた。
「海住山寺」はJR加茂駅から徒歩50分ぐらい。しんどければタクシーで門前まで行くことができる。昼過ぎに加茂駅に到着したため、あまり時間の余裕がなく、往路はタクシーを選択。約1200円。車のなかからだが、木津川の美しさに瞠目した。
境内に入ってみると、パラパラと拝観者の姿があった。しかし、京都市中の人ごみに比べれば、圧倒的に静かである。お客さんが少ないので、二体ある十一面観音像をじっくり拝観。どうやら仏像の表情と、能の面になにかしら共通点があるのでは?という意見で、相方さんと合意した。少なくとも、仏像の表情は、西洋イコンのような明確な表情をとっていないことに特徴があると言えそうな気がする。
五重塔は一番下の層の内部が公開されており、塔の内部の仏像、仏画を観ることができた。800年前の彩色が残っており、仏教に賭ける人々の思いの強さが伝わってくる。
紅葉はこれからという感じであったが、緑と赤の共演はなかなかに趣がある。復路は二人で歩いてみた。すれちがう小学生に挨拶されて、あわてて挨拶を返したり、橋の上から木津川を眺めたり、和菓子屋さんでおやつを買ったりしていたら、あっという間に加茂駅まで戻っていた。
■小塩山十輪寺
別の週に訪問したのは「十輪寺」。もともとの予定では善峯寺を目指そうとしていたのだが、自転車で坂を上がるのに疲れ、一休みしようと思っていたところに、「なりひら寺」という案内板が眼に入ってきたので、ふらりと立ち寄ってみた次第。在原業平が隠棲したと伝えられるお寺とのことである。
門をくぐると、面白いデザインの本堂が目に入ってくる。神社の鳥居を擬した正面、中国風の曲線的な屋根のラインが眼を楽しませてくれる。なぜか本堂内に太平洋戦争当時、宮崎で行われた陸海軍合同軍事演習記念写真が飾ってあり、この古の寺院が近代をどうくぐりぬけてきたのか、気になってきた。拝観を終え、自転車のところにもどると、雨がぱらつきはじめたので、善峯さんには後日を期することにして、帰途についた。
■粟生光明寺
「十輪寺」からの帰り際によったのが「光明寺」。こちらは紅葉で有名なためか臨時バス駐車場ができており、シーズン真っ盛りな印象。とはいえ、午後遅い時間帯だったため、それほど混雑もなく、ゆったりと拝観できた。
個人的には柳宗悦『南無阿弥陀仏』を読んで以来、粟生光明寺については、もみじよりも、法然の高弟証空さんを祖とする浄土宗西山派の本山というイメージが強い。浄土宗についてはもっと勉強したいと思うのだが、なかなか時間が…。光明寺は三回目だが、いつ来ても門をくぐったところのなだらかな石段ともみじの組合わせに眼を奪われる。
■栂尾高山寺
別の週に訪れたのは、「高山寺」。僕は何度か来たことがあるが秋は初めて。相方さんはそもそも初めて。以前来た時には明恵上人って??という感じであったが、今回はバッチリ河合隼雄『明恵 夢を生きる』をカバンに忍ばせている。京都駅から臨時直行バスで40分。案外はやく到着できた。さすがに観光客も多く、山が活気を帯びている。
久々の高山寺で印象に残ったのは、境内の樹木の多さ。杉の樹に覆われて、境内の境界がはっきりしない。森を切り開いて伽藍が置かれているのではなく、文字通り森の中に伽藍が収まっている点に惹かれた。
明恵上人が住まれていた国宝「石水院」も拝観。掛け軸(「国宝 明恵上人樹上座禅像)をじっくり鑑賞した。すると、明恵上人の上方に、樹枝と岩によって、人の顔のように見える部分があることを発見。これは「夢」を意味しているのか?と相方さんと話し合った。
明恵上人と言えば、「華厳」。鈴木大拙、井筒俊彦、司馬遼太郎らによると、華厳哲学は、「理論」仏教の中心にあるらしい。華厳哲学が、このような木々に囲まれた空間で育まれたことを心にとめておこう。
■高雄山神護寺
高山寺から神護寺までは、徒歩でも20分ぐらい。清滝川ぞいを進むとすぐに到着。石段が多く、お年寄りにはしんどそう。
「神護寺」という名前には、仏教が国家を鎮護する役割をになうようになったというニオイが漂う。宗教と政治が絡むと、どうも美としてはワンランク大味/下品になってしまうような気がしてならない。高山寺で木々と木漏れ日に包まれた空間を堪能してからだと、神護寺の境内は、強力な思想によって山林が切り開かれたようにみえてしまう。
いかつい伽藍の見学はそこそこにして、恒例のかわらけ投げを楽しんだ。
実は、神護寺の中では山門が一番好きだったりするので、帰り際にじっくり山門を眺めた後、石段下の休憩処「硯石亭」で昼食。相方さんと二人で「もみじそば」をいただいた。紅葉にはなぜかお蕎麦が似合う。
■妙心寺塔頭「天球院」
バスで高雄を後にし、禅宗の古刹妙心寺へ。印象としては相国寺と伽藍配置、建築様式がよく似ているが、塔頭の多さは大徳寺に似ているだろうか。たまたま通りかかった天球院に入ってみることにした。まったく事前の知識がなかったのだが、門から漂ってくる雰囲気の上品さにひかれたからかもしれない。方丈に入ると圧倒的な障壁画が迎えてくれた。狩野山楽・山雪父子の描く、樹、岩、鳥、雲が畳みかけてくる。あまりにすごすぎて、こういう絵に囲まれた部屋ではリラックスできないのではないか?などとヘソをまげて鑑賞した。襖絵を堪能したあとは、奥の小さな庭に。鮮やかな紅葉の赤が映えていた。
■妙心寺塔頭「退蔵院」
天球院を後にし、久松真一先生がおられた「春光院」、西田幾多郎先生の墓所がある「霊雲院」の玄関を覗いた。さらにぽちぽち歩いて到達したのは、「退蔵院」。美しいもみじが彩る庭園は見事。庭園の入口の門には、向かい合った鯰の彫り込みがあって面白かった。
高山寺⇒神護寺⇒妙心寺と一日で巡ると、自然と人為のバランスが時代背景とともに変遷してきたことがみえてくる。もみじ以外の面でも、いろいろと楽しめた旅となった。

