どうも、適当エンジニアです。

 

突然ですが、歳をとりました……。

 

今に始まったことではありませんが。

 

歳をとって分かったことがいくつかあるのですが、

 

それは、歳よりの発想が若者と違って柔軟性がないことは、

 

決して、能力が不足しているからというわけではないことです。

 

むしろ、若者が不便だな、とか、なんでこんなことやっているんだろう、

 

と思ってしまうことを、年寄は、

経験で難なく、疑問を感じずにやってしまう。

 

むしろ、やり方を変えるのが面倒だ、

と考えてしまうわけですね。

と、言うわけで、前置きが長くなりましたが、今回は転換的発想の話です。

 

転換的発想というと、エンジニアの専売特許と思われている方も多いです。

 

しかしながら、実は反対だ、というのが私の感触であります。

 

エンジニアというのも、前振りと同じで、実は、

 

技術的な内容について、革新的なことを行っているようで、

 

実は、先輩の路線継承型な人間も少なくありません。

 

例えば、SONYのプレイステーションで考えれば、

 

私が大好きだった初代プレイステーションと

最近のプレステを比較しても、

 

実は、コントローラーにはほとんど違いがないことが分かります。

 

つまり、グラフィックは変わっていて、いわゆる「没入感」は

 

大幅に改善されていますが、それ以外の部分は、

 

ほとんど変わっていないのです。

 

おれは、パソコンでも同じです。

 

私の初めて買ったウインドウズ98PCと

 

今のキーボードにはほとんど違いがありません。

 

むしろ、わかる人にはわかる言い方ですが、

 

パソコンのコストが全体的に下げられた分、

明らかに、昔のPCに比べ、キーボードは安っぽくなっています。

 

つまり、実は、革新的技術の塊であるコンピュータ分野でも

 

じつは、操作する側の人間の生産性はそれほど変わらないこともあります。

 

しかしながら、気を付けないといけないことがあります。

 

それは、従来の改善路線の方法論とは、まったく異なり、

 

破壊的に画期的な方法論が出てくることがあるためです。

昔、林子平という仙台藩士がいました。

彼が著した「海国兵談」は、あまりに画期的な内容でした。

 

その内容は、

「日本の中枢である、江戸って、海を水路としてみちゃうと、

海軍力と砲撃できる体制がなかったら、攻撃されるかもしれないよね」

 

的な内容だったわけです。

こういった活動の成果として、彼は、表彰ではなく、

禁錮刑に処されたのですから、

 

江戸時代政府のマネジメント能力のなさには驚かされるわけですが、

 

実際には、今の日本の民間企業のマネジメントも、

 

ほとんどがこんなレベルにあるのが実情だったりします。

たいていの場合、画期的なことをやる人間がやっていることは、

 

理解されないものなのです。
 

前述の林子平氏の時代の見方が正しかったことは、

 

まったくもってまっとうな指摘だったことは、時代が証明しています。

 

都合の悪いことを言う人間は、

起業でも社会でも、消される側の人間であり、

この際、正しい人選をできているかどうかは、

とても重要なことである一方で、

同時に非常に難しい道であることを、マネージャーは、

 

決して忘れてはならないのです。