老いても自分探し | 愛しき日々

愛しき日々

田舎暮らしも長くなりました 仕事に地元に自分の世界にいろいろやってます
好きな人、好きなものについて率直に書けたらいいですね

 朝は決めた時間どおりに起きて身支度。神棚で柏手を打ってお祈り。BSで再放送の朝ドラ(今は「まんぷく」。面白い)を見たり新聞を読んだりして出かける。

 いわゆるルーティンを日々大事にしている自分。そういうことが大事だと思うようになったのはいつの頃からか。

 

 

 村上春樹著「街とその不確かな壁」を昨年11月からちびちび読み、残り約百頁を残すのみとなった。この間、夏目漱石の「二百十日」「野分」なども読んだ。そして村上春樹インタビュー集「夢を見るたびに毎朝僕は目覚めるのです」を読んでいる。こんなのだからなかなか「街と・・」も読み終えられない。

 村上春樹を読み始めた頃は二十歳前後だったと思う。自分で言うのも何だがロクでもない青年だった。すごくネガティブだったし、今とは真逆の不規則な生活の毎日だった。

 その頃から好きだった同時代の音楽を今も聴き続けてはいるけれど、当時好きだったミュージシャンやバンドも亡くなられたり高齢になられたり解散したりと新譜を待つような習慣がなくなってしまったし、同時代でワクワクするような巡り合いもほとんどない。村上作品を同時代で新作を待つことができることは、私にとって幸せなことの一つだ。

 

 これからいよいよ老境にさしかかる自分。10年単位くらいで生き方をギア・チェンジし続けてきた。不規則・ネガティブ人間がルーティン大好き・ポジティブ人間に変わった。体型も変わってしまったが。

 では、これからどう生きるのかについてはかなり迷いがある。ひと回りして十代の青春みたいに。このまま仕事没入人間でいくのか、スローで本当に自分の好きなことに没入人間になるのか、この二択だけでも悩んでしまう。まあ、簡単に仕事から足を洗える訳ではないが。

 上記インタビュー集で村上春樹も僕はまだ自分自身の多くを知らない、本を出すのは自分を知るためのステップ、というようなことを答えていた。私も生き続けることやブログを続ける理由は知らない自分自身を探し続けることが面白いから、と言えるかもしれない。日々迷いつつ、老いても自分の知らなかった自分に出会えたらいい。