最近のわたしときたら、青が好きでならない。


青という系列ならばなにでも。群青も紺も藍もなにでも。好きでならない。これはもう好きだとかいう感情でないやもしれない。これはなんだ、あれだ、恋だ。愛だ。性的興奮だ。


青い七分袖のざっくり編みなかんじの、109で売ってそうなニットに、だっさいチェックの白黒グレーのチェックのスカートをはいて、カラシ色のタイツに濃いエンジ色の靴をはく。靴っていったって、あれよ、ローファー的なだっさいやつ。ローファー風なのにヒールの高いやつ。片手にはもちろん本を。そしてあいているもう片方の手にはバスケットを。中身はあれよ、もちろん。


もちろん、なんだ。


そうそう、もちろん、猫よ。


そうしておさげに髪を結って、若草物語に出てくる姉妹の誰かみたいに公園の芝生で本を読むのよ。本はもちろん、あれよ。


そう、貫井徳郎よ。


『慟哭』よ。それか『プリズム』。あ、やっぱり『プリズム』だわね。『慟哭』は瞳孔開きっぱなしになってしまって乙女のプチ遠足にはだめだわ。


そうして若草物語の誰かみたいに、ジョーでいいや、ジョーみたいに自由奔放なかんじに芝生に寝そべって夕飯の時間に遅れてみるのだわ。



若草物語は大して好きじゃないけど。

同居人に「彼氏ができましたので・・」と告げる。


「やっと巣立ってくれたんだねえ。よかったよかった。」と言われる。



なのに、なぜにうざい。


前はあんなにも「彼氏できたらいいね!」「おまえもな!彼女できたらいいね!」って言い合っていたのにもかかわらず、今そんなことを話しに出そうものなら、


「俺のプライベートのことに口出さないで!いらつくから。今度口にしたら叩きのめすよ!」


とキレられた。


意味がわからん。



でも、そういうとき。


心底、ああ、こいつに彼氏という名目の何かを求めていないでよかった・・・と思う。


一度今の彼(=元彼)の良さを、毛嫌いしてみようと試みたあの時から、この同居人の全てを「素晴らしいもの」とだましだまし思ってきたところがあるんだろうと思う。そのだましだましな自分の気持ちを、今の彼との関係から、「さあ、真実を見つめてごらん」と解放してみて驚いた。


この同居人・・・いいところ・・・ないんじゃないか・・・


い・・いや!ある!あるはずだ!


でも・・・


わたしは一体全体、この男のどこを素晴らしいと思おうとしてきたのか。


普通の価値観を普通じゃないって思い込むことで、この男を正当化することで、誤魔化している自分を正当化するなんていう、面倒くさいことをずっとなしてきたんだと思った。


外で手を繋ぐことや、誕生日カードもらうことや、クリスマスプレゼントもらうことや。


そういうの、本当はしたくてしたくてたまらなかったのに、「いや、わたしはしたくないんだよ!そんな処女くさいこと大嫌いなんだよ!」ってね、痛々しいな、自分。。




会って初日に女とセックスするような、この男は、だがわたしに優しくなった。


わたしを「冷たくなったね」という。



それがあんたの望んでいたことじゃないのか。

「俺らは、彼氏彼女じゃないよね」って先に宣言したのはあんたじゃないのか。


わたしはそれを飲み込んでいくのにどれだけ死にそうになって、日記に恨みつらみを書きなぐったことか。


「アミはひどいよね」


それ、あんた言う権利あるのかい。



よくわからん。


去るものは良くみえる、とかそういうこと?そんなしょっぱいこと?



わたしはいつもわたしの精一杯で、それゆえに人の気持ちなんてわかんない。

元彼が今彼になる瞬間。

2007年から2008年にかけて。


正直びびる。



ていうか、好きすぎてびびる。



あああ、わたし、見抜けない。

色々見抜けない。


嘘つかないでほしい。


だが、一緒にいる時間、ただとうとうと願った事は、


時間よ止まれ


まじでベタすぎるだろ。

志乃ちゃんか。


どうしようどうしよう。

なにかがとてつもなくわからない。


ていうか、わたし、アナーキーでもなんでもない。


むしろ最強に乙女!

桃色片思いとか唄えるくらいに乙女!


普通すぎるほどに普通の乙女ですた。


たぶん、あれじゃん、AKBなんたらに入れるっぽい。

(年齢制限ないのなら)

さて、土曜は愚痴愚痴パーティーです。


お母さんの愚痴を一時間聞きます。永遠と。永遠に。


仕事がたいへんでたいへんで。毎日胃薬と頭痛薬がはずせなくて。会社に嫌なばばあがいて、何でもできますって態度で毎日自分という存在を否定されてる気がして死にたくなる。死にたくなる。死にたくなる。電車に飛び込む人の気持ちがわかる。わかるって。全てがもういやになって飛び込むんだと思うって。会社が視界に入ってくる度に吐き気がする。やめたいよ。ほんとうに。会社が選ぶ権利があるように、お母さんにだって選ぶ権利があるはずよねって。もう毎日疲れちゃって疲れてるって。


何度も何度も何度も。

同じ話を聞く。

毎週聞く。


お母さん、わたしはその度に苦しくて泣きたくてどうしようもない気持ちになる。


どうしたらいい。

どうしたらいいの。

なにをしたらいいの。


この悲しい苦しい想いはほんとうに、顔を歪めて歯をくいしばらないと耐えられない。


痛い。どこかが痛い。


彼も同じような母を持つ。

彼も母と電話をして痛んでいる。


どうして子供はこんなに苦しいの。

親の愛は無限なんて、そんなこと信じない。


親は子供に愛も苦しさもなにもかもを与える権利があるのでしょう。

それが育てるということなのでしょう。


わたしは、だからわたしは子供を産むのが怖い。

わたしはきっとこんな母になる。


愛ばかりあげれたらいいのに。

久しく布団で寝るという行為をしていない気がします。

逃げたいです。

逃げちゃだめだ、です。


エヴァンゲリオンがみたい。

喉仏から手が出そうなほどみたい。


多分絶対(どっちだ)アスカのファンになります。

綾波よりもアスカです。これは確実。

スピーナのジレンマもアスカがモデル。


結局社会運動のペーパーは終わるはずもなく(気付けばリビングで寝てたという結末)、今ひーこらひーこらやってるわけです。先生に言い訳を山のようにして風邪と留学生で英語ができないという不憫さをつらつらと述べてみたところ、効果があり。ふふ。アメリカはこういう融通がききやすいところが好きです。先生は聖職、みたいな考えがないからいい。先生はたかが先生。それ以上でもそれ以下でもない。だから生徒を好き嫌いで差別だってしちゃうんだ。


日本は中途半端よね。

変に軍隊的要素を受け継ぎつつ、アメリカナイズされつつで、権力振りかざすふりしてセクハラ、みたいな。

どっちだよ。どっちにいきたいんだよ。


別に先生に嫌な思い出なんざはないですけれど。

先生はいつでも味方にしとく。これが学校で生きる術です。


さて、あと5ページ。

がんばるばる。


『恋空』ってところで完全実話なのか。そうなのか。すごいなあ。