バックパックとテクテク。 -13ページ目

バックパックとテクテク。

ずっと憧れていたバックパッカー。2014年3月からマレーシア・クアラルンプールからスタートして、トルコはイスタンブールを目指します。旅のワクワクを届けられますように。バックパックと一緒に、テクテクいろいろ見てきます。

140401 11:10
出発しようか、それとも13日のソンクラーンまでハジャイに滞在するか…。随分と悩んだけれど、4月になるということで僕はひとまずハジャイを離れることにした。

ハジャイのラストナイトであった昨日は最高だった。キャセイで出会った2人の日本人と一緒に、晩御飯に平麺の焼きそばを食べて、中国系の料理店で空芯菜の炒めものを食べ、その後は何度か通った生バンドの演奏がある「THE PUB」というお店で3リットルのチャンが入った「ビアタワー」を2本倒した。

THE PUBでは店内で生演奏があるのと同時に、店の外でもおじさんのギターの弾き語りが行なわれている。なかなかクオリティが良く、曲のチョイスもスローなナンバーからOasisやAC/DC、Led Zeppelinなどロックナンバーまで幅広く演奏する中のバンドに対して、外の弾き語りおじさんはPCから出力された打ち込みの音に合わせてギブソンのSGを聞こえるか、聞こえないかくらいの音量でポロン、ポロンと弾くなかなかの脱力具合。僕はすっかりこの温度差が好きになってしまっていた。

その弾き語りおじさんにLET IT BEを歌わせてもらい、ビールを飲んでいると今度は店内でOzzy OsbourneのCrazy Trainが演奏されたので店内に移動し、汗だくになって右手を高くあげて演奏を楽しんだ。最後には裸になって踊り狂っていたらステージに登れ!みたいな流れになってコンガを叩きまくる。一息ついてビールを飲んでいると、「この曲は、そこの日本人へ」といってX JAPANのEndless Rainを演奏してくれて、感動して号泣。ハジャイは英語が通じなくて最初は苦労したけれど、優しい、暖かい街だった。

これから、タイランド湾に浮かぶコパンガン(パンガン島)へと向かってみることにする。満月の夜には"Full Moon Party"というパーティーが、新月の夜には"New Moon Party"、半月の夜には"Half Moon Festival"が行われるとにかく祭りをしたがるような島らしい。ちょっとスケジュール的にはどのパーティーにも当たらないかもしれないけれど、雰囲気を楽しめたらいいな。


この御方が弾き語りおじさん。いつも酔っ払いながら演奏しているところが好きです笑


宿で出会った日本人の方と、チャンタワーと真っ向勝負。たっちさん、ありがとうございました~^^


XJapanを歌ってくれたバンドのボーカルの方と、何処からか飛び込んできたお客の女性の方とステージ前で。はしゃいだなぁ…



タイに来てから、屋台でグリーンカレー(と思われるもの)は食べていたけれど、ちゃんと「Thai Green Curry」と書いてあるものをレストランで見つけたので、注文。チャパティが添えられてきたけれど、足りないのであとでお米を別で注文しました。80B。


バーミー、と呼ばれる中華麺とスープの料理。簡単に言えばラーメンです。透き通ったスープは恐らく、鶏ガラなどから取ったものでしょうか。非常に日本のラーメンに近くて、ほっとする味…。シャキシャキもやしも嬉しいです。写真の奥の白いものは豆腐にひき肉を詰めたもの。50Bで満腹です!



タイ料理サイコー!といいつつ…時々牛肉も食べたくなります。タイではあまり牛肉を食べることは無いようで、触れる機会も少ないなか、宿の近くのオーストラリア人が経営するバーではこんな欧米メニューがたくさん。ビーフ・チーズバーガーとフレンチフライで120B。外はサクサク、中はホクホクのフレンチフライにはケチャップをたっぷり掛けました。



宿泊していたキャセイ・ゲストハウスにはレストランも付設してあって、僕は良くこの目玉焼きのっけご飯を食べてました。半熟で、醤油をぶっ掛けて少しご飯と混ぜると正に卵かけごはんの味わい。これで破格の29Bです。写真右側は僕がスーパーで買って来た味噌汁。



なかなか食べれそうで食べれていなかったのがタイ飯として結構有名であろうパッタイ。焼きそばです。米の麺を豚肉ともやし、たまごと一緒に甘辛く炒めてあります。80B。

140327 11:45
帰国、と言っても日本では無いことを予めお伝えした上で。

先日25日に浜松から来てビーチ巡りをしている日本人の男性、オーストラリアでワーホリを2年間していた、ということで試しにワーホリビザについて聴いてみることにした。実はオーストラリアのワーホリビザは世界的にも珍しく海外から申請しても可能。しかも早ければ2~3時間で即発行されるそう。

旅の中で何度かオーストラリアに帰ることを夢見ていたけれど、飛行機代がある程度かかるということで現実的ではないな、と思っていたけれど…そうか、オーストラリアで働けばお金の問題も気にすること無くなるな。と。

僕の人生初の海外はオーストラリアだった。オーストラリアのNSWの、レイク・マクワリーという小さな街に高校2年の時に3ヶ月間留学した。かれこれ8年も前の話。大学時代にも何度か訪れよう、と思っていたけれど実現しなかったオーストラリアへの帰国。けれど、今なら行こうと思えば行ける。時間もあるし、訪れて生活するだけのお金もある。日本に帰国して働き始めたら、簡単にオーストラリアへ帰国するのは困難になるだろう…

その会話の3時間後くらいには僕はパソコンに向かって、オーストラリア政府のホームページからワーホリビザの申請をしていた。ビザの申請料は400豪ドル。日本円で約4万円。あくまで申請料、なのでビザが発行されなくても4万円は帰ってこない。申請を済ませて、落ち着かないまま街をふらふらして帰ってきてメールチェックをすると「Visa Grant Notification」のメールが。結局3時間で、ビザが発行された!

そんなわけで、おそらく東南アジアをぐるっと回り終わった5月頃から2ヶ月程、第二の母国、オーストラリアへ!おそらくファームでカンカン照りの下、果物や野菜を摘み取り続けるのだろうけれど、その前にオーストラリアの大切な人たちに、再会を果たす!

FBのメッセージをオーストラリアでバンドを組んだ親友たちと、ホストファミリーに帰る旨を伝えると、みんな「待ってるよ!」「うちに泊まりなよ!」という返信が。ありがたき幸せ。

東南アジアが終わったら、飛行機でインドのコルカタへ飛ぶ予定だったけれど、一度きりの僕の旅。回り道したって、いいじゃないか。再会のその時まで、東南アジアを思いっきり見てやろう。