どうも適当エンジニアです。

最近、「AIが人の仕事を奪う」という記事・報道が多すぎて困惑しています。

 

一人の人間として、飲みながら不安をつぶやいているのなら、

 

理解できますが、プロの記者や作家として、そんな記事を書いて、

 

いったい何になるのでしょうか。

もしかしたら、不安をあおるのが仕事であり、

 

一種の都市伝説的怪談話として、

 

書いているのなら、うまくやっているとは思います。

 

しかし、AIが人の仕事を奪うから、何だというのでしょうか。

むしろ、レストランの現場を知っている人間は、

 

自動食洗器の便利さや、自動調理器の便利さを否定する人間は少ないと思います。

 

想像力に乏しい記者が、

 

自動コーヒーマシンがあるおかげで、

 

コンビニやマックで安くておいしくコーヒーを飲みながら、

 

そういう記事を書いてるんじゃないかと想像してしまいます。

もし、自動化が嫌なのであれば、職人が手で焙煎して、

 

一杯ずつ、丁寧に職人芸で淹れてくれるコーヒーを飲めばよいわけです。

そうすれば、コーヒーを入れる人の仕事が創出されますし、

パソコンを使わずに手書き原稿を仕上げれば、

タイプライターというもうなくなったの仕事ももう一度必要になります。

 

しかし、いらない仕事を創出することに何の意味があるのか、

 

私には理解できません。


AIが発達すれば、タクシードライバーも不要になるかもしれませんし、

 

トラックの運転手も不要になるかもしれません。

 

コンビニのレジも自動化できる可能性もありますし、

 

世の中の事務作業をされている人も減らせる可能性はあります。

しかし、それが減ったからと言って、

職を変えないといけないといけない人は、必ず要りますが、

 

雇用がなくなるというのは間違えています。

 

また、そのせいで、格差が開くというのも、何の根拠もない話です。

今、日本の年収500万円くらいで暮らしている、

 

平均的な家庭は、2023年という同時代の国と比較すれば、

もっと豊かな国はあるでしょうが、

例えば、明治に戻って、下水道さえ配備されていない時代で

 

暮らしたい、とはだれも考えないでしょう。

アンドリュー・カーネギーが指摘するように、

現代の人間というのは、昔の貴族でさえできなかった、

 

豊かな暮らしの中にいるのです。

一番危険なのは、

「何とか今のまま定年を迎えたい」という保守思想でいることです。

 

そういう、重要な変革に気が付くことができずに、

ただ、時代にあらがおうとした人たちの試みが

 

うまくいった事例は極めて少ないのです。