コンパネ天板とWATCO

この時に片付けた My Worktable の天板が
イタズラ書きやら染料でよごれているのと
ひざ掛けをかけないと寒いので
天板の上にもう一枚天板を重ねてコタツもどきにしよう。
ホームセンターでコンパネを買ってきた。
サンドペーパーをかけ、塗装をしよう!
うちに余っていた WATCO でオイルフィニッシュしよう!
へんなところは、ブランド志向なので
英国生まれの WATCO チャン。
この赤い容器がなんともスキです。
アッでも、もう夕方なので、明日にしよう。
木工というか、木をいじっていると
みょうに気持ちがおちつくのは、私だけか?
ボーッと考える
ボクは誰が描いたんだろう? 本当のボクはどこにいるんだっけ?
ウフィッツィ美術館でもないし、イタリアの教会のフレスコ画でもないような気がする。

サイゼリアの壁面を見るたびに、かねてから疑問に思っていたので調べてみました。
ラファエロが晩年に描いた『システィーナの聖母』という、3畳ほどのキャンバスに描かれた油絵。
マリアさまの下の方から、チョコッと見上げていた天使のうちの一人だったんですね。
イタリアの修道院の依頼で描かれ、その後ザクセンという、かつてドイツに存在した王国が購入し
第二次世界大戦後にソ連軍が押収しモスクワに渡り
スターリン没後に東ドイツに、返還された絵画なんだそうです。
どうりで、イタリアの観光案内には載っていないわけだと思いました。
絵画一枚にも歴史的背景や国家間の確執があるものなんだな。
で、食べ盛りの少年や青年を食事に誘う時には、サイゼリアを利用していますが
家族や恋人同士や知人同士で来て、席についてオーダーし終ったと同時に
目の前に人がいるのに
一緒に食事に来てるのに
各々スマートフォンをいじりだすのが理解できないんです。
目の前の人とLINEをしてるわけでもないだろうしナー
ゲームのアイテムを交換してるのだろうかナー
スマホとは関係ないけど、宗教観の違いはムズカシイナー
なんてことを、頬ヅエをつきながら、私もボーッと考えてしまう。
スマートフォンの存在を否定しているわけではないんです。
もしも、私が入院生活をすることになったり、出張や移動が多い生活を送ったり
周囲に人がいなかったら、スマートフォンを便利に利用すると思う。
でも今の私のライフスタイルには、ガラパゴス携帯電話、月々請求600円で充分だなー
なんてことも、ボーッと考える。
スマートフォンに変更なさった方、料金滞納の和解金を払わないと民事裁判になるので
和解措置をします。最終通告ですので、連絡がない場合は法的手続きに持ち込みます。
ってな内容のメールがやたらと届く。
フザケロッ!!! ウンザリだ!!!
アァ、この1週間は、めっぽう ツカレタ。 ツカレルとグチも多くなる。
長い机
むしょうに机の上をかたづけたくなったので、かたづけてます。
午後からは、計理士 Calculator Man も来るし
T青年も現れそうだし、誰かしら訪ねてくる人が多くなりそうな気配がする。
甥Chriも含めて、勝手に食事をしたり勉強したりしている机。
時たま、姑ババコちゃんの休憩所にもなる机。
計理士にいたっては 「じゃまだから、かたして!」などと、コキツカワレてますので
キレイさっぱりとしておきたくなりました。
私の机がおいてある、となりの作業場には、アナログ工作機械
ボール盤や手動彫刻機やバフ研磨機などがあり
かなり、切削くずが多く出てしまいます。
スグにくずだらけになるだろうけど、ついでだから
作業場のスチール机に山積みにされている箱やら、カゴやら梱包用の紙なども
イッキにかたづけています。
これで、My Work desk と作業場の机がつながって3mの長い机になるだろう。

紙くずを捨てようとすると、ナリ猫がすぐに押えにかかる。
取り上げてゴミ箱に入れようとすると、みけんにシワをよせて
ブルブルしながら威嚇してくるのでコワイです。
なんだか、巣を作っている気分になってきた。

何年も経ったのに 何も変わってなかった
昨日、上野の森にたたずむ 上野精養軒 の バンケットホール に行ってきました。
去年書いた 会長を偲ぶ会 です。
招待された方や、どこかで聞きつけた方、300人ほどが集まっての
立食ビュッフェでお料理をいただいてきました。


当時、取引でお世話になった問屋さんやメーカーさんらに声をかけていただきました。
覚えていてくれているのは嬉しかったけど、相も変わらぬの考え方のかたが多く
アァ、何も変わってないんだな・・・と思ってしまいました。
価格競争のためにアジア諸国に生産を発注し、国内生産をおさえてしまった人。
人任せの百貨店の仕入れのいいかげんさに、気がつかずに返品を抱えてしまった人。
ほとんどの人が、海外製品のおかげで、みんな同じになってヤッテイケナイよー
キミがいたころはヨカッタよなー などと言っていた。
でも、そうしたのは、自分達なんじゃないの? と思ったけど
とても、言葉には出せなかった。

事実、私は昨日お会いした人たちに、
かなりの売り上げを貢献してきた自負がありますが
会社をやめた一因は、現在のように流通体系が
変わるだろうと想像していたからなんですヨ。
何枚かの名刺をもらったけど、連絡する気にはなれない。
お客さまには、腰のひくかった会長ですが
パソコンが汎用される世の中になることと
オリジナル性と企画力の必要を認識していた。
そういうことをマジメに考え、いち早く感じていた人だったので
私は貢献できていたのだと改めて思いました。
平服でお越しくださいとのことでしたが
会長と現社長への敬意を表してナマイキなデザイナーを気取り
ヘアアクセサリーを付けて行きました。
できることなら、会長に1年後の世の中の変化を見て欲しかった。
ヤッパリね! と笑って、話しあいたかった。
なんてことを思うと涙がでてきた。無念すぎる。
