春にチャリを漕ぐ | Nothingness of Sealed Fibs

Nothingness of Sealed Fibs

見た映画、読んだ本、その他もろもろについて考えたことを書きとめてあります。

いよいよ明日から大学が始まるというわけで、うす曇りの空の下、

京都北辺の未到達地域をチャリを漕ぎ漕ぎ探訪しに行った。


金閣寺の北に「しょうざん」という結婚式場、庭園などで有名な場所があるが、

本日は、さらに北へと自転車を漕いでみる。


だんだん道が登り坂になってきて、息もたえだえになったころ、

ようやく目的地の源光庵に到着。

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この曹洞宗の寺院は紅葉が有名なので、春の月曜日は完全にオフシーズン。

参拝者は僕ただひとり。


丸い「悟りの窓」と四角い「迷いの窓」が有名である。

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誰もいない本堂のなかで、しばし二つの窓越しに庭を眺めた。

ゆるやかな風がとおりぬけ、少しひんやりとした空間に身が引きしまる。


ふと、小津安二郎監督がカメラ越しにみていた映像は、僕がこうして

窓越しに景色を眺めていることとあまり違わないのではないか、と思いいたる。


30分ほどゆっくりさせていただいて源光庵をおいとまし、

すぐ近くにある光悦寺にお邪魔する。

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金欠のため、内部の拝観は断念。自転車の向きをかえて、坂を下る。

下れるだけ下ってしまおうと、気持ちよく下っていたら、いつのまにか

丸太町通りまできてしまっていた。下りすぎである。


丸太町寺町からすこし南下したところでこんな像がおいてあった。

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手の甲の形をした石が4つあるせいで、腕が四本あるようにみえる。

人間の認識能力は、しばしば実際には見えていないものを補ってくれる。

この像をみたとき、カントだったらなんというだろうか。


しょうもないことを考えつつ、さらに自転車を漕いで下宿にもどる。

いい運動になったので、おうちで本でも読むことにしようかね。