『人のセックスを笑うな』を見てきた。
タイトルの過激さに対して、副題は「Don't laugh at my romance」。全然過激じゃない。
内容も、19歳の美術大学生と、同じ学校に赴任してきた39歳の非常勤講師ユリ(しかも既婚者!)とのめちゃくちゃ繊細(というか純粋?)な恋を描いた作品。
この監督の作品は、前作『犬猫』もそうだったけど、ものすごく画面構成のセンスの良さを感じさせる。かっこいい。井口奈巳監督、かっこいい映画作家だ。
あと、元フィッシュマンズのHAKASE-SUNが音楽を担当してる。劇中歌『ANGEL』はめっちゃかっこいい!!
一つ一つのエピソードにただようユーモアも秀逸だけど、やはりこの映画については、ストリーやらセリフやら、そういったことよりも、その画面力について語らずにはいられない。
映画には、単純にいって二つのパターンがあると思う。
一つ目は、観客が映画の登場人物に感情移入しながら映画を追体験するタイプ。アクション映画や普通のラブストーリーはこのパターンだと思う。
二つ目は、観客が、登場人物に感情移入しないタイプ。井口監督の作品は、全部このタイプだと思う。
後者のタイプ、とくに井口監督の作品では、観客は登場人物に感情移入するというより、その絶妙なカメラワークによって、「その場に居合わせているような感覚」を享受する。
登場人物に感情移入するのではなく、登場人物が出来事を紡いでいるその現場に居合わせたように思う。
それは、井口監督のブレのない(=俳優の動きにふりまわされず、たとえ、俳優がフレームから一部出てしまっても、同じフレームを維持し続ける)素敵なカメラワークのおかげのような気がする。
みるめ(松山ケンイチ)にもユリ(永作博美)にも感情移入しないけど、なんか目の前に二人がいて、二人がものすごく恋をしてて、それをドキドキしながら目撃し、応援できる。そんな特別な応援席に招待されながら映画を見ている。「そこにいてもいいんだよ。」 監督にそんな風に声をかけられた。そんな感覚になるのだ。
「だって、さわってみたかっただもん」
こんな言葉で始まる恋。理屈とか、「好きだ」とかそういう感情ですらない。
ただ相手に触れていたいという衝動。なんかものすごいまっすぐだ。
しかも、みるめとユリに、教師と生徒という社会的立場とか、ユリが結婚していることとか、将来のこととか、そんなものは一切関係ないように見える。実は、そういうしがらみすらぶっ飛ばしちゃえるのが恋なのかなって気もする。
でも、僕はやっぱり言葉にこだわっちゃうタイプの人間である。かなしくも。
だから、この映画の中で唯一、その台詞が輝きを放つ存在、自分の思いや感触を言葉にする優れた感覚をもつ存在であるえんちゃん(蒼井優)にもっともシンパシーを感じる。
でも残念なことに、この映画において、過剰な言葉は、寡黙だけどリアルな触覚に常に敗北する運命にある。
その敗北が顕著に表れているのは、次のシーン。
ユリに会えないうさばらしに飲みすぎて酔っぱらったみるめ(松山ケンイチ)をホテルに連れて行き、寝ているすきにキスしようとしたえんちゃん(蒼井優)は、みるめが寝言で「ユリ・・・」っていうのを聞いてキスをやめる。
たぶん、ユリ(永作博美)だったら、かまわずにキスしていたと思う。
一方のえんちゃんは、「さわってみたい」衝動を「ユリ・・・」という寝言を聞いて抑えちゃう。
これが、言葉と実感の違い。えんちゃんは言葉を重視してるけど、ユリは実感を重視している。
じゃあ、言葉と実感ならどちらがすぐれているのか。そういう一般的な問題になると、結構難しくなる。
言葉は、生の感触に及ばない。それは、たしかであり、しょうがない。
じゃあ、言葉なんていらなくて、生の感触だけでいいんじゃないのか?
いやいや、そうともかぎらんのです。
実は、ソクラテスが常にソフィストに勝ち続けられたのは、言葉が生の感触に及ばない点を常に批判していたからである。それゆえにソクラテスは後世に大きな名前を刻んだ。
でも。ソクラテスの業績は、ほかならぬソフィストたちの積み上げてきたものの批判にすぎないとも言える。
ソフィストなしで、ソクラテスがなにをできたのか?そう考えてみるとソフィストたちの功績も大きいように思える。
同じことは、ヴィトゲンシュタインの至言「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない」にも言える。
「語りえぬ」こととは、なにかを「語った」時にだけ、「語りおとされてしまった」という身分で、その存在をかすかに我々に曝す。「語りえぬ」ものを示すには「語ること」が必要なのだ。
言葉はたしかに十全ではない。生の実感を表現しつくすことはできないだろう。
だからといって、言葉をあきらめてはいけないとも思う。
無理を承知で言ってみる。言ってみることで、言えないことが明らかになる。そういうこともあるでしょ??
などという、うざったい議論を、この映画は、やすやすと飛び越えてしまう。
映画のラストで、あれほど言葉にこだわっていたえんちゃんが、堂本に突然キスされて動揺するシーンがある。
このえんちゃんのオロオロ具合をみて、僕は、恋愛についてあれこれ言うのは、もうやめようと思った(笑)。
すごい映画には、たまにすごい「仕草」が描かれていることがある。
僕のなかでは、蒼井優という演じ手のイメージは、いつまでもこのオロオロによって輝いている。