あるクライアント先A社で、
給与決定に関するフリーディスカッションを行いました。

納得性のある給与システムの構築の土台固めとして、
「給与はどういった要素で決まるべきか?」を
ざっくばらんに(A社に限定せず)自由に思うことも言い合いましょう
という場でした。(勿論、ある程度議論のとっかかりやフレームはありましたが)

この手のフリーディスカッションは、特に給与などのテーマの際には
使い方や、議論への参加者の選定を注意しなくてはなりません。
(むしろ、原則やらないほうがいいと言った方がいいかもしれません。
 ただ今回は様々な条件が揃い、やってもいいだろうとなり執り行いました)

今回は、あまり気を使わなくてもいい状況だったので、
リラックスして参加していました。

そこで出てきた話は大きく分けて2つ。

①国家公務員の給与水準の是非の際の意見として何人かがある場で言っていた
「俺は、高給の優良企業に行こうと思えば行けた優秀な人材だから」
 というものがあったが間違っている。
 
 ・そもそも優良企業に行けたって本当か?(学歴や内定のみを根拠でいっていないか?)
 ・歴史にもしもを入れたら大抵のことが可能で、意味のない論理(リスクもとっていない)
 ・優秀の定義
 ・公的コストセンターとして、税金で給与を受けている立場で
  市場原理での給与決定はそぐわない。
 ・優秀(仮に学歴・業績貢献など)な人材でも低年収の人はいくらでもいる

②リーマンショックの際に公的支援を受けた金融機関の役員が
 多額の給与をもらい、「彼らの能力がないと再建できない」という意見は
 何重にも間違っている。

 ・結果出せてないのに、優秀も何もない
 ・業績貢献でそこまで給与を与えるのなら、業績悪化にも責任とれ。
 ・契約遵守の観点で、高給を支払い続けるのなら
  その契約自体がリスクマネジメントなどの観点で不完全で
  契約主体が責任をとるべき。
 ・そもそもこの会社は社会において介在価値はあるのか?


筋が完全に通っているかは別として、なかなか面白い議論でした、笑。

まぁ、半分ふざけての意見も多かったですし、公式な見解でもなんでもありません。
また、相対的に高い給与への攻撃(羨み?)に発言が傾くのはよくあることなので
納得いかない方も、そんなに目くじらを立てないでください、笑。

ただ、この意見や議論が正しいかどうかはともかく、
思ったことをテーマに沿って、自分に関係ない題材を取り上げ、
半ば無責任に自由に発言することで、多くの気づきと態度変容を得られ、
組織改革の次のプロセスに移れたので、セミナーのゴールは無事達成できました。

上記のように上げ連ねた給与決定方法に対する意見を、
自分の組織に当てはめていった時、耳の痛い話はいくらでもあります。

ただ、そういった気づきと態度変容は、エネルギーに変換できれば
貴重なエネルギーになります。








「ワークライフバランスのバランスって何?」


そんな議論を吹っ掛けられることが、何度かあった。



それに応えたときのことを思い出しながら、
ちょっと、ワークライフバランスを考えるときの「すっきりしない感」を考えてみたい。



1、純粋に、仕事以外の人生を大切にという論調
2、残業代削減や昇格ポジション不足の中の会社側の論理
3、多様化(雇用形態や属性、意識など)する労働力のマネジメント


ワークライフバランスの潮流を上のように分けられるとすると、
そういった流れや事情に関係ない人が(特に仕事してなんぼと思う方が)
ワークライフバランスに異を唱えたりすることがある。


まず、「仕事(ワーク)と人生(ライフ)なんて分けられない」という意見。
そりゃバランスも何もないですよね。


そういう発言する方には、経営者(特にオーナー社長)や
プロフェッショナル型の方が多い。


つまり、仕事(ワーク)=「拘束」という前提がない。


多くの労働者が、金を稼ぐ手段として仕事をしているのは現実ではないでしょうか。
それがいいか悪いかの「べき論」は別として、そういった側面は
多かれ少なかれあると思います。


そういったときに、仕事は「拘束」という側面を持ちます。
時間(9時から18時+残業+通勤時間+接待ゴルフなど)や
副業禁止、アフター5などなど。




そういった拘束や制約は、確かに人生(ライフ)を浸食します。
なので、それに対してこう対応するかはワークライフバランスという
というニュアンスに近いかもしれません。




しかし、世の中には比較的そういった拘束がない方々がいます。
もちろん、そういう方々は成果を出さないといけないという
別種の制約はあるわけですが。


そういった方々が、上記のような考えになったりする一つのパターンとして多い気がします。


あとは、趣味も家族も(極論すると)興味がない。
仕事が人生という方もいらっしゃって、そういった理由でも上記のような
考え方になったりしますが、メディアに出るのは、一つ目のパターンが多いですね。



誤解のないように申し上げますが、
ワークライフバランスは現在日本において、
経営課題であり、社会の課題でもあります。


ただ、立場や言葉の使われ方で、違った捉え方をしていて、
話がかみ合わなかったり、果てはそんなバランスいらないって
話になったりしてしまいます。




その一端を今回少しだけ考えてみました。
まだまだ論点は尽きないです。。。笑。


mixiやgreeなどのSNSが世間を騒がせた時、
「社内SNS」が一時的にブームとなりました。


mixiやgreeやモバゲーは、opensocialやらでプラットフォームの
オープン化という新しい流れもありあしたが、
社内SNSは、アドオンのアプリが増えることはあっても、
特に根本的な変化はないようです。


社内SNSが導入されていた理由は、


①コミュニケーション活発化
②情報共有/ナレッジマネジメント
③組織風土の改革(①②の結果として)


というものが多かった気がします。


コミュニティ・オブ・プラクティスの文脈で
社内SNSを取り上げられることも一時期多かったと記憶しています。


一時期の熱はさすがに冷めたようですが、
今でも地道に使っている企業様は何社か見かけます。
(消費者向けのものは、だいぶ少なくなりましたね。。。)


そういったところは仕組みが秀逸なケースも勿論あるのですが、
それ以上に下記の四点が大きい気がします。


1)担当が熱心に活動し続けている
2)ある程度の権限が与えられている(非公式にでも)
3)トップがコミットしている
4)目的が明確&協力&共有されている


これって、社内SNSに限らず、新しい人事制度やシステム、
マネジメントツールにも言えることですね。


筋が通っていて、ニーズにかなっているから広がるわけではない。


ただ、勿論前提として、仕組みがある程度以上きっちり設計されていないといけない。
これも新しい人事制度やマネジメントツールと一緒ですね。


SNSの個人ベース&個人間関係ベースのメディアが
企業内にあるというのは意外と興味深いです。


勿論システム入れるだけでは全く意味ないですが、
ただの昔のはやりで終わらすほど中身のないものでもないでしょう。