東京大学2018年第3問(1)の過去問題と,東大世界史講師(管理人)が作成した解答・解説です。
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問題の全文を掲載することは避けて,解答するのに直接的に必要な範囲でのみ問題文を引用するか,または趣旨を損なわないかたちで文章の変更や単純化をしています。実際の問題文は,新聞社によってWEB上に公開されている入試問題データや市販の過去問題集などで確認してください。
問題
10世紀にモンゴル高原東部を中心に成立したモンゴル系の遊牧国家では,独自の文字がつくられて統治に利用された。この国家が南に接する王朝から割譲した領域は何と呼ばれるか,記しなさい。
解答
「燕雲十六州」
解説
燕雲十六州は,936年に後晋から契丹に割譲された,中国の河北省と山西省の北部に位置する,燕(北京)や雲(大同)を中心とする16の州を指す呼び名である。
10世紀初めにモンゴル高原東部を中心に建国されたモンゴル系の契丹は,第2代の太宗の時代,五代十国時代の中国の抗争に介入して後晋の建国を援助し,その代償として後晋に燕雲十六州を割譲させた。これによって契丹は万里の長城の内側を含んだ領土を獲得し,中国内地への進出の大きな足掛かりを確保した。
この後,契丹はさらに周辺の領域の獲得をはかり,一方で中国の後周や宋は領土の奪回を試みて,燕雲十六州は契丹と中国王朝の最大の係争地となったが,1004年に契丹と宋の澶淵の盟によって現状維持が定められた。その後,北宋末の12世紀前半に宋は金と同盟して契丹を討ち,燕雲十六州の一部を回復したが,まもなく宋が金の侵攻を受けて,一帯を含む華北は金の領土となった。