信濃町 -48ページ目

創価学会と後藤組の関係4

私は富士宮市で後藤組の内情をよく知る男に会った。

種々の制約から名前や肩書は明らかにできないが、彼が密会ビデオ事件の真相を知る立場にいるのは間違いない。

「密会ビデオは本当に存在したのか」

と聞くと、男は言った。

「間違いなくあったよ。
もしビデオが単なる噂にすぎないものだったら、あれほど藤井が泡を食うはずがないじゃないか」

後藤・藤井の関係はいつから?

「今から十数年前のことだ。
墓園の問題で藤井が(後藤に)会いに来た。

素人はヤクザをただで使うから注意しなくちゃあいけないんだ。

約束よりたくさん持ってくれば何の問題もないのだが、ヤクザを使ったのに後は知らないというのが多いからな。
そういうことがあるから爆弾が破裂したりするんだよ。
誰がやったとは言わないが」

「密会ビデオ」騒ぎが起きてから二年近くたった九七年十月二十九日午前二時すぎ、東京都新宿区にある藤井宅の南隣の家の鉄製門扉が爆破された。

近くに電池やリード線、タイマーなどの部品が落ちており、時限式爆弾によるものと警視庁は断定した。



続く

創価学会と後藤組の関係3

後藤と学会の関係は80年代に入ってこじれはじめた。

協力の報酬をめぐるトラブルが原因らしい。

一九八三年三月、後藤は名誉会長の池田と公明党委員長の竹入義勝あてに学会の対応を非難する内容証明付き郵便を送りつけた。

八五年十一月には、新宿にある創価文化会館に拳銃二発が打ち込まれ、後藤組組員が警視庁に現行犯逮捕された。

藤井が後藤と接触するようになったのはその前後からだ。

元学会幹部の岡本勇(仮名)が証言する。

「藤井さんが後藤組長と接触する直接のきっかけは、学会本部が右翼・暴力団の街宣車に悩まされたことでした。
それを抑えるため藤井さんは元警視総監らの仲介で後藤組長に会い、彼とのパイプをつくった。
それ以来、藤井さんは学会の裏の仕事を引き受けるようになり、醜の御楯、つまり学会の裏社会に対する防波堤として力をつけていったんです」

どうやらこじれかけた学会と後藤組の関係は藤井の登場でいったん修復されたらしい。

創価学会と後藤組の関係2

「参院のドン」と言われた村上正邦の元側近が語る。

「騒ぎの発端は、藤井と後藤組長の密会ビデオでした。

亀井さんが入手したそのビデオのなかで、藤井さんは反学会活動をしている亀井さんら四人の名前を挙げ「この人たちはためにならない」という意味のことを言ったというんです。

受け取りようでは後藤組長に四人への襲撃を依頼したという意味にもとれる。

それで亀井さんと村上、警察関係者、弁護士、私も加わって対策会議が開かれたんです」

会議にはビデオの実物は出されなかったが、登場人物二人のやりとりを筆記した書面があった。

その場の話ではビデオの映像はかなり画質が悪いうえに雑音が混じっていて声が聞き取りにくかったが、専門家に鑑定してもらった結果、登場人物は藤井と後藤にほぼ間違いないと分かったという。

野中広務
差別と権力
魚住昭
280ページから引用

グリーの創価学会・日蓮正宗・顕正会討論会(注意暴言禁止・毎日更新中)
http://mcom.gree.jp/community/view/555433?z=t15c8278&gree_mobile=20884427330dda3c6131fb4bb331dcc3
より転載

続く