マラッカ(ムラカ)は,マレーシアのマレー半島西南岸に位置する,海港都市である。
14世紀まで
マレー半島西南岸に位置し,マラッカ海峡に面するマラッカは,インド洋と東シナ海を結ぶ東南アジアにおける交通の要衝に位置しており,古くから港が生まれ交易の拠点となった。
7世紀からマラッカ海峡ルートが東南アジアにおける主流な海上交通路となると,それに面したマラッカでは港が整備され,海港都市が発達していった。
マラッカ王国時代(14世紀末~15世紀)
14世紀末にはマラッカ王国が成立し,マラッカはその王国の都となって繁栄した。
15世紀前半,マラッカ王国は中国の明に朝貢し鄭和の遠征の拠点になるなどして,明の保護のもとで中継貿易を行って栄えた。
15世紀後半になるとマラッカ王国はイスラームを受容し,西方のイスラーム諸国との関係を強めて交易を行った。
こうして15世紀のマラッカはアジアにおける海上ルートの中枢となり,貿易によって大いに繁栄した。
植民地時代(16世紀~20世紀半ば)
16世紀初めにマラッカ王国は東南アジアに進出したポルトガルの攻撃を受けて滅亡し,マラッカはポルトガルの支配下に入り,その東南アジアにおける拠点となった。
つづいて17世紀には,新たに進出してきたオランダがポルトガルからマラッカを奪い,東南アジア貿易の拠点とした。
さらに19世紀前半には,イギリスがオランダからマラッカを獲得し,マラッカはシンガポール・ペナンとともにイギリスの海峡植民地を構成することになった。
マレーシア時代(20世紀後半)
20世紀後半にマレーシアがイギリスから独立すると,マラッカはマレーシアに属することになった。
東南アジアの貿易の中枢がシンガポールに移ったことでマラッカはかつてのような国際貿易の中心という地位は失った。
しかし,現在もマラッカは東南アジアの貿易の要衝であり,また中国系やヨーロッパ系の住民や建造物が残っており,その多彩な歴史を現在にまで伝えている。