WorldShip☆世界を楽しむ



昨日の新聞の記事です。


世界遺産の仏教遺跡で知られるアフガニスタン中部のバーミヤンで16日までに、


東日本大地震の犠牲者を追悼する有志の集会が開かれ、


参加者が、「私たちは貧しいが日本へ支援の思いがあることを伝えたい」と訴えたそうです。


日本はバーミヤンで道路整備などの援助や、破壊された大仏の保存・修復作業でも中心的な役割を果たしています。


開催を呼びかけた地元のフリージャーナリスト、マハディ・メフライーンさんは、


「お世話になっている日本に何かしたかった。アフガン政府にはできる限りの支援をしてほしい」と話してくださったそうです。


長い間紛争が続いているアフガニスタンの人々も日本のことを思ってくれています。


生活は貧しくても、心の豊かさは決して失わない多くの人たちが応援してくれています。


今、国際社会から日本への支援の申し入れは100カ国・地域を超えたといいます。


英紙ファイナンシャル・タイムスにこう評してあったそうです。


「ほかの国々で震災が起きた時、惜しげもなくその専門知識や技術を提供してきた日本に見合ったものだ」


援助大国と言われ、世界の多くの国々を援助してきた日本人の心と、


世界の人たちの心が一つになろうとしています。









今回の地震について、NYの友人からも多くのお見舞いのメッセージをいただいています。


世界中の人々のサポートがあって、世界が一つになってこそ、


乗り越えるための大きな力が生まれると信じています。


心から感謝しています。



NYにお住まいの皆さま、


在NY日本国総領事館のHPに義援金の受付先リストが載っています。


より確実で有効な送付方法を案内していただけると思うので、


詳しくは、総領事館にお問い合わせください。


よろしくお願いいたします。


在NY日本国総領事館HPはコチラ↓です。

http://www.ny.us.emb-japan.go.jp/jp/p/kinkyu/kinkyu110312_01.html (日本語)


http://www.ny.us.emb-japan.go.jp/en/t/2011/110312.html (English)


イスラエルを旅行した時、ゴラン高原にある『嘆きの谷』というところに行きました。


ゴラン高原はもともとはシリア領でしたが、度重なる中東戦争でイスラエル軍が占領し、


停戦はしたものの、この土地の領土問題は未だに解決していません。


『嘆きの谷』は、イスラエル側とシリア側に無理やり分断されてしまった町にあり、


この町に住んでいたシリア人たちは、家族や友人と簡単には会えなくなってしまいました。


谷と言ってもゆるやかなすり鉢状のくぼ地で、イスラエル側からシリア側までは数キロほどで、両側の土地がよく見えます。


その谷の中央に有刺鉄線が張られていましたが、見た目はそれほど頑丈ではなく、すぐに越えられそうな高さでした。


特に監視台なども見当たらず、「これなら走って行って、シリアに帰れそうなのに」と思ったのですが、


谷には地雷がたくさん埋められていて、入ることができないそうです。


毎年、決まった日時に両側のシリア人が谷をはさんで集まり、


スピーカーで、愛する家族や友人と連絡を取り合っているとのこと。


そのために、この場所は『嘆きの谷』と呼ばれているそうです。


何とも言えない気持ちでシリア側を見つめていると、背後からクラクションが聞こえました。


振り向くと、トラックの荷台に乗った男性が両手に何かを持ち、私たちの方に差し出しています。


逆光でよく見えず、彼の手の中を覗き込むと、黒くて楕円形の丸いものがいくつも入っています。


「手榴弾!!!」


悲しい戦争の話ばかりしていたので、思わずこう思ってしまったのですが、


逆光に目が慣れると、ニコニコ笑顔のシリア人の青年が両手いっぱいにプルーンの実を差し出しているのが分かりました。


「ようこそ」。彼は英語で言うと、たくさんのプルーンを私たちにプレゼントしてくれて、またトラックで去っていきました。


近くて遠い祖国を思いながら、人の優しさを忘れずに、


懸命に生きている人たちがいることを知りました。


甘酸っぱいプルーンを食べながら、遠く離れた日本を思い出しました。