親戚の田舎に行くと、自然が多くて、のんびりしていて あーー。いいなーと思う。
最初の数日間は、、、
ちょっと経ってくると、 隣近所の噂話や、驚くほど詳しい他人の個人情報を皆が知っている事にかなり驚く。
そのころになってくると、
都会育ちの自分は 非常に居心地が悪くなってくる。
虚実ない交ぜ
になっているその手の話は、
嘘
とまでは言わないが、
伝え手の興味本位や悪意も勝手に付け加えられて、伝達されていく。
それが嫌で
若者は無関心が信条の都会に出てくるのだろうと思う。
ただ、無関心が高じている都会はやはり行き過ぎていて、
そこでも孤独を感じて Uターンする人も多いだろう。
人が 社会的動物というのでのであれば、他人と共同していくのが普通。
いくら個人の自立と言っても
たった一人で無人島で生きているのでは無いし、一生それが良いって人もいないだろう。
なら、
村社会の閉塞感を、人々の知恵で緩やかに開放していければ、一番居心地が良いはずだが、、
そんな
ゆるやかな村社会、、、、、
が、まっ
出来るわけないのだが、、
それに向かって進もうという ベクトルは 持ち続けること こそが大事なんだろうと思っている。
天国、楽園も、理想の社会も、自由な社会も 実際には存在しない。
そこにたどり着いた、と思っても、直ぐに逃げ水のようにそれは無くなってしまう。
人は相対的にしか物事を考えられないのだから当たり前かと思う。
ただ、そこに向かおうと 進み続ける、人の意思 だけが重要なのだと、またいつものように思ったりしたのだった。
