今年1月から執筆中の
祖父とコメ子の物語
本日は、先日
講談社 NOVEL DAYSとtreeが主催する文学賞、2000字文学賞「家族小説」のコンテストにおいて、佳作に選出していただいた、シリーズ11話目にあたるお話
本日もお付き合いいただけると嬉しいです
※以下は、ブログ用に執筆していたものに加筆したものとなります。今回は、選出いただいた作品のまま、こちらでもご紹介させていただきたいと思います。
Letter 10「祖父と晩酌」
祖父は所謂、お酒を楽しく飲めるタイプの人で、コメ子が知る限りお酒に飲まれていると感じたことは、一度もなかった。おそらく、お酒にかなり強い方だったのだと思う。
一緒に飲む相手や料理に合わせ、ビールや焼酎、ウイスキーなど様々な種類のお酒を嗜んでいたが、中でも一番好んで飲んでいたのは日本酒だった。夕食を食べながら、燗した日本酒を叔父や叔母と一緒に、美味しそうによく飲んでいたという記憶がある。
キャラクターがプリントされた可愛いグラスに、サイダーかジュースが定番の子どものコメ子は、祖父たちが小さくオモチャのような猪口に注いだり注がれたりするお酌の様子が、それはそれは楽しそうに見え、自らサイダーを持参しよく仲間に交えて遊んでもらっていた。
まるでままごとの延長のような、楽しすぎるお酌の世界。このちょっと大人の世界の真似事のような、初めての楽しさを知ってしまったが最後、今度はテレビで偶然見かけた“あれ”をどうしてもやってみたいと言い出し、家族皆を困らせた。
それは、風呂での晩酌。
テレビの映像はおそらく、雰囲気のある老舗旅館の露天風呂で行われたロケのようなものだったのではないかと記憶しているが、そんなことはコメ子にとっては全く関係なく、ただ風呂に浸かりながら、祖父と一緒に猪口で飲み物を飲めれば、それで充分満足だったのだ。
「いい加減にしなさい」
と本気で呆れる母をよそに、祖父はコメ子の希望をすんなりと叶えてくれた。
大人一人が足をまっすぐに伸ばすこともできない、決して大きくないバスタブの三分の一を蓋で覆ったら、その上に祖父は日本酒、コメ子はサイダーを置き、大好きな猪口に
「まぁまぁ、どうぞどうぞ」
「いえいえ、お一つどうぞ」
などと、どこかで聞きかじったよくあるセリフを繰り返しながら、何度もお酌をしてもらった。
さらにサイダーのビンが空になると、
「店員さん、お願いします」
と、呆れ顔からすっかり諦め顔へと変貌した母を呼びつけては追加のサイダーを要求し、のぼせて顔が真っ赤になるまで、念願の風呂で晩酌の夜を楽しませてもらった。
時は流れ、家人のいなくなった祖父母の家を取り壊すことが決まったある年の暮れ、片付けを手伝うため、母とともに久しぶりに家を訪れる機会があった。
あの月日のまま壁に掛けられているカレンダーや、いつかの旅の土産に渡した人形も、そのまま時を重ねていた。
時間がピタッと止まったかのようにあの頃と何一つ変わらない景色の中、自分の歩みに合わせて軋む床の音だけが微かに響き、立ち止まるとまた怖いくらいの静寂が訪れる。人を迎え入れる役目の終わりを悟ったかのように、床も空気も残されていた物たちも、すべてが冷たく素っ気なく感じた。
そして、子供のころ必ず感じていた祖父母の家の匂いも、もう感じることはなかった。
一昼夜続いた片付けも終盤に差し掛かり、最後にふと、思い出ある家の様子をもう一度隅々まで目に焼き付けておきたいと感じ、懐かしいその風呂場も覗いてみることにした。
大人になって久々に見たバスタブは、想像以上にとても小さく小さく感じられた。
思い出すのは、あの楽しい晩酌の夜と笑い声。
何気ない日常のたった数時間を切り取った出来事が、一生忘れがたい思い出を作る。
