前回の日記に今年初の競技場練習を開始すると書いたけれど、月曜日、休みでした(笑)。ただ中には入れたので久しぶりに競技場の雰囲気に浸った。あのタータンチップのにおい、さーっとひらけた開放的な空間、いいね、やっぱり。その場に佇んで耳を澄ますと、今にも選手コールの声が聞こえそうだった。かつての記憶を紐解いて、しばし感慨にふけった。体が少しずつ以前の感覚を取り戻し、そろそろかな、と直感で感じていたときに、こうして競技場に入れただけでも僕には大きな収穫だった。気持ちの盛り上がりを感じたし、はやく走りたいと思った。あのタータンにスパイクのピンが引っかかる感覚を感じたいと思った。
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夜も更けこんで仕事していると、やっぱりどうしても朝起きられなくて、アサレンがちょっとできないでいる……というか正確にいうと時間をずらしてやっている。夕方。日が暮れる前くらい。一日仕事してちょっと疲れた体に、アサレンと同じメニューをこなすのが妙に気持ちいい。サラリーマンだったころはこんなことまずできなかったなと思いつつ、汗を流している。いつも練習している公園には、幼稚園から高校生くらいまでがわんさかいて、思い思いに遊んでいる。ゲームもしているだろうけれど、こうやって公園で走り回っている子どもを見るのはいいものだ。僕も小さいころは毎日日が暮れるまでその辺を走り回っていた。
最近、練習していて、かつての感覚が一瞬にしてよみがえった瞬間が2回あった。
ひとつ目は、バウンディング。なかなかうまくバウンディングができないでいた。微妙なタイミングが思い出せず、というか体の感覚としてつかめず、ポンポンと跳ねるだけで、いまいちしっくりこない。でもここを突き抜けないと、次にいけないので、感覚を研ぎ澄ませてやっていた。で、あるとき、体を前にぐいと押しやる感覚がバッと駆け巡った。神経のスイッチがバチッと入った感じ。それでもう、戻った、と思った。当然現役のころと比べるとその動きはまだ相当ぎこちないというのはわかっている。でも、感覚としてつかんだのだ。小さいころからそうだった。体の使い方がわかる瞬間っていうのがあって、その感覚を一度でも経験すると、次からの動作がみちがえるほどよくなっていた。何年ぶりだろう。こんな感覚。
そんなことを思う前日。実はもうひとつ、つかんだものがあった。それはこれまでに一度も経験したことのない感覚。それはフロートで気持ちよく走っているときに起こった。昔の僕の走り方は中学校くらいからの悪い癖で、妙にモモが上がり、少し跳ねるように走っていた。昔はそれでいいと思っていたが、引退してからいろいろ勉強してきた結果、それはだめなんだとわかった。モモは必要以上に上げず、体全体の動きの中で自然と足が前に出る感覚を大切にした。接地も、重心の真下に足を置く感覚を大切にした。蹴る、のではなく、ハムストリングスとだいでん筋と背筋と腹筋まわりをぎゅっと絞りながら、地面を押し、体を前に押し出す感覚を大切にした。そのとき。その中のひとつである、接地場所に足を置く、という感覚を一瞬でつかんだ。それも、足をフラットに置く。力むと接地の足がフラットにならず、小指付近から接地してしまうクセがあっただけに、大きな収穫だった。その感覚をたった一回つかんだだけで、その次からのフロートが非常に楽になった。ふくらはぎも張らないし、体の裏側全面にここちよい疲労感を感じるようになった。
これらは常に体の感覚を確かめながらやっているから気づいたわけで。今後も神経のスイッチをバチバチ入れていくよう感覚を研ぎ澄ませていこう。