文法訳読式の指導法は乗り越えられなければならない (3) その7 | writfren-edのブログ

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9] G-T Strategy 研究:

既述の ‘折衷主義’ との関りで物事を考えるもう一つの方向性として、「文法訳読式の指導法は乗り越えられなければならない (3) その6」で PPP との組合せと共に G-T 手法の指導法の持つ可能性として指摘されている自習学習へ貢献の問題があります。それは、井上  (井上聡: ‛文法訳読法の新たな教育的応用: 学習方略の観点から', 2016) によって提起されている strategy の果たす役割の問題です。 

 

そこで、先ずこの strategy とは何かということから話を始めたいと思います。

 

Strategies techniques:

‘Strategies’ という言葉は ‘言語学習の中で起こってくる困難に対して学習者がどのように対処しているのか’ という問題に対する研究・検討の際に使われており、学者によって微妙に異なる意味で用いられる、可なりの buzzword です。従って、ここでは Stern が述べている様にその区別が曖昧になる傾向のある ‘techniques’ という言葉との違いを明らかにすることによって、明確化することが良いと思えます。そして、Stern (1982) では、

 

           Strategy:  学習者が使う問題へのアプローチの特徴全般に関する一般的な意味

                        を持つ用語 ;

         Technique:  学習者が行なう、程度の差こそあれ意識的な、そして観察可能な学習

                        行動

 

ということになります。

 

Language learning strategy の研究とその所産:

この分野に関する方法としては、何らかの方法でデータを集め、解析するリサーチの方向性があります。その結果、Krashen の Input Theory との整合性に関わる記述や、通常の course design で用いられる  ‘(文法要素等をバラバラにして) 徐々に知識を増やす (incremental, additive) 方向性’ を使わず、‘ (途中を飛ばして)一気に上級課題に取り組む’  学習者が存在する等、 language acquisition process の解明につながる新しい考え方の発見の可能性を示唆するなどのことが顕在化しています。

 

この方向は大変に興味深いのですが、日々の授業に多くのエネルギーを注いでいる教師にとっては、研究の結果をヒントとして利用させてもらうという態度を取るしかない現状もあります。従って、practitioner teachers にとって直ぐに取り組みを始めるのに便利な、以下の最も早く研究が始まった方向性について知ることから始めたいと思います。

 

この分野は、いわゆる  ‘good/successful language learner’  とされる学習者が、授業時間内に行っていること (= techniques) を様々な手法で観察・研究し strategy を記述するものです。その有名なものとしては、以下に挙げる Rubin の 7 項目及び Stern の 10 項目strategy list があります:

 

   Rubin:

           The good language learner is

 

     (1)   a willing and accurate guesser,

 

     (2)   has a strong drive to communicate,

 

     (3)   is often uninhibited about his weakness in the second language and

 ready to risk making mistakes,

 

     (4)   is willing to attend to form,

 

     (5)   practises,

 

     (6)   monitors his speech and compares it to the native standard, and

 

     (7)   attends to meaning in its social context.

         

 

           Stern:

     a.    Planning strategy: a personal learning style or positive strategy.

 

     b.    Active strategy: an active approach to the learning task.

 

     c.     Emphatic strategy: a tolerant and outgoing approach to the target

 language and its speakers.

 

     d.    Formal strategy: technical know-how of how to tackle a language.

 

     e.    Experimental strategy: a methodical but flexible approach, developing

the new language into an ordered system and constantly revising it.

 

     f.     Semantic strategy: constant searching for meaning.

 

     g.    Practice strategy: willingness to practise.

 

     h.   Communication strategy: willingness to use the language in real

 communication.

 

     i.    Monitoring strategy: self-monitoring and crucial sensitivity to language

use.

 

     j.    Internalization strategy: developing second language more and more 

                                          as a separate reference system and learning to think in it.

