リオデジャネイロは,ブラジル南東部,大西洋沿岸の都市である。
起源
リオデジャネイロの歴史は,16世紀初めにポルトガル人が到来したときから始まる。大航海時代の開幕後,1500年にカブラルが南米のブラジルの地に到達したのを端緒としてポルトガル人がブラジルに来航するようになったが,1502年の1月にはポルトガル人の探検家たちが現在のリオデジャネイロの地にやってきて,ここに面する湾を発見した。
彼らは,その湾を河口であると誤解し,また1月に発見したことから,「1月」(ジャネイロ)の「川」(リオ)を意味するリオ・デ・ジャネイロと名づけた。そして,後にこの湾の沿岸に都市が形成されると,リオデジャネイロの名は都市の名として転用されることになった。
植民地時代
16世紀からポルトガルはブラジルを植民地として支配するようになったが,そのなかで16世紀後半にはリオデジャネイロの地に都市が築かれて,ポルトガルのブラジル植民地における交易拠点の一つとなった。
そして,17世紀末から18世紀にかけて,金の発見によってブラジル南東部に経済の中心が移ると,リオは金の輸出や奴隷の輸入によって飛躍的に発展し,このような経済的重要性の高まりを背景に1763年にはブラジル植民地の首都になった。
独立から20世紀半ばまで
19世紀の初め,ヨーロッパにおけるナポレオン戦争の際にフランスのナポレオンがポルトガルに侵攻すると,ポルトガル王室はこれを避けて1808年にブラジルに渡り,まもなくリオデジャネイロをポルトガル・ブラジル連合王国の首都として定めた。こうして王国の首都とされたことでリオは急速な発展を見せ,人口が大幅に増加し,多くの施設が建設されていった。
そして,1822年にブラジルがポルトガルからの独立を果たすと,リオはそのまま新国家の首都とされ,国の中心として成長を続けた。19世紀後半からはコーヒーブームによる好景気もあっていちだんと発展し,20世紀初めには都市改造が行われて市街の整理と美化が進んだ。
<19世紀前半のリオデジャネイロ>
<20世紀初めのリオデジャネイロ>
その後
1960年,ブラジルの首都は内陸部のブラジリアへと移され,これによってリオは建国以来の首都の座を失うことになった。
しかし,現在でも,リオデジャネイロは商工業や観光業がさかんで経済的に発達しており,文化やスポーツなども活発で,貧富の差や治安などの問題を抱えながらも活気にあふれたブラジルの中心都市となっている。