この記事は私のプロフィールストーリー
の続きです![]()
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夢を叶えて入社した会社の倒産。
転職先では毎日朝の3−4時まで働き、
階段から落ちて流血しても、
怒られるのが怖くて仕事に向かっていた私。
遂に次なる夢を叶え、某外資系企業でPRとして働き始めました!
憧れだった外資系企業。
目標の一つであったPR職。
もちろん大好きな音楽業界で。
着々とステージアップしていることが感じられ、
人にも恵まれ、
本当にウキウキしていました。
でも実際は、
外資系企業だけど外国人はほとんどいない。
仕事で英語もほとんど使わない。
そしてTHE 日本企業な体質。
どういうことかというと、
リスクは取らない。
そして何事も承認が降りるまでに時間がかかる、
または承認がおりない。
(本国はアメリカなので、ますます時間がかかります。)
私が求めていたものとはちょっと違うかも・・・?
と感じつつ、まずは結果を出さなきゃ!と思っていました。
そう、前みたいにガムシャラに働きたくないと思いつつ、
次なるステージに上がったからには
バリバリ働かなきゃ
と思っていたんですね![]()
先輩と2人で10組以上のアーティストを担当していたので、
終電までリリースや資料を作っていたり
ラジオやテレビの立会いで深夜まで働くことも。
ライブもイベントも取材もあるし、
あ〜次のリリースのプランニングもしなきゃ・・・
ゲゲ、お渡し会の集客ヤバイ!
MV撮影に行きたいけどフェスがかぶってるよ〜
とか、こんな感じでした![]()
でも深夜3−4時まで働いてた頃よりマシだし!
半年に一回しか休みがなかった頃よりマシだし!
上司に怒鳴られて、顔面麻痺になってた頃よりマシだし!
そう思うと、夢を叶えて、ステージアップまでしている
私が文句を言うなんておこがましいような気がしていました。
それにPRの仕事はとても自分に合っていました![]()
PR資料やリリースを作ったり、
取材対応をしたり、
コンサートやフェスに行ったり、
中でも年に一度海外フェスに
ブッキングすることが
私の中で大きな目標の一つでした![]()
もともと海外で働きたいという気持ちがあって
イギリスに行きましたし、
日本に帰ってきてからもグローバルな
働き方がしたいと思っていました。
海外フェスも大好きだし、
絶対自分のアーティストをブッキングする!!
と決めて、
入社してから毎年
自分一人でブッキングして、
一人でアーティストを連れて
海外に行くことができました![]()
勿論正直ものすごいプレッシャーでした![]()
現地プロモーターと交渉をして、
ギャラが足りないから現地で物販をしようと計画して、
税関で引っかかったらまずいからどうしよ〜
と
あれこれ考えて、
海外のファンにウケる楽曲リストを考えて・・・
でも上司や本国に相談したり承認を得ることなく、
自分の裁量で
仕事ができることが
とても楽しかったのです![]()
そして同時にとても楽しかったのが、
現地スタッフと一緒に働くこと。
前職の時から海外スタッフとのやり取りは
大変だけどその分やりがいを感じており、
心が通じた時の感動がとても大きかったんですね![]()
人と仲良くなること、打ち解けることが得意な私は
必ず現地スタッフととても親しくなって
帰国してもFacebookなどで連絡を取る中になっていました。
それがとっても楽しかった。
会社を超えた個人として
認めてくれて、
助けてくれる。
仕事を超えて仲良くなれる。
これが本当に大きなやりがいでした。
この頃から
「将来自分の名前で、フリーで働いてみたいな・・・」
と思うようになります。
につづく