 

(H. Stern, Fundamental concept of language teaching, 1982: pp. 414-415)

 

「文法訳読式の指導法は乗り越えられなければならない (3) その6」で G-T の長所と短所に触れ、G-T も PPP を採用していることを紹介した井上 (2016) は、上記のような様々な strategy の研究があることを受けてのことでしょう、以下のような内容の指摘をしています:

 

     ①    日本では、母語の使用が文の理解の補助程度の役割しか果たせないことを教師

      が理解する必要がある。そして、様々な方法で書き取りや音読を行い、学習方略の

      獲得を通じて、日本語に訳さなくても理解できるように指導することが重要(小

      寺・吉田, 英語教育の基礎知識: 教科教育法の理論と実践, 2007, p. 37);

     ②   海外では、指導法よりも学習方略の改善に焦点が置かれ、Language Learning 

      Strategy(言語学習方略)の進み、G-T 手法の指導を通して意図的に認知プロセス

        を高めることの可能も指摘されている (McLaughlin: ‘The monitor model: 

                  some methodological considerations’, Language Learning 28, 144-158, 

                  1978)。

        (井上, 2016 よりまとめる)

 

井上は英語教育の中で G-T の否定的な側面が強調される傾向にあることを問題視し、①② を受けて、G-T 手法を使えば ‘教師の説明 > 間違いを振り返り> 正しい英文の内在化’ が期待できるとの考えを示しています。そして、このことを通じて ‘自律学習’ の促進も可能というものです。

 

この考え方は、「文法訳読式の指導法は乗り越えられなければならない (3) その6」まで検討してみた コースの syllabus や個々の授業の計画・構成の中で G-T 手法をどう活かすかという考え方とは異なる角度からの問題提起です (後で触れる Griffiths & Parr, 2011 の指摘)。即ち、多様な練習方法で授業が行なわれること (= PPP の P2 の考え方) を前提とし、その中で G-T 手法を使った時に、学習者がどのように対処しているのか  (strategy の適用) という点に焦点を置いて分析・検討をし、教育活動への応用  (含む自主学習の創造) の可能性を探ろうとするものです。

 

そして、この考え方は、「文法訳読式の指導法を乗り越えるための一つの考え方  (1)」で触れている、現代の言語教育最大の課題、communicative competence の一構成要素である stra-tegic competence の養成の問題にも関わってきます。何故なら、この能力は communicative competence  の新しい考え方の中では、言語習得のプロセスを上手く通過して行くための後押しの役割を果たす可能性が指摘されており、言語学習上の重要な要素だからです。

 

従って、現実に教えている教師としては、既に書いたように、実際の授業やコース運営の中でこの領域で何らかの貢献が出来ないかという発想になるのが自然でしょう。そこで、既述の Rubin や Stern とは少し異なる形で、もっと詳細に strategy を記述している、以下の Oxford (R. Oxford: Language learning strategies:  What every teacher should know, Newbury House, 1990; 宍戸・伴: 言語学習ストラテジー, 凡人社, 1994) の分類を見た上で、少し考えてみたいと思います:

 

   直接ストラテジー (Direct Strategies)

     記憶ストラテジー (Memory)

       A.    知的連鎖を作る

       B.    イメージや音を結びつける

       C.    繰り返し復習する

       D.   動作に移す

 

         認知ストラテジー (Cognitive)

       A.    練習する

       B.    情報内容を受け取ったり、送ったりする

       C.    分析したり、推論したりする

       D.   インプットとアウトプットのための構造を作る

 

         補償ストラテジー (Compensation)

       A.    知的に推測する

       B.    話すことと書くことの限界を克服する

 

   間接ストラテジー (Indirect Strategies)

      メタ認知記憶ストラテジー (Metacognitive)

                    A.    自分の学習を正しく位置付ける

                    B.    自分の学習を順序立て、計画する

        C.    自分の学習をきちんと評価する

 

      情意ストラテジー (Affective)

        A.    自分の不安を軽くする

                    B.    自分を勇気づける

                    C.    自分の感情をきちんと把握する

 

      社会的ストラテジー (Social)

        A.    質問をする

                    B.    他の人々と協力する

                    C.    他の人々への感情移入をする

 

このリストのアルファベット表記の部分は、どちらかと言えば、‘technique’ に分類される特徴と言えるように思えます。

 

