信濃町 -47ページ目

政教一致

池田大作とは、いつ頃から付き合いがあったのですか。

渡邊
池田大作さんとは、お互いに三十歳代そこそこのときに会っているんだ。

あれは一九六三年の東京都知事選に、自民党から東龍太郎が再出馬して、創価学会の六〇万票の行方が鍵を握っていたときだ。

自民党としては、なんとかこの学会票六〇万票がほしいから、大野伴睦が池田大作さんに会おうとしていた。

そこで関係者を探すと、財界人で塚本総業の塚本素山が創価学会の実力者で、池田大作さんとしょっちゅう会える立場にあるという。

それで彼が池田大作さんを大野伴睦に紹介してくれて、ホテル・ニュージャパンで二者会談が行われたんだ。

このホテル・ニュージャパンはお粗末な建物で、中の話が全部廊下に聞こえるんだ。

僕は池田会長を案内した後、外の廊下で待っていたんだが、その間一問一答全部聞いたよ。

それで大野老人が、三十代の池田会長に非常に低姿勢でお願いするわけだ。

「選挙に協力してくれませんか。
東京都を共産党に取られたら困るんです」
と。

それに対して池田大作さんが
「わかりました」
と堂々と応える。

この後、池田大作さんが
「創価学会の六〇万票を自民党に入れる」

という一筆を書いてくれる。

それを僕がもらいに行き、大野伴睦に届けるなんてことがあったんだ。

大野伴睦はそれを見て飛び上がって喜んだよ。

渡邊恒雄回顧録
中央公論新社
279ページ~280ページ

創価学会と後藤組の関係6

ビデオが流出した九五年末頃から学会と後藤組の関係は再びこじれたらしい。

私は男に
「自民党がビデオの問題で創価学会に揺さぶりをかけたのを知っているか」
と尋ねた。

「その話も聞いてるよ。
ヤクザより政治家のほうが汚いね。
(後の)自公連立は後藤組がきっかけをつくってやったようなもんだ。
公明党は与党になってからもう四年になる。
それでどれだけ得したことか」

男はビデオ問題で弱みを握られた学会側が自民党に接近し、それが後の自公連立につながったと言いたいようだった。



「密会ビデオ」を入手したとされる亀井にも同じ質問をぶつけてみた。

亀井の答えはこうだった。

「私は今、藤井とは仲良くしているから、そんな話は一切答えられん。
やはり日本の政治は自民党だけじゃあどうにもならんということで我々は公明党と連立することを認めたわけだ。
過去のことは金庫に入れて…。
私はいいかげんな政治家ですから」

当の藤井は、
「そういう取材には応じられない」
とノーコメントだった。

以上が
野中広務
差別と権力
魚住昭
講談社
280ページ~289ページまで引用したものです。
一部省略しています。

この本を書きあげるのに四年かかった

創価学会と後藤組の関係5

私は富士宮市で後藤組の内情をよく知る男に会った。

種々の制約から名前や肩書は明らかにできないが、彼が密会ビデオ事件の真相を知る立場にいるのは間違いない。

「密会ビデオは本当に存在したのか」

と聞くと、男は言った。

「間違いなくあったよ。
もしビデオが単なる噂にすぎないものだったら、あれほど藤井が泡を食うはずがないじゃないか」

後藤・藤井の関係はいつから?

「今から十数年前のことだ。
墓園の問題で藤井が(後藤に)会いに来た。

素人はヤクザをただで使うから注意しなくちゃあいけないんだ。

約束よりたくさん持ってくれば何の問題もないのだが、ヤクザを使ったのに後は知らないというのが多いからな。
そういうことがあるから爆弾が破裂したりするんだよ。
誰がやったとは言わないが」

「密会ビデオ」騒ぎが起きてから二年近くたった九七年十月二十九日午前二時すぎ、東京都新宿区にある藤井宅の南隣の家の鉄製門扉が爆破された。

近くに電池やリード線、タイマーなどの部品が落ちており、時限式爆弾によるものと警視庁は断定した。



続く