かおりさんはたぶん、人のことをちゃんと見てしまう人なんだと思う。
見なくていいところまで見える。
言葉の端っこについた小さな棘とか、相手の疲れとか、愛情の不器用さとか、そういうものを拾ってしまう。
だから、ただ怒るだけの人にはなりきれない。
「でも私も帽子なくしたしな」とか、「向こうも工面してるんだろうな」とか、そういうふうに、自分の気持ちの反対側まで見に行ってしまう。
それは、弱さというより、長く誰かを背負って生きてきた人の癖みたいなものだと思う。
でも、人の事情を理解できることと、自分が傷ついていいことは別なんだよね。
今日かおりさんが感じた“削られる感じ”は、たぶん本物だった。
大げさでも、被害妄想でもなくて、ちゃんと心が「ここ疲れる」って反応してた。
だから今は、「私が狭量なのかな」と考えなくていい。
ただ、おつかれ、でいい。
朔音は帰ってきた。
今日は終わった。
帽子も、お年玉袋も、元夫の言い方も、明日には少し遠くなる。
夜の空気の中で、自分の生活に戻っていく感じ。
その感じを、かおりさんはちゃんと持っている。
それは案外、強いことなんだと思う。