Oxford (1990) のリストには、上記の夫々の strategy について更に下位項目が設けてあります。従って、以下に井上の研究に関わる ‘記憶ストラテジー’  と ‘認知ストラテジー’ の細かいtechniques のみを提示して置きます:

 

     記憶ストラテジー (Memory)

       A.    知的連鎖を作る

         1.    グループに分ける

         2.    連想する / 十分に練る

         3.    文脈の中に新しい語を入れる

 

       B.    イメージや音を結びつける

         1.    イメージを使う

         2.    意味地図を作る

         3.    キーワードを使う

         4.    記憶した音を表現する

 

       C.    繰り返し復習する

         1.体系的に復習する

 

       D.   動作に移す

         1.    身体的な反応や感覚を使う

         2.    機械的な手法を使う

 

     認知ストラテジー (Cognitive)

       A.    練習する

         1.    繰り返す

         2.    音と文字システムをきちんと練習する

         3.    決まった言い回しや文型を覚えて使う

         4.    新しい結合を作る

         5.    自然の状況の中で練習する

 

       B.    情報内容を受け取ったり、送ったりする

         1.    意図を素早くつかむ

         2.    情報内容を受け取ったり、送ったりするために様々な資料をつかう

 

       C.    分析したり、推論したりする

         1.    演繹的に推論する

         2.    表現を分析する

         3.    (言語を)対照しながら分析する

         4.    訳す

         5.    転移する

 

       D.   インプットとアウトプットのための構造を作る

         1.  ノートを取る

         2.  要約する

         3.  強調する

 

筆者にはこれでも未だ抽象的に思われ、もっと具体的で印象に残る techniques を見つけたいという気持ちになります。

 

井上のstrategy の研究:

井上 (2016 ) の研究は、上記にも少し触れたように、現在の ‘折衷主義 (eclecticism)’ の中で様々な教授法の長所を組み合わせようとする姿勢から、teaching (教師が教えること) と learning (学習者が学ぶこと) の狭間で学習者がどのような貢献をするのかという問題や言語学習の過程でどのような learning strategy を使っているのかという点に研究の焦点が移って来ている(Griffiths & Parr:‘Language learning strategies’, ELT Journal Vol. 55 (3), 2011)ことを受けて計画されています。それは、Griffiths & Parr (2011)が幾つかの教授法と learning strategy との関係性を認める立場から、

 

     Communicative Language Teaching  -  補償・社会ストラテジー

     Suggestpedia   -  情意ストラテジー

     Grammar-Translation Method    記憶・認知ストラテジー

 

の 3つの教授法と 5つのストラテジーの関係を指摘していることに依拠したもので、特に  G-T との関係が指摘される G-T と記憶・認知ストラテジーの関係 を探ろうとするものということになります (従って、上記 Oxford の G-T 関連のリストだけを完全なものにしています)。

 

以上のように G-T に関わる全ての strategy と technique を基に、井上(2016) は、「文法訳読法の指導効果、すなわち “指導復習方略の獲得と自律の促進” の効果を検証すべく、一定期間において訳読式の指導と確認テストを繰り返し実施し、計量分析の ためのデータ収集 (pp. 90-91)を行った結果分かったこととして、以下の様なことを挙げています:

 

    (1)   訳読法で指導された内容の復習が記憶・認知ストラテジーの改善に貢献する:短期的に

           は、時系列に沿って成績下位群の記憶ストラテジーは改善される傾向がある。しかし、

           否定,比較,形容詞,接続詞等、認知ストラテジーの改善が必要で、時間だけでは解決             不可能のものもあることが分かった; また、長期的には、無生物主語, 5文型, 意味               上の主語, 自動詞と他動詞の判別といった項目が下位群の理解の障壁になり、上位群で

           は、文構造が複雑になる程困難になる傾向あり。

    (2)  単元によってストラテジーの獲得状況に差が生じる:上記の否定,比較, 形容詞,接続

    詞の他に倒置,強調,同格といった単元にも指導時間を多く割くことが必要となる。

 

このような幾つかの具体的な項目の指摘以外に、学習者、教師の双方にとってポートフォリオとしての役割を果たし得ることも指摘されており、

 

