1886年(明治19)5月2日
眞崎仁六(まさき にろく)が東京市四谷区内藤新宿町に眞崎鉛筆製造所を創立。
日本初の鉛筆の工場生産が始まりました。
眞崎仁六は1878年(明治11)にパリ万博で鉛筆を初めて見て感動を受けた事をきっかけに様々な研究と努力を重ね、水車を動力とした工場を建設するにいたりました。
鉛筆の起源は14世紀頃、イタリヤで鉛と錫(すず)を混合した芯を木軸に装着した鉛筆が作られたのが最初と言われています。
日本に渡来したのは江戸時代初期にオランダ人が徳川家康公に献上したもので、静岡県の東照宮博物館に保存されているそうです。
眞崎鉛筆製造所は後の三菱鉛筆です。
1952年(昭和27)に三菱鉛筆に改称。
東京市四谷(よつや)区内藤新宿町は現在の東京都新宿区内藤町(ないとうまち)。
*1943年(昭和18)7月、東京都制施行により東京都四谷区に。
1947年(昭和22)3月、淀橋区および牛込区と合併し東京都新宿区が発足。
内藤町の大半は新宿御苑が占めています*
画像はネットから借用しました。
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