信濃町 -14ページ目

財務

 ほか、学会の「財務」は、単に「寄付行為」なのか、それとも「ご供養」なのか、も不透明である。この宗教上の大事なところがはっきりしていないのだ。
 寄付と供養では、「財務」を納金する会員側にとって、意味が天と地ほどの開きがある。しかも学会は無責任というか、その時々によって説明を変え、曖昧にしてきたのである。

 組織を率いる池田大作氏からしてそうであった。説明を求める相手によって、財務を「寄付」と明言し、内に向かっては「功徳があるんだから」と、供養金であることを説いてきた。

財務

そればかりではない。返す刀で、他の教団、例えば会員、信者から拠金を受ける立正佼成会や天理教等を矢面に立て、"金儲けのインチキ宗教"と、徹底して批判してきたのである。

 「それがなぜ?」という素朴な疑問。わざわざ学会は、どうして批判を招くような金集めを始めたのか。これでは長年、金儲け宗教だ、金権宗教だと、散々中傷されてきた他の宗教団体にとってもたまったものではない。

財務

 一九七七年(昭和五二年)頃から、年間の重要行事としてスタートした「財務」納金制度は、集める目的がいま一つ分からなかった。鮮明にしているのは、財務を納金する学会員を「広布部員」といい、金額は一人当たり「一口一万円以上、何口でも可」。納金方法は、始めた当初、幹部自宅や最寄りの会館が集金の場として当てられた。だが、昭和から平成に時代が変わった頃から、公共料金のように、銀行振込に変更されたのである。
 指定された同時期、全国一斉に集められる「財務」は、振込先の金融機関にとっても、思いがけない恩恵を被ることになる。

莫大な手数料が入るからだ。そのため、金融機関によっては、学会財務に関するオリジナルの振込用紙が作成されている。
 そもそも学会は、創始以来「信者から一銭の金も受け取らない。その証拠にどの関連施設にも賽銭箱を置かない」ことを、教団の売りにしてきた。