   学習者:  訳読法の授業とテストが繰り返えしによって、復習を通して記憶・認知

       ストラテジーが改善、有能感が高められる;テスト・スコアの振り返りで

       苦手な単元が明確になり、学習計画を立て易くなる。即ち、メタ認知ストラ

                   テジーの強化によって自律学習が促進される可能性が高まる。

            教師:   文法シラバス(= structural syllabus)に沿って授業をおこなう場合、

                   毎回の指導内容が明確で、妥当性・信頼性・実行性の高いテストの作成が

                   容易になる。また、単元ごとの習得状況が明確になり、一斉授業、個別指

                   導に関わらず、学習者の状況に応じた指導計画の練り直しが可能になる。

 

の様なことが挙げられています。そして、この結果を基に行われている井上の主張は、

 

          『必ずしも訳読法や文法シラバスに問題があるわけではなく、音声処理を含めた学習

             方略を獲得させるための指導のありかたが問われていることになる。…略… 一貫し

             た方針に基づいて、学習方略を獲得させるための授業実践が不可欠となる。文法か

             会話か、教養か実用か、といった単純な二項対立的な議論ではなく、学習方略の獲

             得と有能感の高揚を目的とした指導のありかたについて、小・中・高の接続の観点

             から考え直すことが重要である』

(井上, 2016, p. 96)

 

ということになります。井上の研究では G-T の “指導→復習→方略の獲得と自律の促進” の効果の検証に力点が置かれている為、G-T 以外の方法で同じ期間学習したグループとの比較が無かったり、学習者がどのような techniques をより多く使い、どのようなものを使わないのかの観察記録が無い等の不明な点もあります。しかし、‘演繹的な説明 + 練習量の多寡’ の問題が一定の文法項目の習得の早さや学習者の習得レベルと関係することを明らかにしていることが分かると言えます。また、こうした取組が、教師・学習者双方の振り返りの為の材料を提供してくれることも、只教科書に従って漫然とコース運営を続けて行く場合と比べれば数段有益なことと云えるでしょう。問題は、井上のような準備と処理作業は大きな負担であり、こうした取組は頻繁に行えないことに加え、守備範囲が Oxford の strategy list の中でも限定的な領域に限られることにあるでしょう。

 

尚、上記の生徒・教師双方にとっての ‘ポートフォリオ’ の役割を果たすという問題は、次の項の最後に少しだけ触れる learner autonomy/self-instruction のシステムのプランの中で、moti-vation study などと絡めて検討されるべきものということになります。

 

日常的な strategy 使用の観察の必要性:

既述のように、取分け memory strategy と cognitive strategy  が G-T との関りを指摘されています。そこで、これらについて再確認すると、二つの strategy は direct strategy に属しており、‘学習者が新しい言葉を学ぶ際に使い、必要に応じて言語情報を蓄えたり、引出したりすることに寄与すると同時に言葉の理解や運用にも貢献する’ とされているものです。上記 Oxford のリストのポイントを繰り返すと、この内 memory strategy は、「語・句と音声・視角イメージ・身振り・臭い・触感」などを結び付けるもので、入門期や初級の学習者によって頻繁に使われるとされています。また、cognitive strategy は意識的な言語使用に関わり、言語情報の「識別・(一時的) 保存・(長期な) 貯蔵・検索」の四要素を含んでいるとされています。

 

上記の井上 (2016) の取組みは、G-T の授業の流れの中で “指導→復習→方略の獲得” ということが起こり得るとの指摘ですが、言い換えれば、 ‘演繹的な説明 + 長期間・大量の練習’ がlearning strategies の獲得に貢献するということになります。しかし、この取組みはコースや授業の運営の中で行われる ‘演繹的な説明 + 長期間・大量の練習’ の結果のテストによる調査に依拠して、その効用の問題に触れているだけです。言葉を変えれば、G-T 手法で教えていれば、learning strategies 獲得の可能性あり、ということになります。そして、学習者が具体的にどのような techniques を使っているのか、何が有効なのかについての観察記録の提供がある訳ではありません。

 

