アセンションで始まる世界 -16ページ目

子育てから推察できる神様の心情

 
命の創造に責任を持つこととは?


自分の子供達を“産み出し自立できるまでに育てきる”ということは二脳生物、三脳生物に共通している



産み出す子供の数、時期、育てきるまで充分に“愛”を注げるかに注意する



そして産み出したからには命懸けで“責任”をまっとうする



もちろん少なからず未成熟な親(精神的に)が未成熟な子供を育てきるので“困難と観じる世界”にはまり込んだり、“不可解と観じる世界”にはまり込むこともあるでしょう


そして“親”も学び成長する


親が子供を育てきる中で子供に親が育てられる


その心境を拡張していくと家族以外にも愛を向けていける



他人の未成熟な面(年齢に関係なく)に愛を向けることができる



お互いの未熟を見てお互いが成長できる



育てた“子供”が親でも驚き、感動するような成長を見せることがある



完璧な“親”から創造された我々は自由意志で完璧ではなくなった



しかし完璧な親に近づきたいから、より完璧(段階により物質世界での完璧さであれ、精神世界での完璧さであれ)に近づきたいという望みは無尽蔵に湧き起こる



それは物質世界に向けられると際限なき欲望に操られる



自分が優先、他人から奪うという方向へ向かってしまう



完璧な親(神様)と真逆な存在へと離れていく


近づきたい“親”と反対の方向へ・・・



他人と自分がお互いを精神的に成長させるために生存していく


“まだ未熟な私達の限界ある愛”を成長させていく



まず自分に可能な創造への責任を果たしていく


道を外れて生存していくのは自己にも他にも成長を遅らせ、怒り、悲しみ、妬み・・・様々な苦しみを創造し、より“親”から遠くなる



完璧な親(神様)は私達の子育てには失敗していないのですから道を外れたらまた戻るようになっている



私達は少しずつ確実に成長している


すべてに感謝します。



ありがとうございます。




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親を知らない子供達

 
親との繋がりを失った子供達はただ生存本能に従い必死に生きてきた



私達以外ほとんどの存在に備わっている“本能”の一部を欠落して生きてきた


手探りで“善悪を”判断してきた


自分達の尺度でしか判断できなかった



“親”との直接的な接触を断たれても、長い時を経て少しずつ成長し



“親”の存在を意識し“親”の想いを意識する“子供達”も増え始めた



いまだに“親”は“子供達”に与え続けている



すべてに感謝します。



ありがとうございます。




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夜明け前の寒さ

 
1日を野外で過ごすと朝方5時~6時が最も冷え込むのが観じられます



朝日が射してからは徐々に気温は上がっていきます



“夜明け前”は今であり


分離と格差を望む存在達が強い抵抗をしている時



“寒さ”が厳しい今



しかし“朝”が近いという事



必ずくる“朝”が



すべてに感謝します。



ありがとうございます。




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