思い出は自分が動いて作ること、それは後悔ない毎日を送る上で大切にしたいこととなった。
お酒にあまり強くないコメ子が今でもあのサイダーを好んで飲んでいることを、祖父がどこかで笑って見ているように、ふと思うことがある。
一緒に飲む相手や料理に合わせ、ビールや焼酎、ウイスキーなど様々な種類のお酒を嗜んでいたが、中でも一番好んで飲んでいたのは日本酒だった。夕食を食べながら、燗した日本酒を叔父や叔母と一緒に、美味しそうによく飲んでいたという記憶がある。
キャラクターがプリントされた可愛いグラスに、サイダーかジュースが定番の子どものコメ子は、祖父たちが小さくオモチャのような猪口に注いだり注がれたりするお酌の様子が、それはそれは楽しそうに見え、自らサイダーを持参しよく仲間に交えて遊んでもらっていた。
まるでままごとの延長のような、楽しすぎるお酌の世界。このちょっと大人の世界の真似事のような、初めての楽しさを知ってしまったが最後、今度はテレビで偶然見かけた“あれ”をどうしてもやってみたいと言い出し、家族皆を困らせた。
それは、風呂での晩酌。
テレビの映像はおそらく、雰囲気のある老舗旅館の露天風呂で行われたロケのようなものだったのではないかと記憶しているが、そんなことはコメ子にとっては全く関係なく、ただ風呂に浸かりながら、祖父と一緒に猪口で飲み物を飲めれば、それで充分満足だったのだ。
「いい加減にしなさい」
と本気で呆れる母をよそに、祖父はコメ子の希望をすんなりと叶えてくれた。
大人一人が足をまっすぐに伸ばすこともできない、決して大きくないバスタブの三分の一を蓋で覆ったら、その上に祖父は日本酒、コメ子はサイダーを置き、大好きな猪口に
「まぁまぁ、どうぞどうぞ」
「いえいえ、お一つどうぞ」
などと、どこかで聞きかじったよくあるセリフを繰り返しながら、何度もお酌をしてもらった。
さらにサイダーのビンが空になると、
「店員さん、お願いします」
と、呆れ顔からすっかり諦め顔へと変貌した母を呼びつけては追加のサイダーを要求し、のぼせて顔が真っ赤になるまで、念願の風呂で晩酌の夜を楽しませてもらった。
時は流れ、家人のいなくなった祖父母の家を取り壊すことが決まったある年の暮れ、片付けを手伝うため、母とともに久しぶりに家を訪れる機会があった。
あの月日のまま壁に掛けられているカレンダーや、いつかの旅の土産に渡した人形も、そのまま時を重ねていた。
時間がピタッと止まったかのようにあの頃と何一つ変わらない景色の中、自分の歩みに合わせて軋む床の音だけが微かに響き、立ち止まるとまた怖いくらいの静寂が訪れる。人を迎え入れる役目の終わりを悟ったかのように、床も空気も残されていた物たちも、すべてが冷たく素っ気なく感じた。
そして、子供のころ必ず感じていた祖父母の家の匂いも、もう感じることはなかった。
一昼夜続いた片付けも終盤に差し掛かり、最後にふと、思い出ある家の様子をもう一度隅々まで目に焼き付けておきたいと感じ、懐かしいその風呂場も覗いてみることにした。
大人になって久々に見たバスタブは、想像以上にとても小さく小さく感じられた。
思い出すのは、あの楽しい晩酌の夜と笑い声。
何気ない日常のたった数時間を切り取った出来事が、一生忘れがたい思い出を作る。
思い出は自分が動いて作ること、それは後悔ない毎日を送る上で大切にしたいこととなった。
お酒にあまり強くないコメ子が今でもあのサイダーを好んで飲んでいることを、祖父がどこかで笑って見ているように、ふと思うことがある。
コメ子。
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