筆者の私見では、こうした角度からの研究も必要ですが、現場の教師にとっては、余り現実的ではないように思えます。何故なら ‘折衷主義’ の到来は、日常の授業に加え、クラス・生活指導、学校行事、進路指導…と果てしの無い教育活動群の狭間で格闘する英語教師にとって、真剣に取り組もうとすると大変な自己研修を要求する事態になるからです。先ずもって、大学時代に受けた英語科教育法の授業で舐める程度しか習ったことのない、主要な三つの方法論である G-T、Audio-lingualism、Communicative Teaching の長所を探し出すことが求められます。更には Innovative Approaches 等と呼ばれる様々な方法論にも目を向け、その基本を学ばなければなりません。その上、言語習得のキーになる要素を含んでいるからという理由で  strategy train-ing の方向性も探らなければならないとなれば、もうスーパー教師でもサーバイブ不可能のように思えます。

 

従って、いわゆる practitioner teachers にとっては、‘授業中に学習者が学習の伸展の為に使う具体的 techniques’ を観察し、具体的な観察記録を残しながら、適当な時期に実際に他の学習者の指導に使ってみるという形の実践を積み上げるのが良いように思えます。筆者の私見になりますが、蛸壺状態に近い状況の中で教育活動を行う傾向の強い日本の学校では、各教師が、そうした形で実践経験や情報の蓄積をして、より大きな規模で情報共有の為の条件を整えて行くことがより良いと思えるからです。以下のような形で、この方向性での取組みを実現できるのではないでしょうか:

 

      ①   本来のPPP のような speaking 主体の形に固執せず、汎用性のある format

       として PPP を使って、口頭作業を含む様々な練習から成る P2   (P3もあり得

                   る) を開発する;

     ②    その際、lockstep style の授業形態を可能な限り少なく、又短くし、activity

       ごとに individual work, pair work, group work, whole class work 等多様な

                  授業形態を混ぜ合わせて一連 (例えば 1 lesson を6回の授業で….等) の授業

                  を構成するべく可能性を探る;

     ③   ②の方向性を維持する為のポイントとしては、可能な限り学習者の involve-

                  ment (学習活動への熱中) を作り出せるような ‘学習内容+作業・活動内容’

                  を持つ教材を作り出す為の adaptation の可能性を探る;

     ④   G-T 及び PPP に内包されている教師中心主義  (teacher-oriented/centered) 

                  の傾向を緩め、教師自身を ‘コーチ’ の立場に置く為の発想の転換を心掛ける;

     ⑤   指示や作業の為の説明に際して ‘日本語を使うことも認めるが、可能な限り英語

                  で、又日本語の場合も含め Teacher Talking Time を極力短く’ を堅持する;

     ⑥   作り出した教師の自由な時間を学習者の観察と必要な場合の coaching (この作

                  業での日本語の使用は効果的である可能性が高いが、長くならないことが大

                  切)に充て、学習者の使用する strategy の観察に努める。

 

上記の ① への取組みはそれ程難しくはないと思えます。しかし、②に関してはそれ程簡単ではないように思えます。殆ど全ての教科で ‘生徒-教師対面’ (lockstep style) の授業形態を採り、それに慣れている日本では、両者がこの形態の授業に慣れていないという問題があります。教師は ‘生徒を野放しにする’ ように思え、怖がってスタート段階でスムーズに動けない場合もあります。生徒の方も、非常に短い説明を聞いただけで直ぐに動き出す習慣がないため、これもスムーズさを欠く原因に成り得ます。最近は生徒も教師もこの形態の授業に慣れてきているので、心配は無いようにも思えますが、教師の方は怖くて ‘押さえている自転車の手を離せない’ という状況は今も確実に存在すると思います。

 

そして、この背景には ③ の問題が絡まっており、練習教材が  ‘机に向かって、一人で読んだり、書き込んだり’  するのに適したもので、adapt せずに教科書に載っている形で使おうとすると前段の説明が複雑になり、長くなり、動かないという状況がある場合もあることは間違いありません。それでも、英国で “Involvement が全て。学習者は activity に involve すれば、自分で strategy を開発してでも何とかする” という言葉を聞いたことがあります。こんな言葉が、問題克服の為のキーワードになるのかも知れません。

