手術 | 乳がん闘病記

乳がん闘病記

2023年12月、乳がんと診断されました。
備忘録を兼ねて、治療の経緯や治療する中で思ったことなど書き記そうと思います。

手術当日。

9時から手術でしたが、7時頃には手術服を着て弾性ストッキングという、血栓予防の靴下を履きました。

 

9時前に病室を出て普通に歩いて手術室へ。

ドラマの見過ぎだと思うんですけど、手術って大きな部屋で行って、やっても1件とか2件ぐらいだと思っていましたが、手術台がいくつも並んでいて、私の手術はまあまあ奥の方だったので通りすがりに何件か手術がおこなれようとしているのがわかりました。

あんなたくさん手術台あるんだなー。

 

名前や生年月日はもちろんのこと、今日はどちらの胸を手術するかとかの確認の後、手術台に横になりました。

酸素マスクをされて、「はい、麻酔が入って行きますよー」という声が聞こえました。

そして「〇〇さん、終わりましたよ!」という掛け声とともに目が覚めました。

めちゃくちゃボーっとしていましたが、なんとなくベッドに横になったまま病室まで運ばれてるなというのがわかり、途中ぼんやり母と旦那がいるのが見えて「わかる?」という声が聞こえました。

コロナ禍前であればそのまま病室まで付き添いの家族も入れたはずですが、今は14時以降にならないと入れないようになっているので、母と旦那はうちに帰りました。

 

この時私にとりつけられていたものは、

酸素マスク

点滴

血圧計

心電図のコード

おしっこを排出する管

手術した部分から出る廃液を外に出す管

だったと思います。

(ぼんやりしていたのであやふや)

 

とりあえずこのままずーっと寝ていると、だんだん意識がはっきりしてきました。

いつのまにか2時過ぎていたようで、母が再び病院に来ました。

そして

「リンパへの転移なかったらしいわ。よかったなあ。」

と言ったので、そこで初めて私はセンチネルリンパ節の切除だけで済んだことを知りました。

ああ、よかった。

うれしい・・・。

 

時期が時期だからか新米の看護師さんだろうな、という人がちらほらいて、先輩から指導を受けていました。

私についていた看護師さんも新米ちゃんのようで、すごいがんばってるなあ、がんばってるけど、ちょっとなんかいろいろずれてるなあ、という人でした。

例えば、血圧計は術後すぐは15分おきに自動で測ることになっているようで、しょっちゅう突然プシューッとふくらんではしぼんで、を繰り返していました。

それは夜になってもずっと続いていて、内心、

「すごい血圧測るなあ」

とは思っていましたが、こんなもんなのかと放置していました。

でも夜になって担当する看護師さんが変わったとたん、

「何これ、15分おきに計測になってるやん。そんな測らんでええねん。すみません、ちゃんとチェックすればよかった。」

と言ったので、ああ、やっぱり測りすぎだったんだなというのがわかりました。

他には、廃液がたまるパッケージがあるのですが、通常は不織布でできた小さいバッグに入れてくれるんです。

でないと血とか溜まってるパッケージを自分の手で持ってうろつかないといけなくなりますからね。

でもそういうバッグに入れることを知らなかったようで、

「ちょっと生々しいんで、このバッグに入れておきますね。」

と途中でバッグを持ってきました。

生々しいってw

吹きそうになりました。

きっと先輩にもそう言われたんだろうな。

そのバッグを引っ掛けるS字フックも持って来てましたが、ベッドのふちにはまらないタイプのものを持ってきてしまったようで、しばらく「うーん。」「うーん。」とうんうん言ってどうしょうか考えていましたが、掛布団の下に隠すように差し込んで部屋を出ていきました。

おーーいニヤニヤ

また、しばらく寝ていると腰が痛くなってきたので新米ちゃんに腰が痛くなってきたことを告げると、Cの形をした大きなクッションを持ってきて、腰へちょっと差し込んでくれました。

んー、あまり改善されないなあ。

でもこんなもんなのかな、と諦めていたところ、しばらくして別のベテラン看護師さんが

「もうちょっと上にあがって、ベッドを起こしましょうか。腰、痛くなってくるんでね。」

と言って、全体的に私の体を上げて、ベッドを起こしてくれました。

するとあら不思議、あんなに痛かった腰がめちゃくちゃ楽に。

ベテランさんが来てくれてよかったー。

 

そんな新米ちゃんにイラついている先輩看護師さんもちらほらいて、病室の空気がなんともいえないものになることが時々ありました。

手術したばっかりなのに、なんか嫌だわー。

 

夕方、主治医の先生がやっと来ました。

そして「うまくいきましたよ。」と一言言って去って行こうとしたので

「先生、リンパへの転移はどうだったのでしょうか。」

と、母から聞いてはいたものの、先生の口からもはっきり言ってほしかったのでわざと尋ねました。

先生は「ああ、そうや、転移はありませんでした。」と言いました。

手術前の診察のときから思ってますが、なんか、私への対応雑じゃない?

 

夕方は麻酔の先生も来ました。

全身麻酔をすると自発呼吸も止まるらしく、口から管を入れて人工呼吸にするんだそうです。

それでたまに目覚めた時のどを痛めている人がいるんだそうで、のどは痛くないか、とか聞かれました。

私はなーーんともなかったので、痛くないと答えました。

ここで酸素マスクが外れました。

 

前回も書きましたが、麻酔をすると腸の動きも止まって麻酔をしなくなるとまたゆっくり動きだすとかで、しょっちゅう看護師さんに「ガス出ました?」「おなら出ました?」と聞かれました。

そして聴診器で胸の音とおなかの音をしょっちゅう聞かれました。

 

この日は一日何も食べれないし、動けないし、でも意識ははっきりしてるしで晩ぐらいになるとかなり退屈でした。

 

あ、そういえば、病室に戻ってすぐ、傷口がジンジンし出したので、痛み止めを点滴で入れてもらいました。

麻酔が切れて痛みをかんじるようになったんでしょうね。