たび -9/4~9/7奄美- | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

フェリーで一泊し、9/4の朝5時に奄美についた。

名瀬の港に祖母が迎えに来てくれていて、奄美での4日間がスタート。


一日目は、ちかくの大浜海岸で妹と二人で水泳。きれいなエメラルドグリーンの海は健在。

もう10年以上泳いでいなかったが、ふつうに泳げた。バタフライを練習してみるも、習得ならず。

二時間泳いで、予定通りへばり、おまけにめちゃくちゃ日焼けた。


小学生の時に父に連れられてきたときの大浜海岸は、サンゴだらけで泳ぎづらいほどだったが、

今回は、ほとんどサンゴがなくなっていて、驚いた。高水温が原因らしい。


午後は、龍郷町の西郷さんの流謫地跡を見学に行った。

西郷さんの奥さん、愛加那の子孫にあたる龍家の方々が西郷さんの家を保存してらっしゃる。

閉館間際なのに、あたたかく迎えてくれた龍家のみなさんに感謝。

西郷さんが、奄美の地でも休むことなく学問し続けていたと聞いて、心が熱くなった。


二日目は、初めてのダイビングに挑戦。体験コースに妹と申しこんだ。

午前は倉崎の浅い海岸で練習かねて一本。午後は船で沖まででて20mくらいまでもぐった。

海の中にはたくさんのきれいな魚たちがいて、ふむふむ。

でも、20mぐらいもぐると、かなり耳がいたくなって、しょっちゅう耳ぬきしなければならず、

わりと大変である。でも、初めてのダイビングにしてはなかなか順調に潜れた。


船にもどったのだが、すっかり船酔いになってしまい、陸に上がってダウン。

そのまま午後は眠ってしまった。いと情けなし・・・。

夕食後に、おばあちゃんの話をいろいろと聞く。壮絶であった。


三日目は、午前中に神がかりの能力をもつ神社の宮司さんのところにみんなでお参り。

いろいろと将来のことを見てもらった。内容は・・・かなりあたっていた。

「神や仏よりも、自然のほうがランクが上です」という宮司さんの言葉が印象深かった。


午後は、田中一村美術館と遠い親せきのおじさんがされているカフェを訪問。

田中一村さんの絵は、普通の日本画とはちがい、ヒロ・ヤマガタのような質感をもった独特の

タッチが印象的である。奄美に来てからの絵が非常に気に入った。

相方さんへのお土産にいくつか絵葉書を購入した。夕食後はおばあちゃんの話を聞いた。


四日目は最終日。近くの高千穂神社をお参り。続いて大島紬会館を見に行って、最後は、

名瀬にある戦没者慰霊塔を参拝。


Nothingness of Sealed Fibs-慰霊塔

戦争はよくないことだ。戦争などないほうがよいに決まっている。

しかし、太平洋戦争はもう起こってしまったことである。この事実を消すことはできない。

だから、たとえ、太平洋戦争が間違いだったとしても、

生き残った人が戦没者を悼む気持ちまでを否定するのも変だろうと思う。


祖母は、東京にいくと必ず靖国神社に参拝する。それは、国をどうこうというのではなく、

戦争を肯定することでもなく、単に戦没者を悼んでいるだけのことだ。

僕はそれはそれで大切なことだと思う。


大事なのは、今後、戦争をなるべくしないようにすべきことであって、

過去の戦争を肯定するか否定するかを議論しあい、明確な答えを出すことではない。

過去の歴史を学ぶのは、過去を断罪するためではなくて、未来に備えるためであるべきだ。

その点を、われわれは頭の隅においておいてよい。


おばあちゃんの家にもどってから、昔の写真をみせてもらった。

祖母や父の昔の姿には、厳しい時代の刻印がうかがわれた。


夜8時、名瀬から出発するフェリーで鹿児島に向かった。

最後まで見送ってくれたおばあちゃん、どうもありがとう。お世話になりました。


Nothingness of Sealed Fibs-人形
最後に、戦争時代を生き抜いたひいおばあちゃんが晩年に作っていたお人形の写真を。

短歌も作れば、着物も自分で仕立てるひいおばあちゃんだった。

ほとんどしゃべった記憶がないが、ちゃんと話を聞ければよかったなと、今頃思う次第。