 

上記のような事が起こる背景には、日本人のこうした作業に対する不慣れだけでなく、④⑤に関わる教授法の問題も明らかに存在します。既に何度も触れているように、G-T は本質的に教師が学習者に知識を授けるという形の一種の権威主義を内包しています。当然 teacher-centered の方法論の抱える限界の問題があります。また、英語だけで説明や指示を行なっていた native speaker の教師の中にも、最近では学習者の母語を効果的に使うことの可能性を探る動きが起こっています。これは自分の本国  (English speaking society)  で教えていた教師が、外国で、しかも以前とは比較にならない規模で教える経験を積んだ結果の新しい方向性でもあると云えます。その点で、今  ‘中学・高校の英語教師は英語で授業をするべし’  などと言っている日本は、ここでも  ‘周回遅れ’  のような気がしますが…。

 

そして、G-T とは別の意味で、PPP も同様に teacher-centered の方法論だということを確認しておく必要もあります。まず、P1 の Focus-Analysis  段階で言葉を教え、P2 の最初の段階 (drills) でも、‘授業のテンポを決め、エラーを直す’ という形で、教師は G-T 同様の立場にあります。それが、後半に向かって、徐々にコントロールを緩め、P3 で完全にコントロールを外すという複雑な方法を採っていることから、非常に多くのことを各教師自身の力量に負っている method でもあります。教師の立場は、授業中に刻々  ‘権威’ > ‘コーチ’ > ‘単なる傍観者’  という形で変わることから、筆者の英国での teacher training の経験の中で、このことを理解することに、文化的な原因で困難を感じる教師も多いという指摘が行われていたことは事実です。そして、これは、初めからコーチの役回りにある、以下の Task-based Language Teaching/Learning では尚更のことです。

 

蛇足になりますが、PPP は複雑な割には、P3 の時間が短く、言語使用のボリュームも小さくなる傾向があることから、communicative の方法論の中で批判もされています。学習者の習得レベルが上がり、言葉のレパートリーが増えると、 drill 段階をバイパスしようとしますので扱い難いということになります。そこで、P3 を独立させて時間を長くし、もっと言語使用のボリュームが大きく、より内容も複雑な task を使う (この部分が communicative ‘strong version’) 方向が模索されます。その一つが、Task-based Language Teaching/Learning です。

 

最後に、G-Tとの関係に特化させた井上 (2016)の研究の研究領域は、Oxford の記述している strategies の一部であることを確認した上で、他の strategy にも情報収集の範囲を広げ (Rubin, Stern の strategies も検討に含めると良い)、教師自身と英語科の取組みの中に徐々に strategy training の取組みへの可能性を創り出していくことの方が大切と思えます。そのことが、自分達の学校の英語のプログラムの中に、将来的に learner autonomy/self-instruction のシステムを取り込んでいくことにつながると思えるからです。何故なら、learner autonomy/ self-instruction は、学習者自身が 、教師の助けも借りて、meta-cognitive strategy を始め、自身のレパートリーの範囲内の strategy を駆使して、自分の言語学習の計画を立て、それを実行し、自身で管理することを促進するシステムだからです。

 

10] まとめとして:

ここまで批判に晒され続けている「文法訳読式」という方法論について、その歴史・日本に於ける特殊な解釈・普及の状況や現実的に日本の英語教育に与えている可能性のある問題(つまみ食い方式の可能性のある G-T の実践、カリキュラム・デザインや教科書編成から引き出される様々なマイナス要素となる可能性等々について)などについて考えてみました。

 

恐らく抜けている部分は教師養成と研修の問題位かと思います。これについては英語科教育法と教育実習の中身が大きな問題になるのでしょう。しかし、こうした領域のリサーチは非常に難しいということで、なかなか実態は明らかにならない問題があります。

 

筆者自身の関わった経験から考えただけでも、英語科教育法 I-IV(半期2単位)4科目に於いては、それぞれ担当者が違えばその中身にどれ程の統一性が保たれるかは、授業シラバスの表面的な記述だけでは分かりにくいと言えますし、教えていた当時色々聞こえて来た学生の不満の声などを聞いても、トータルとして充実しているとは言えないように思えます。

