米田良三氏の東大寺大仏の分析は誰も反論出来ないと思う。
自らに都合のいい文献を探し出して、遠吠えをするくらいが関の山だろう。
51ページの「信貴山縁起絵巻」の分析も、私は名古屋育ちだが、古代ならば名古屋から富士山が見えることはあり得ると思う。
げんにウィキペディアに載っている。
町名の由来
当地が富士見原(不二見原)と称したことに由来する[3]。富士見原は、ここから富士山が遠望できたという言い伝えによる[4]。
歴史を守る者たちは、急所を突かれる前に予防線を張ってくるのが常。
それが仕事
(51頁左上・私が見破った小細工)
To be continued
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