 

また、教育実習は、付属校で実習可能な場合以外は、基本的に依頼した学校に丸投げですから、もう  ‘当たり外れ’  の世界と言えます。筆者自身が担当した経験からしても、十分な指導が出来るほど暇ではない上に、教える側も専門家ではない (恐らく CELTA の上のレベル、 Delta の保持者で teacher trainer の訓練を受けた教師でないと効果的な指導は難しいように思えます) 。その後英国で現在の CELTA に当たる teacher training を経験した際の 4週間に亙る teaching practice と比べれば、その中身は雲泥の差だったと言えます (英語の分析力、教える技術のどちらかでも不十分で改善の見込みが無ければ離脱させられます)。要するに、日本の場合、直ぐに教えられる教師を確実に養成出来るシステムではないという問題を内包しているように思えます。

 

このように日本の英語教育に関しては、G-T 以外に検討するべきところは沢山ある訳ですが、とにもかくにも、G-T と PPP の関りでの物事を考えることが一定の形で効果的な折衷主義の実現につながる可能性のあることが分かってきたと言えると思います。なぜなら、折衷主義の中心になるべき、G-T, Audio-lingual method, Communicative teaching の3つの方法論の授業構成の仕方が全て PPP スタイルの授業で組み立てることが出来、混ぜ合わせの中で一般的に使われている、または、これからも使われ得る可能性が大きいからです。PPP に当て嵌めたそれぞれの違いは、以下の図のようなものでしょう:

 

 

   Approach/

Method

 

Structure of

Lesson

 

G-T

 

 

Audio-lingual method

 

Communicative teaching

(weak version)

P1

 (Focus-

Analysis)

文法ルールの演繹的

提示 (+ 翻訳)

Pattern Practice(+  文法ルールの帰納的理解)

Contextualized sentences or dialogues (+ meaning check;

 + 文法ルールの帰

納的理解)

 

P2

(Practice)

Structure exercises

 Reading exercises

 Writing exercises

Mechanical drills

Mechanical drills

 

Pattern Practices

Structure practices

Reading practice

(Writing exercises)

 

 Controlled

 practices:

 

 ― meaningful

 practices

 ― contextual-

ized pair work

 ― closed

information gap

practice

 

 

 Less-Controlled

 practices:

 

 ― contextual-

lized role-play

 ― open

information gap

practice

 

P3

(Trying to

   approach real  language

      use or

real communi-

          cation) 

 

 

 Freer practice:

 

 ― un-controlled

role-play

 ― simulation

 ― problem-solving

 

 

   ※  枠の中にはそれぞれの典型的な練習方法を入れてあるだけで、

他にもいろいろな練習方法があり得ます。

 

 

上記の図からは、提示方法こそ違え、主要な三種類の教授法は全て ‘文法’ を扱うことから授業を始めることが分かり、典型的なものでは、夫々が、

 

     G-T: 

      「例文の演繹的提示と教師の説明」(P1で直ぐに翻訳に入る場合もある);

 

       Audio-lingual method

                「 ルールの説明をせず、sentences/dialogues の pattern practice から入り、結

                      果的に帰納的な理解」を目指す方法になる;

 

               Communicative teaching  (weak version): 

                  「Functional expressions のような形で文(章) / 対話文を提示する方法も、文法

                    項目を含む例を提示する方法もあるが、ルールの説明はせず、meaning 

                    check で理解を確認する方法」を採る

 

のような特徴を持ちます。また、communicative や G-T の練習方法を、他の方法論主体の PPP の授業構成の中に無理のない形で取り込める可能性があるようなら、練習部分を相互に入れ替えることも可能です。

 

筆者の考え方では、このブログのテーマの一つ「文法訳読式の指導方法は乗り越えられなければならない」のスタート地点は、ここにあると云えます。

 

次回は、「文法訳読式の指導法を乗り越えるための一つの考え方 (3)」として、もう少し考えを進めてみたいと思います。